第14話 グラム視点

 俺の名前はグラム。グラム=フェイルノート。

 下級貴族であるフェイルノート家の4男に生まれた男だ。

 と言ってもギリギリ貴族と名乗れるレベルの大した権力もない家で、しかも4男ともなれば扱いは平民とそう大差はないだろう。


 事実俺は将来もっと上位の貴族たちの護衛役として生きることを求められていた。

 護衛役だなんて言えば聞こえは良いが、その実情はただの捨て駒さ。

 これは金も力もない下級貴族が良くやる手法で、家を継がない子供を兵隊として上級貴族に差し出し、その子供が命懸けで主君の盾となり、上級貴族はその下級貴族に慰労金を支払う。

 そうやってコネを作りつつ汚く金を得るのさ。


 そんなもの平民にやらせておけばいいだろうと思う奴もいるかもしれないけど、御偉いさんは平民なんぞに身辺の警護など任せられんっていうお堅い人もいるからな。

 そう言う人らは一応下級とは言え貴族の子弟による護衛ならばと納得する。


 家を継ぐ長男以外の子供はみんなこういった政治的な道具にされる。

 それが下級貴族に生まれた子供の宿命。

 俺も例外なくその道具の一つだった。


 両親にとって俺はただの道具であり、どれだけきれいな言葉を並べようとも結局利用すること以外考えていないと思っていた。

 俺のことなんて使い捨ての駒に過ぎない、どうでもいい存在だと。

 直接言われたわけじゃないけれど、それは幼い俺にでも何となく察することができた。


 さて、そんな運命をたどる下級貴族は子供時代をどう過ごすのか。

 簡単だ。昼間は学校で必要最低限の教育を受け、後は道場なんかでひたすら鍛錬の毎日を送る。

 俺が通っていたのは王国軍にも多くの人材を出す有名な剣術道場だった。

 幸いにも俺には多少剣の才能があり、道場の中では比較的高い評価を受けることができていたんだ。


 これならこのまま軍に入るのも悪くない。

 両親の言う通りの道具になるのもなんか癪だし、このまま剣を極めて少しでも自由な道を選ぼうと12歳になった俺は考え始めていた。

 そんな時だ。アイツ・・・がこの道場に来たのは。


「エヴァンといいます。今日からお世話になります」


 一言。

 道場に来た彼はそう挨拶した。

 敢えて立場を名乗らなかったが、ここにいる人間は全員知っている。

 彼がこの国の第三王子であり、俺たちのような下々の存在が気軽に触れていい人ではないということを。

 一応師範には事前に王子からの要望で対等な門下生として扱うよう言われていたけれど、そんな事簡単にできるはずもない。

 どんな行動が不経済となってしまうか分からないんだから当然だ。

 ほれみろ。普段は口煩い師範も難しい顔をしたまま固まってるじゃないか。


 そんな始まりだったもんだから、皆結局王子を腫物のように扱った。

 1対1の稽古もやりたがる人はいなかった。

 そりゃそうだ。王子に怪我でも負わせてみろ。それで人生終わりなんだから。


「……だれか、オレと試合してくれませんか」


 王子がそう言っても、みんな顔を伏せて黙ってしまう。

 そんな様子が続くもんだから、王子はしばらく待った後、いつも一人で剣を振っている。


「……俺とやりますか?」


 もう、そんな重苦しい空気に耐えられなくなった俺は、自ら王子の対戦相手に志願した。


「お、おい! マジかよグラム。考え直せって」


 隣にいた友人が耳打ちで考えを改めるよう言ってきたが、俺は気にせず前へ出た、

 いいさ。どうせ俺なんて下級貴族のどうでもいい存在。

 万が一不経済に当たるようなことをしたって、どうせ両親は俺を家から切り離して言い逃れることくらいできるだろう。

 もとより表立って家名を名乗るなと言われているしな。


「――っ!! よろしくお願いします!」


 俺が王子の前に立つと、彼は嬉しそうに礼を言った。

 別に礼を言われるようなことをした訳じゃないが、不思議と気分は悪くなかった。

 俺は木刀を抜いて構え、王子も対面で同じ型を取る。

 はっきり言ってその構えは俺でもわかるくらい隙だらけだ。

 負ける気がしなかった。このままやれば俺が勝つと確信していた。


「――ぐっ、うぅ……」


 そしてそれは現実となった。

 実はこれでも少し迷ったんだ。手加減するべきかどうか。

 でも俺はあえて真正面から全力で挑み、王子を打ち負かした。

 弱かった。びっくりするほど弱かった。

 そりゃそうだ。だってこれが初めての対面稽古なんだから。


 しかし驚くべきはその執念だ。

 王子は俺が何度木刀を弾いても、それこそ喉元に食らいつかんばかりの勢いで襲い掛かってきた。

 決してあきらめない。簡単に負けを認めはしないと必死に食らいついてきた。

