第4話

 教会は大森林と隣接した町はずれに存在する。

 音が聞こえてきたのはその森の中からだ。


 この大森林の奥深くにはとても危険な魔物が跋扈していると言われ、小さい頃には近づくなとよく言われた思い出がある。

 だけどさっきの轟音は明らかに普通じゃない。

 浅いところならば人が出入りすることもそう珍しくはないので、もしかすると誰かが事故に巻き込まれてしまったのかもしれない。


 それに万が一、危険な魔物が現れたんだとしたら、教会に近づく前に追い返さなきゃ。

 そう強く決意して、私は走った。


「―-っ! 大丈夫ですかっ!!」


 私が辿り着いた現場は酷いものだった。

 武装していたはずの4人の兵隊さんたちが傷だらけで倒れていて、周囲には激しい戦いの残骸と思われる武器や血液が至る所に散っていた。

 私は一瞬頭の中が真っ白になるが、それよりも先に早く助けないとという明確な意思が私の体を突き動かした。

 

 すぐ手前にいる兵隊さんは――右腕がなくなっていた。


「いったい誰がこんなひどいことを……すぐに治療しますからね!」


 私はすぐさま意識を集中させ、癒しの魔法を用いて傷の治療を試みる。

 一番まずいのはこの腕だ。

 回復魔法は自身のマナを分け与えて人間が持つ自己再生能力を飛躍的に高めて治癒する魔法。

 欠損した部位を無から作り出すことなんてできない。

 だからこれを元通りにするには飛んでしまった腕が必要なんだけど――


「ない……どうしよう……」


 ここで断面を塞いで血を止めることは出来る。

 だけどここで塞いでしまったら――この人の右腕は一生元通りにはならない。

 少なくとも、私にはできない。


「……ごめんなさい。探している時間はもうありません。許してください」


 この人はもう、血を失い過ぎている。

 このまま放っておいたら間違いなく死ぬ。

 だからこそ、謝罪の言葉を口にしながらも欠損した右腕へと手を伸ばした。


 他の人たちもこの人ほどじゃないけど重症だ。

 すぐにでも治療しないと命が危ないかもしれない。

 絶対に、助けなきゃ。


「……うっ、ぐはっ!」


「っ! 動かないでください! 今治療中です!」


 傷口を塞ぎ、マナを流し込んで一時的に失った血液の働きを代行させる。

 その成果が出たのか、意識を失っていた兵隊さんが血を吐きながらも目を覚ました。


「キミは……奴は、どこに……殿下は……」


「私は流れの回復術師です! 必ず助けるので今は静かに――」


「すまない……頼みが――ある」


「今は聞けません! あなた死んじゃいますよ!!」


 命の危機だ。できれば今は黙って眠っていてほしい。

 だから自然と語気も強くなる。

 回復魔法は人体の中身に干渉する魔法だ。

 だからこそ決して集中力を欠いてはいけない。


「ここから少し先――殿下が……エヴァン殿下がいる! ドラゴンの攻撃を受けて激しく飛ばされ――大怪我をされているはずだ! 頼む、助けてくれっ……!」


「エヴァン殿下が!? 分かりました、あなたの治療が終わり次第すぐに向かいます!」


「ダメ、だ! ぐぅっ……私は殿下の、護衛を任された身。私のことは後にして――すぐに向かってほしい!」


「ダメですよ! アナタももう危ないんです! だから――」


「もし殿下の身に万が一のことがあっては我が一族末代までの恥となる! 頼む――後生の頼みだ――どうか、殿下を……」


「―-っ!!」


 まさに鬼の様な形相で残った左腕で私の腕をつかみ、訴えかけてくる。 

 その瞼にはうっすら涙が溜まっているし、その体はずっと小刻みに震えている。

 痛いし、辛いし、死にたくないだろう。

 それでも、その眼の奥には明確な強い意志が私に強く訴えている。


 私は彼の体から手を離した。

 私の支えを失った背中は力なく大樹に寄り掛かった。

 私の手も、震えていた。

 だけど無理矢理ぎゅっと握って、渾身の笑顔を見せた。


「分かりました! すぐにその方を助けてここに戻ってくるので絶対に死なないでくださいね!」

 

「あぁ、ありがとう……」


「……誇り高き兵隊さん。お名前を、教えてください」


「俺の名は――グラム。親切な回復術師さん……殿下を、お願いします……」


 もう言葉はいらないし、時間もない。

 力なく崩れ落ちるグラムさんに私はくるりと背を向けて、彼が指をさした方角へ向けて走り出した。

 その先は木々が強引に吹き飛ばされてできた道があった。

 

 ……約束は、守ります。

 だからあなたも絶対に約束、守ってくださいね。

 グラムさん。

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