Helloween requiem


「は…くしゅん!」


コンビニバイトをした帰りのこと。

少し寒くなってきた夜の街をくしゃみをしながら歩くうち…こと由菜ゆなは、電信柱の前を通り過ぎる時に、はじめて幻覚を見てしまった。


『だーれかー、俺のこと見えませんかー?』


少し劣化している灰色の塀から、透けてる上半身をひょっこりと出している、イケメンがいた。

派手な髪色に耳にピアスがいっぱいついていて、何だかチャラそうな見た目をしているのに、そのイケメンの顔は泣きそうになっていた。

うーん、すごく具体的。


「……わお…」


……って、まてよ。あのイケメン、壁に体が埋まってる。つーか透けてるよ?

え、え、幽霊?いやそんなアホな。

これでも家族のみんなは鈍すぎるくらい霊感がないのに!


……少し足を止めて、頭の中で考える。

うち、バイトで疲れてるんだわ。

そうだよ、きっとそう。

はー、帰ろ帰ろ…


『もしかして君、見えてますか?』

「見えてない見えてない。私は何もミテナイヨ!」


必死で否定をすると、目を合わせないようにして、足早に立ち去ることにした。

だが幽霊は、そのうちの後ろを付いてきた。


『良かったー!俺、一昨日事故で生死をさ迷っていたんだけど…どうしても心残りがあってさー』

「あーあー、聞こえません」

『聞いてくれたら、生前取った令和STEP!のライブチケットを譲ってあげようかなー』

「……うそっ!令和STEP!?」


くるーっと振り向いた私に、イケメン幽霊はニコニコと笑っていた。

あー!!完全にバレた!



それから次の日。

見知らぬ場所で、幽霊がギターケースを前にして佇んでいる。


『俺の心残りは、このギター』

「これをどうしろと」


…触ったこともないですが?!

太陽が南中に上る頃の時間帯。

休日だった由菜は、夜にあったイケメン幽霊に連れられて町外れの空き地にある小屋へ連れてこられた。

…幽霊って昼間も動けるんだな、と妙な所で感心してたよ。


昨日あのあと家まで付いてきてびっくりしていたけど、落ち着いてからお互い自己紹介をした時に分かったことは、

幽霊の名前はカイさん。大学生らしく年は20才。なんと同い年だった。

『開けてくれる?』と言われておっかなびっくりギターケースを開けると、中には使い込まれたギターが入っていた。


『…俺さ、これでもバンドマン目指してて、アマチュアでバンド組んでいたんだ』

「わお」


素直にスゴいなあと思う。

うちにはそこまでの情熱を注げる夢はないから。やりたいこともないし、将来も何したいとか考えたことがなかったから。

なんていうか、人生つまらないことが無さそうで羨ましい。


『ハロウィンも仮装してライブする予定を立てててさ、ライブハウスも取ってたんだけど……この通りでね』

「それは、御愁傷様です」


スケスケになっている体(幽体というのかな)で地面から数センチ浮いて立っている幽霊は本当に寂しそうで思わず、言葉が出てしまった。


『うん、だから思ったんだよ。ライブの時だけでいいから、誰かの体を借りてライブに出られないかなーって』


急に突拍子もない考えになったな。


「や、無理っしょ」

『なんでそゆこというのー、由菜ちゃん!』

「いや、ギター引いたことないですもん」

『そこは俺が覚えてるから平気だよ』


綺麗なウインクをして『お願い、体を貸して?』と迫ってくるイケメン(ただし幽霊)背中に冷や汗をかいている感覚がした。

おい、うちの中に入って乗っ取る気満々じゃねーか。


『それに、コスプレで被り物するし、体型がわからない服装だから…大丈夫さ☆』

「そうですかねぇ…」


頭はカツラを被って、ピアスはイヤリングでどうにかするとして。身長はこれでも平均女子よりも高い身長だから、足りない分はブーツで誤魔化せるかな。

後は…体格だけはどうにもならんと思いますけど。


『そうそう。見た感じ、由菜ちゃんサラシ巻かなくても平気そう』

「黙れ幽霊」


……おん?だれが貧乳だって、シンデレラバストなめてんの?

うちは反射的に低い声を出して睨み付けたら、カイさんは…ひいっと涙目でびくついていた。


『幽霊よりもおっかない…』

「あ?」



******



青年は目の前の現実が、ハロウィンに起こった奇跡だと思った。

数日前から連絡の取れなくなっていたバンドメンバーの一人が、少し遅れてライブハウスへとやって来た。

…もしも来なかったら、彼を抜きにしてライブに出るつもりだったし。

他のメンバーともそう話し合っていたからだ。


「遅いぞ、カイ」

「なにしてたんすか、連絡取れなくてビビってたんすよ!もう!」


他のメンバーは彼を歓迎している。

既にコスプレをしてやって来た彼は大きな帽子を被っており、顔は包帯に巻かれてよく見えなかった。

だから、顔色や表情は読み取れない。

そんな彼に、俺は声を掛ける。


「カイ、ちょっと」


俺は遅れた彼…カイを連れて控室の外に行った。彼は、何時ものようにだるそうな声で


「…なんだよ、けい

「お前…いつ病院抜け出した…つか、いつ目が覚めたんだよ」


彼の目が、え?