 だから俺もだんだんと余裕がなくなっていき、気づけば王子はボロボロになって倒れてしまった。


「で、殿下!」


 審判役を務めていた師範は、王子が倒れると勝者宣言をすることもなくすぐさま王子の下へ駆け寄った。

 ギリギリまで止めなかったのは彼なりの考え会ってのことだろう。

 すぐに王子は治療院へ運び込まれた。


「お、おい、グラム。お前……」


 振り返ると、皆顔面蒼白と言った様子。

 そりゃあそうだろう。王子をこんな目に合わせた奴がどんな末路をたどるのか。

 想像するのすら恐ろしいからな。


 ……でも、みんなの予想は外れた。

 あの後俺には何の処罰が下ることもなく、あろうことか治療院から戻ってきた王子は、


「あの時はありがとうございました! まだまだ未熟な身ですが、もっと強くなるのでまた試合してください!」


 などと俺に向かってお礼を言ってきたのだから。

 それから道場におけるエヴァンの評価は変わった。

 みんな彼を同じ道場の仲間として受け入れ、立場も何も関係なく全力でぶつかり合うようになった。


 他の奴らだって決してエヴァンを疎ましいと思っていたわけじゃない。

 どう接したらいいか分からなかっただけだった。

 だから一度こうして遠慮の壁が崩れれば、すぐに受け入れることができてしまった。

 それからは次第にエヴァンも大きく成長し、親友兼ライバルとなった俺も負けず劣らず強くなった。


 そしてようやく一人前の評価を受けるようになると、エヴァンは冒険者となりさらなる高みを目指すと言った。

 そのために仲間が必要だと言われ、俺はその仲間――いや、護衛に選ばれた。

 結局、最初は自由を求めるために強くなろうとしたはずの俺は、最終的に両親の求める姿になってしまうのかと苦悩した。

 結局王子エヴァン下級貴族おれが対等に扱われるなんてことはあり得なかったんだと思った。

 だけど、エヴァンなら。この王子ならばあるいは――


「どうしてエヴァン殿下は武の道を選んだのですか?」


 だから聞いた。ずっと気になっていたこと。引っかかっていたことを

 これを聞くには相当な勇気が必要だった。

 自ら王子としての扱いを捨ててまで望んで武の道に進んだ男に、そんなことを聞くのは失礼にあたると思っていたからだ。

 だけど聞いた。親友となった今なら答えてもらえると思って。

 この答えによっては、俺はこの要求を断ってやろうと思っていた。


 そして知った。殿下の幼い頃のトラウマと、それを乗り越えるために力を求めたことを。

 兄を、国を守るために力を求めた事。

 それを果たすためならば王子なんて地位は捨てても構わないという決意を。


 そこで俺は初めて知ったんだ。

 何か一つの大きな目的のために力を追い求めるということを。

 今まで俺はただ自分の身に決められた運命に逆らうために、半ば反抗的な気持ちで剣を振っていたことを気づかされた。


 ああ、彼はなんて誇り高い王子なのだろうか。

 上級貴族や王族なんて、戦いは下々の人間に任せて偉そうにふんぞり返ってるやつらばかりだと思っていた。

 でもエヴァンは違う。


 この国に生きる一人の人間として。そして一人の弟として。

 自分にできることを精一杯探し求めている彼の姿は、とても眩しかった。


 だけど同時に、それはどうしようもないくらい孤独な道であることを理解してしまった。

 心に深い傷を負ったエヴァンは、恐らくこれからどれだけ素晴らしい功績を上げようとも決して満足しない。

 “あの時兄を救えなかった無力な自分”が許せなくて、満たされないのだろうと。


 ならば俺はそれを支えてやりたいと思った。

 両親に求められた捨て駒としての護衛じゃなくて、本当の意味の臣下として。仲間として。

 自らの意思で、この男とともに人生を歩みたいと思った。

 彼こそ、この国に必要な存在になると信じて。


 これは俺が生まれて初めて手に入れた生きる意味。

 自分が主人公じゃなくたっていい。

 俺はこのエヴァンと言う男が歩む道を見て見たくなった。

 そのために生きてみようと、本心からそう思ったんだ。


「――私のことはあとにして、すぐ向かってほしい!!」


 だからあの時、己が死にそうな状況で迷わずあの言葉が出てきた。

 ここで我が身惜しさにエヴァン殿下を死なせてしまったら、俺は絶対に自分を許せない。

 あの時、彼を支えると決めたのは他でもない自分だ。

 死にかけだからとか言い訳して、その誓いを捨てて生き延びたところでなんの意味もない。

 そんなのは己が死ぬことよりもずっと恐ろしいことだ。


 俺は俺にはない大きなものを持っているあの人に、惚れ込んでしまったのだから。



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