珈琲に合うのはどれ?


喫茶店『レイシー』は、只今新作メニューを開発中である。

季節はハロウィンの季節。

となれば、かぼちゃのお菓子なのかしら?と思い立った私……女店主のベルメリーは、ぱらぱらと料理レシピ集を見ながら、お菓子作りをしていた。

オーブンにはパンプキンパイ、冷蔵庫にはプリン、それと……思い付く限り作っていた。

すると入り口が開く音と共に、からんころんとお客様の来店を告げるベルが鳴った。


「いらっしゃいませ……アル?!」


久しぶり、ベル、と返した青年はアルフリード、女店主の店の常連で幼馴染みだ、名前が長いのでアルと呼んでいる。


「…なんかこの店、甘い匂いがするな」


「ええ」と頷いてから、そうだと閃いた私はこう続けた。


「…お客様。試作品の試食をおこなっておりますが、如何ですか?」

「如何ですかって…」

「匂いでお分かりかと思いますが、スイーツですが?」

「…言わなくても、毒味されてやるよ」


あと、畏まらなくていい。とアルが苦笑している。私が真面目にやると、そう言う顔をされるのなんなのかしら。

だが、彼から言質を取ったと言うわけで。私は指を弾いてコンロに火をつける。

いつものコーヒーを淹れる用のお湯を沸かす為だ。


「ブレンドコーヒー、でいいかしら」

「お願いします、店主さん」


……他のお客様に試食会を見られるのもちょっとあれだし、今日は終了の看板を出して来ようかしら、そう思い立った。

注文されたコーヒーをテーブルに運んでから、店の扉に掛けてある開店中のボードを本日終了に直しに向かう。

その後に試作品をカウンターに並べていった。パンプキンパイ、プリン、ティラミス、パウンドケーキにマカロンに……。

アルはその数を見て少し引いていた。


「おい、また随分気合いが入ってるな。一人で食べるつもりだったのか、これ」

「レシピを見ていたら、色々作りたくなっちゃったのよ」


ちなみに全てかぼちゃ味よ。

そう言うと、マジかとぼやいてる。


「毒味してくれるんじゃないの?」

「…はいはい、頂きますよ」


アルは手前にあったパンプキンパイにフォークを使って小さく切ると口に運んだ。


「美味しいよ」

「ほんと?」


自分用のエスプレッソを淹れて店頭に立っていた私に、アルは逆に訊ねてきた。


「この中で自信作はあるのか?」

「そうね。かぼちゃのパウンドケーキ」

「コーヒーに合いそうなやつだな」


彼がパウンドケーキを一口。「美味しい?」と聞くと、かぼちゃもそこまでくどくないな、と感想が返ってきた。


「そうなの。じゃあ私も…」


カウンターのとは別に切り分けたものをフォークで刺して口に運ぶ。うん、美味しい。しっとりしていて優しい甘さだ。

口直しにエスプレッソを飲む。少し満足していると、同じくコーヒーを啜りながらアルが聞いてきた。


「つーか、何でかぼちゃだ?」

「え?ほら、もうハロウィンよ」


と言ったら、やっぱりかぼちゃじゃないかしら。


「でもさ?…紫芋とか、栗とかサツマイモとか…季節物の素材って色々あっただろ」


イベント商品って、シーズンが終わるとそのまま新しいイベント商品に関心が移ってあまり食べなくなる事がある。

それよりも、他の素材の方がリピーターつくかもよ。と最もらしいことを言われてしまった。…流石は、商人の端くれ。とでも言っておこうかしら。


「そうなんだけど、イベント物って一回食べてみたくならない?」

「まあ。それはある」

「でしょ」


私は口直しにと、冷たいものを食べようとプリンを掬って食べる。

美味しいけれど、これじゃない感じがする。何とも言い難いこの感覚は…。


「…むむ」

「失敗した?」

「先代の作ってたプリンの味になってない…」


どれどれ、とアルもカウンターに置かれたプリンを一口。あー、と呟く。


「なめらかさが違う……?」

「……それだわ」


それからも、二人であーだこーだと言い合いながら、試作品の品評をしていって…。

時間が大分かかったが、新メニュー候補を二つに絞るまでいった。


「時間が掛かったわ…」

「ベルが作りすぎなんだよ」

「うっ」


人が少し気にしていることを…!

地味に傷付いている事はお構い無しに、彼は軽く渋い顔をしながら呟いた。


「試食し過ぎて甘ったるい」

「飲み物のおかわりをお持ちします。少々お待ち下さいませ」


ぺこり、とお辞儀をして彼が飲みきった

カップとソーサーを手にする。

その私の様子に思うところがあったのか、思わぬことを言われた。


「その急に入るスイッチなんなんだよ」


ああ。これは職業柄というか。


「一応、私は店主だもの。知り合いとはいえ…仕事で向き合うのなら、お客様として節度を保って接しなさい。

と、先代が言っていたのよ」


いくら気心の知れたものでも、相手がお客様である以上失礼になることはしないし言わない。

それは仕事をする上での最低限のマナーであり、私の矜持だから。


「……立派なことだな。偉い」


彼はふわりと笑うと、私の頭を軽く撫でてきた。

それをナチュラルに避けると、私はにっこりと笑顔を張り付けて、感情を乗せずに口を開いた。


「店員は商品ではありませんので、気安く触らないで頂けますか?」

「……わあ、辛辣」

「少々お待ち下さいませ」


といって、ベルはカウンターの奥に引っ込んでコーヒー豆を取りに向かう。

店内が見えない位置に着いてから、思わずため息を一つ吐き出した。


「……子供扱いしないでほしいわ」


何ともむかむかしつつ、少し恥ずかしかったのも本当で。

…これでも私にとっては、少し年の離れた兄の様な人なのだ、憧れていないわけがない。

少々熱くなった顔を落ち着けてから店内に戻ると、当のアルはパンプキンパイを食べているところだった。


「甘ったるいんじゃなかったの?」

「ただ待ってるのも何かな」


手持ち無沙汰と言いたいのか。そこまで待たせていた訳じゃ無いと思うけど。

再度コーヒーを淹れる用にお湯を沸かす。

その間に、挽いた豆をペーパーを引いた にいれて準備をする。


「…いいわね。私はもうお腹いっぱいよ」

「そりゃ、普段の運動量が違うしな」


それもそうか。

私は店の中を歩くだけだけど、アルは仕事柄遠くに行ったりしているし、多少の荒事を解決出来る腕っぷしもあるんだったわ。

沸かしたお湯を注いで、コーヒーを抽出する。

淹れたそばから、とてもいい匂いがした。


「お待たせしました」


私がいつもの動作でカップとソーサーをカウンターのアルの前に運ぶと、カップを手にとった。


「ありがとう。……やっぱり、この味だ」


何だろう。お菓子を食べて口の中が甘いのは私も同じなのか……不思議とやたらコーヒーが飲みたい気分になったのは。


「…私もそれ、飲みたくなってきたわ」


何となく自分用にコーヒーを淹れることにした私に、アルは不思議そうに言った。


「……ベルにしちゃ珍しいな」

「かもしれないわ」


結局、二人はコーヒーを飲みながら

ハロウィンに出す新作メニューを決めるのだった。



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