第13話
治療院へと向かう道中。
満天の青空の下で人ごみに紛れながら、私は出店で購入したクレープを片手にベンチで一休みをすることにした。
王都の中にあるとはいえ、私が暮らすハルベルト家の別宅から平民街の中央奥に位置するギルドの治療院にはそれなりの距離がある。
今日は少し暑いので、汗だくになる前に軽く休憩を挟みたかったという訳だ。
何より今日は、いつもとは違う状況だからというのもある。
ね、と同意を求めるように私は右隣へと視線を走らせた。
「あの、その……ルイナ様?」
「なぁに? どうしたのリーザ」
「その、何といいますか、落ち着かない……です」
「あら、私と一緒に歩くのは嫌だった?」
「いえ! そんなことはありません! ありませんが……」
私の右隣に座るのは、戸惑いの表情も隠そうとしない紫髪の少女、リーザ。
マスクで口元を隠している時は任務に忠実なカッコいい女性と言った感じだったけれど、いざそのマスクを外すとただの可愛らしい女の子に変わり果ててしまった。
年齢を聞くと、私の二つ下の17歳とのこと。
普段ならば私が一人で出歩くとき、リーザはやや離れた誰の視界にも入らない場所から私を護衛してくれているところだけど、今日はリーザを説得して隣を歩かせている。
最初はなかなか首を縦に振らなかったんだけど、私が残念そうなそぶりを見せたら「お師匠様に内緒にしてくださるのであれば……」と渋々頷いてくれた。
そのためいつものシノビ装束ではなく、フリルのワンピースを身に纏っている。
しかしどこか落ち着かなそうで、裾をつまんでもじもじしている。
なんというか、小動物を見ているような気分になってとてもほっこりした。
「……む、あなたはもしや!」
その後もリーザと今までできなかった話をしながら治療院へと向かった。
そしてグラムさんがいるという病室に入ると彼はすぐにこちらに気づいたようだ。
「貴女はあの時の! なんとお礼を言ったら良いか――ってて」
「ああっ、無理をしちゃだめですよ! グラムさんもかなりの重症だったんですから!」
「いっつつ……すみませんつい興奮してしまい……」
私は慌てて彼の下に駆け寄り、無理に起き上がろうとした体を再び寝かせて掛布団をかぶせてあげる。
まったく、いくら治療が施されているとはいえまだまだ無茶ができない体だというのに。
でもこうして再び会話を交わすことができた事はとても喜ばしかった。
「重ね重ねありがとうございます。やはりお優しい方だ」
「いえいえ。改めまして、私はルイナです。ひとまずは無事でよかったです」
「おっとこれは失礼。ご存じかと思いますが、改めまして私はエヴァン殿下の臣下をしております、グラムと申します。そちらの麗しきお方も合わせて以後よろしくお願いいたします」
「あっ、えと……リーザ、です。よ、よろしくお願いします」
寝かされた状態だというのにどこか気品あるしぐさで私たちに挨拶するグラムさん。
やはり王族の臣下なだけあってそのあたりはしっかり教育されているのだろうか。
もし私が止めなかったらきっと無理にでも起き上がっていたに違いない。
「恩人をもてなすことすらできない我が身に恥じ入るばかりですが、どうぞおかけになってください」
そう言って彼はすぐ近くにある見舞客用の椅子へと視線を促した。
私たちはそれに甘えてリーザと共に座らせてもらい、手土産に持ってきたフルーツをベッド横の台の上に置いた。
彼はやや申し訳なさそうであったが、断るほうがよくないと思ったのか割と素直に受け取ってくれた。
「それで、お体の方はどうですか?」
「ええ、お陰様でなんとか命を繋ぎ留めることができたようです。これもルイナ様のお陰でしょう」
「いえ、グラムさんを運んでくれたのはこのリーザです。感謝なら彼女に」
「なんと……それは失礼いたしました。リーザ様、改めまして深く御礼を」
「い、いえっ、その、ルイナ様がそう望まれていると思っただけ、でしたので……」
「それでもですよ。あのまま誰も来てくれなければ私と仲間の命だけでなく殿下まで……」
あの時のことを思い出したのだろうか。
彼は震える両手をベッドから露出させ、残された左手を強く握りしめた。
「大丈夫ですか?」
「……私は殿下をお守りできなかったどころか、逆に殿下に守られ、こうして命を救われてしまった。これでもし殿下にもしものことがあったと思うと、恐ろしくてたまらないのです」
私もまた、あの時のことが脳裏に浮かぶ。
己が死にそうな状況にもかかわらず、自身を見捨ててでも殿下の命を助けてくれと深く紺がするグラムさんの姿。
己が死ぬことよりももっと恐ろしいことがあると主張する姿。
今のグラムさんを見ていると、あれは死に際の変な意地なんかじゃなくて、本心から強くそう思っているのだと確信できる。
「……すみません。もしかしたら失礼なことかもしれませんが、一つ聞かせてください」
「なんでしょう。こんな身でもお応えできることならなんでも」
「グラムさんはどうして、エヴァン殿下のことをそこまで深く想っているんですか?」
「想っている、ですか?」
「……普通は人間だれしも、死と言うのを恐れるものです。自分がいざ死にそうという状況の時に本心から他人を気遣える人はそう多くないと思います。でもグラムさんはそうした。だから、どうしてそんな誇り高くあれたのか。その理由が、知りたくて」
「はは、改めて言われると少し照れ臭いですね。分かりました。答えになるかわかりませんが、私と殿下が出会ったときのことでもお話ししましょう。少し、長くなりますが……」
そういうとグラムさんは少しだけ体を起こし、私たちにまっすぐ向かって自らのことについて語りだした。
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