と言うように大きく揺れた。

それから、あははと明るく笑ってから続けた。


「知ってたの?…いや。ふと夢の中でライブあったなーって。そうしたら道端を歩いてた天使が力を貸してくれてさあ」


天使ってそんな都合よく言うな。

それに、カイの代わりにギターを弾ける知り合いに声をかけていたから、

無理に出る必要はない。

心なしか痩せたような、縮んだような気がする。


「呑気なこと言ってないで、今は無理しないで……」

「大丈夫だって」


カイがそっと俺の肩に手を置く。

いつもよりも力がないが、不思議と頼もしく感じたのは、気のせいだろうか。


「俺、このライブ楽しみにしてたんだ、だから、な?」

「……終わったら、すぐ病院連れてくからな!」

「……分かってるよ!」


いつもよりも小さく見えるカイの背中を追って、桂も控室に戻った。


それから……数時間後。

待ちに待ったライブがはじまった。

ソーシャルディスタンスを徹底して開幕したが、沢山の観客がライブハウスを訪れてくれた。

ステージの照明が彼らを照らす。

響き渡るベース、ドラム、キーボード。

ギターの音と、ボーカルの声が奏でる俺たちの最高の曲。

ファンの前で最高に盛り上がることが出来て、気分が高揚していく。


『それじゃあ聞いてくれ!……Halloween requiem!』


観客から黄色い歓声が上がる。

ハロウィンライブは、盛り上がりを見せて大成功をおさめた。



******



ひいーっ。

バレないかひやひやしたー…!


「うっわ、まだ指先がぷるぷるしてる」


公衆トイレの中で…ミイラのコスプレから普段の私の服に着替えたうち。

コスプレに使った服をバッグに詰めて、収まらない動機を落ち着かせる為にすーはーを繰り返している。


「……置いて来ちゃって、良かったのかな」


私はカイさんの言う通りに体を貸した。彼に貸している間も私の意識はずっとあって、たくさんのファンが盛り上がったのを間近で見ていた。

…いやー、凄かったなあ。

派手なコスプレしてる人もいたし、熱狂的にカイさんや他の人達にうちわでアピッてるファンの人もいた。うちはライブに行った事がなくて、今まで知らなかった光景で衝撃的だった。

ハロウィンライブが終わると、カイさんはメンバーに別れの挨拶をしないで、そそくさと外に出てきてしまった。

それから、大事にしていたギターも楽屋に置いて来ていたのだった。

トイレから出て、てくてくと帰路を歩きながらカイさんにそれを伝えると、


『いいんだ。どうせ使わないし』

「でもさカイさん。まだ生きてるみたいだし、目が覚めたらギター弾けるじゃん」


それなのに、ギターをあっさり手放すのは勿体無い。何となくそう思ったのだ。

なのに、カイさんは何処か言いにくそうな表情を作っていた。


『事故の傷が深くて、いつ容態が急変するか分からないんだってさ』


医者が家族に話してるの聞いちゃってさ、と明るい口調で話しているけれど…何だかうちは、少しもやもやした気持ちになってきた。

それで、思わず呟いていた。


「……諦めちゃうの、よくないよ」

『いいんだよ楽しかったし。由菜ちゃんのお陰で、ライブが出来たから』


イケメンの姿が、うっすらと消えていく。

え、もう心残りが無くなったってこと?

消えるってことは、カイさんはもう……。


「あ……」

『…そうだ。俺から由菜ちゃんにはお礼のハグを』

「ハグっていうか、包まれてる感しかないよ…」


よいしょ、と幽霊がうちの体を包んで、カイさんの腕の中におさまる…っても、そこに何かある感覚もない。

何となく某有名映画の主人公の幽霊が、生きてる恋人をハグしてる場面が頭の中に浮かんだ。…意味あるのかね、これ。

でも、近くでこうしてみるとカイさん。幽霊の感じと髪の色が、天使みたいに見えた。

…ん?あれ、何か忘れてないかうち。


「……カイさん。令和STEP!のチケット、まだ貰ってない!」

『うん。コスプレ衣装のジャケットに入ってるよ』


よ、よかった。

何となくほっとしていると、ピアスいっぱい着けた天使のような幽霊は…明るい声で呟いた


『…また、いつか会ってね』

「え……?!」


イケメンの顔が画面いっぱいに淡い映像と化して…ふっと消えた。

暗い夜の空に、溶けてしまった。


(……幽霊のイタズラにあったみたいだ)



それから暫くして。

貰った令和STEP!のライブチケットは、有り難く使わせて頂いた。

今日はその帰り道だった。あまり慣れてなかったけど、ライブ楽しかった…

すごかったな、と思いながらグッズの入ったバッグを手に歩いていると、何処かで見覚えのある人影が駆けてきた。

その人はうちの目の前に止まると、笑いかけてきた。

わあ、チャラそう。


「由菜ちゃん。俺の事覚えてる?」

「え。……だ、れ?」


今までカイさんの顔を忘れかけていたうちは、じっとその人を見て…ぼんやりと浮かぶ彼の事を思い出した。


「……あ、あ、幽霊の人…!」


本物のカイさんは、引くほど綺麗なお兄さんだった。

なんか復活出来ちゃった、とてへぺろしてる辺り、あの幽霊に間違いないわ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る