第3話
朝。
今日は雲一つない快晴で、やんわりと体に当たる冷たい風が心地いい。
本が大好きで引きこもり気質な私でも、こんな日は外に出て散歩をしたいと思うくらいにはいい天気だ。
「メアさん。私、ちょっと外出してますね」
「承知いたしました奥様。いつ頃お戻りになられますか?」
「うーん……日が落ちるまでには帰れると思います」
「承知いたしました。行ってらっしゃいませ奥様」
相変わらずの美しい所作で私を見送ってくれたメアさんに軽く手を振りながら、私はお屋敷を出発した。
このお屋敷、別荘とは言うものの本宅とそう大して変わらないくらい立派な建物だ。
お飾りの妻だからってバカにしてくるメイドさんもいないし、扱いも最上級と言っていい。
これも
ただ扱いを悪くして面倒なもめ事を起こしたくないだけかもしれないけれど。
きっとそう思った方が幸せに違いない。
なにより私はこの現状に満足しているから、これでいいんだ。
お庭を手入れしている庭師さんに軽く会釈して、私は目的地に向けて歩き出した。
私が外を出歩くとき、必ず立ち寄る場所が一つある。
それが町はずれにある小さな教会だ。
この国で広く信仰されているハピス教の教会は貴族が住まう貴族街にも多数存在するけど、私はこの平民街の外れにある教会が好きで頻繁に通っている。
辛く苦しい俗世で精一杯生きる人間が持つ力強い“心の星”の輝きが神に届いたとき、人々は幸福を得ることができるだろう。
というのがザックリとしたハピス教の教え。
つまり本気で幸せを願って努力していればいつかきっと神様が見つけてくれて、報われる日が来るってことらしい。
教会は民家と比べると少し大きな建物。
その入口の大扉の上には、ハピス教の象徴である五芒星を象ったマークが刻まれている。
私はその扉に両手を置いて、躊躇いなく開いた。
「あっ! ルイナねーちゃんだ!」
「ほんとだー! おねーちゃん最近来てくれなかったから寂しかったんだよー?」
私が足を一歩踏み入れるころには、さっきまで牧師さんのお話を聞いていたはずの十数人の子供たちが私の周りに群がってきていた。
子供たちは反応も早ければ行動も早い。
あっという間に私は囲まれてしまった。
「あっ、ねーちゃん指輪してる!」
「ルイナおねーさんはケッコンしたんだから当然でしょ!」
「そんなぁー、オレもうちょい大きくなったらねーちゃんに告白しようって思ってたのにー」
「はははっ、お前じゃ絶対断られるにきまってる!」
「なんだとー!」
ここの子供たちはいつも元気いっぱいだ。
ここには主に両親が共働きの子や、片親で家に一人ぼっちになってしまう子供たちが集まる。
この教会ではみんな等しい神の子として、昼の間はこうした子供たちの面倒を見ているんだ。
「こらこら。ルイナさんが困っているではありませんか。それにまだお勉強の途中でしょう。さぁ、みんな席に戻りましょう」
「はぁーい」
奥から歩いてきた神父さんに言われ、子供たちはやや名残惜しそうに私の下を離れ、机へと散っていった。
「ごめんなさい、バークスさん。お邪魔してしまって」
「いえ、とんでもありません。子供たちもあなたが来ないととても寂しがるので、こうしてまた来てくださって嬉しいですよ」
バークスさんはこの教会の神父さんで、立派な顎髭が特徴的な初老の男性だ。
子供たちに勉強を教え、面倒を見ているのは教会共通の方針という訳ではなく、ただ単にバークスさんが子供好きで困っている人の助けになりたいという理由からだ。
私がここを知ったのも、小さい頃に両親から全く期待されず一人で思い悩んでいたところにバークスさんが声をかけてくれたから。
それ以降、嫌なことがあった時はここの教会によく通ってバークスさんにお話を聞いてもらったりしてとてもお世話になった過去がある。
「改めて、ハルベルト侯爵様とご結婚なされたそうで、誠におめでとうございます。長く苦労をなされたあなたがこうして幸せの星を掴むことができた事を心より嬉しく思います」
「ありがとうございます、バークスさん。本当はこの教会で式を挙げられたらよかったのですが……」
「はっはっはっ、こんな小さなぼろ教会ではルイナ嬢の晴れの舞台には似合いますまい。それでもその言葉、とてもうれしく思いますよ」
そういえば旦那様と結婚してからここへ来るのは初めてだった。
しばらくはずっと図書室に籠って本を読み漁っていたから仕方ないけれど、もっと早く来ればよかったなと思う。
まあバークスさんが思い描いている幸せと私の
「子供たちのお勉強もまもなくひと段落付きます。もしよろしければお茶でもしていきませんか?」
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
ここに来れば私は貴族としてではなく、みんな神の子――普通の女の子として扱ってくれる。
とっても居心地がいい空間。私はここが大好きだ。
せっかくだから子供たちと遊びながらゆったりとした時間を過ごさせてもらおう。
「――っ!?」
そう思った矢先、すぐ近くで大きな音が響いた。
これは――何かが崩落した音?
そう脳が認識すると、私の体は自然と動き出していた。
「ルイナさん!」
「私、ちょっと様子を見てきます!」
誰かが私の助けを必要としている。
そんな気がして。
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