第9話

「かなり危ない状態ではありましたが、なんとか命を繋ぎ留めることは出来ました」


「……そうか、良かった」


 リーザの案内で通されたのは、町の冒険者ギルドが管理運営する“緊急時専用”の治療院だ。

 ここは王侯貴族御用達の大病院とは違い、死に直結するような深い傷を負った人なら誰でも格安で治療して貰える場所。

 もちろん冒険者ギルドに登録している構成員が優先されるが、そうでない人でもベッドに空きがあれば治療を受けることも可能だ。


 エヴァン殿下の部下は全員冒険者ギルドに所属しているので、問題なく受け入れてもらえた様子。

 今は殿下が担当者と状況の確認と整理をしているところだ。

 私は少し距離を置いたところからその話を盗み聞きしている。


「ただその、申し上げにくいのですが……残念ながら彼の右腕は――」


 その言葉を聞いた私の耳がピクリと跳ねた。

 彼とは勿論グラムさんのことだ。

 今の彼の体は全身を包帯でグルグル巻きにされ、その上で生命維持のサポートをする器具が取り付けられている。


 やむを得なかったとはいえ、彼の右腕を再生不可にしたのは私だ。

 自分の判断が間違っていたとは思わない。

 だけど、胸がきゅっと苦しくなる。


「……仕方あるまい。命と片腕を天秤にかけるのなら、オレなら確実に片腕を捨てる。グラムもきっとそう言うだろう」


「最善を尽くせば申し訳ございません。それでは私は一度席を外させていただきます」


 そう言うと担当者は足早にこの場から去っていった。

 気まずいのもあるだろうけど、きっと予定がぎゅうぎゅう詰めで忙しいのだろう。

 エヴァン殿下はその後姿を見送ってから、はぁと大きなため息を吐く。

 そしてそのまままっすぐ私の方へと歩いてきた。


「彼らは皆、貴女の処置がなければまず間に合わなかったと口を揃えて言っていた。オレの命のみならず親友をも救ってくれて、なんと礼を言ったら良いのか……」


「いえ、お礼だなんてとんでもないです。それよりもグラムさんの傍にいてあげてください。彼は最後まで自分の身よりも殿下の身を案じていたので、目を覚ましたらまず生きている殿下のお姿が一番に見たいはずです」


 それに殿下も絶対安静ですので、と付け加えてグラムさんの隣の空きベッドを指さした。

 殿下の体も等に限界を超えているのに、それを一切顔に出さないのは流石としか言えない。

 あるじがこれほどならばグラムさんのあの心の強さにも納得がいく。


「……分かった。お言葉に甘えて今は少し休ませてもらうが、この礼は必ずするからな。絶対だぞ。必ず戻って来ると誓ってくれ」


 私が部屋を出ようとすると、エヴァン殿下はベッドの上から紅色のまっすぐな瞳をこちらに突き刺しながら釘を打ってきた。

 どことなく必死さすら感じる殿下に、私は貯めていた息をふーっと吐き出してから答えた。


「分かっています。夜にでもまた来ます。それまではちゃんと寝ていてくださいね」


 私は殿下の肩に手を添えてゆっくりと枕に頭を落とし、布団をかけて逆に念押しする。

 本当はこのまま家に帰って引きこもりのお飾り妻に戻る気でいたけれど、この様子じゃ私が姿を消しても執念で見つけてきそうだ。

 そもそも私の顔も名前も割れている訳だから見つかるのにそう時間はかからないだろうし……


 ……ってあれ、殿下の顔、少し赤いけど大丈夫かな?

 恐らく体温も相当上がっているだろうしやっぱり一度寝てもらわないとね。

 人間は寝ないと体が満足に回復しないから。


 その後部屋を出て、少し歩くとすぐに顔馴染みの女性職員さんが声をかけてきた。


「あっ、ルイナさん! お疲れのところすみませんが、もしよければ少しだけでも手を貸してはいただけませんか!?」


 疲れ切った顔から察するにやはり人手が足りていないのだろう。

 私も時間があるときは時々ここで回復術師として治療を手伝っている。

 ここの院長は私に回復魔法についていろいろと学ばせてくれた恩人なので、少しでも恩返しできればなと思って始めたことだ。

 正直ちょっと休憩したとはいえ今すぐベッドにダイブしたいくらいには疲れているけれど、私の答えはもう決まっている。


「分かりました。案内してくれますか?」


「ありがとうございます! 助かります!」


 私が了承の返事をすると、心の底から嬉しそうにお礼を言ってきた。

 ただのお散歩日和な一日から随分とハードな一日になってしまったけれど、これはこれで充実した日だからいいや。

 あっ、でも帰りが遅くなることメアさんに伝えないと――あっ、そうだ!


「リーザ。いる?」


「はいルイナ様、ここに」


 私は準備してくると言って人気のないところまで来てから、何もないところに向かって声をかける。

 するとどこからともなく紫髪の少女リーザが現れ、私の前で跪いた。


「メアさんに伝えてくれる? 今日は少し帰りが遅くなるって」


「理由はどのようにお伝えいたしましょうか」


「うーん……いいや、治療院でお手伝いするからってそのまま伝えてくれる? あ、でも他のことは一応伏せといて」


「承知いたしました。確実にお伝えいたします」


 気が付くとリーザもう一人増えていた。

 ただし片方は若干色が薄く、存在が希薄だ。

 恐らく彼女たち“シノビ”の魔法か何かで分身を生み出したのだろう。


 驚くような筆の速さで私が伝えたい内容を書き記し、それを私に見せて確認を得たら二人ともあっという間に私の目の前から姿を消した。

 徹底してるなぁと感心しつつも、次は普通に隣を歩いてもらおうかななんて思ったり。


「さ、気合入れて治療しますか!」


 人の命を助けるのが回復術師の仕事であり使命だ。

 今、私の助けを必要としている人がすぐ近くにいるならば、私は必ず手を差し伸べるって決めているから。

 グラムさんたちが目を覚ますまでもうひと頑張りするとしよう。

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