見習い魔女のかぼちゃ魔法


寂れた教会の奥に佇む聖母像の前で、若いシスターが祈りを捧げていた。

今日はハロウィン。死者の魂がこちらに帰ってくる日であり、悪霊が此方に悪さをしに現れる夜でもある。

教会の外と中の隅に魔除け代わりのかぼちゃのランタンが置かれていた。


「ーー主よ…」


シスターの敬虔な祈りを妨げる影が、扉の外から現れる。

バサバサと翼がはためく音がしてシスターの少女が振り向くと、それは黒い翼と禍々しい角を持つ悪魔だった。


「不用心やねぇ、お嬢さん」


悪魔は背後に下僕の悪魔を呼び寄せて、コツコツと踵を響かせながらシスターの方へ近づいていく。

驚いていたシスターは、へたり込みながらも後ろへ下がる。……だがそれも、壁に追い詰められて逃げ場を失ってしまった。

じりじり、と距離が近くなる。


「お、お止めなさい!私は…」


神に遣えるシスターなのですから。

と言いたかったが、目の前に立っているそいつは、口から牙を見せてふっと笑うのみ。

悪魔は筋肉質な体躯をした男性の姿をしていた。


「お前、それで我をどうにか出来るとでも?」


自分と男の間に、大きな十字架を出して強く握った。咄嗟の行動だったが、それでも祈らずにはいられなかった。

ーーお助け下さい神様。



「わたしの大事な友達に触らないでーー!!」


それは、意外な救いだった。

小さな小さな体に、大きな三角の帽子を被った少女。シスターのよく知る親友の少女の叫びが、教会の中に響き渡った。


「は?…子供……?」

「すごく大きなかぼちゃ、助けて!!」


少女は涙でくしゃくしゃにしながら赤く灯る瞳で悪魔を見つめると、よく磨かれたロッドを手にして呪文を唱える。

……するとどうだろう。

ひゅるるる。


「……は?」


悪魔の上に私達の何倍もある大きさのかぼちゃが降り注いで……



******



『魔法学校の落ちこぼれ』……プリムはそう呼ばれていた。

生まれつき成長が遅く、いつまで経っても子供のままの背丈。ぶかぶかのローブ、目深に被った大きなつばの三角帽子に長い三つ編みの少女は、今日も家近くにある寂れた教会に足を運んでいた。


「リリ!」


そこには自慢の親友のシスター、リリがいるから。リリはいつも優しくわたしの話を聞いてくれる。

学校の失敗談もただ頷いていてくれるから、安心して話してしまう。


「今日もね、クラスの子達に笑われちゃった。火を出すつもりが煙しか出なかったの」

「そっか…」

「またいじめっ子のボスがほうきでぶつかって来たから、かぼちゃをぶつけてやっつけたんだ。

けど…先生に仲良くしなさいって怒られちゃったよ。……うまくいかないね」

「そんなことないよ、プリムはよくやってる。今日も頑張ったね」


彼女はすごく優しい。人間が出来てるって言うのかな。でも、それが不思議だった。


「……リリは何で、わたしに優しくしてくれるの?」

「そうね。私の弟とよく似てるからかな」


わたしのによく似た弟さんって?パッと思い付いたのは…


「……落ちこぼれなの?」

「そうじゃなくて…とても頑張りやさんなのよ。だから私も家族の為に頑張れるのだけどね」


リリは家族を支えるために、シスターになったと言っていた。詳しいことは聞いてないけれど、信仰心の強いお家なのだそうだ。

そんな彼女は、この寂れた教会を立て直す為にやって来ていた。数人のシスターと神父様がここで活動をしながら教会を立て直している途中なんだって。


「いっそ、得意なものを極めるのはどうかな」

「得意なものって…これのこと?」


わたしは杖を振って魔法を使う。

ぽんと音がする、手のりサイズのかぼちゃがテーブルに現れた。

かぼちゃ召喚魔法。わたしが生活魔法以外で実用レベルで使える魔法だった。

これなら、沢山出すことも出来るかもしれない。


「この前、ランタン用のかぼちゃを出してくれたじゃない。応用して形を変えたり出来る?」

「うーん、うーんと…」


形を変える?包丁で真っ二つにするとき、地味に固いから、カット出来たら便利かもしれないけど…

悩みつつ、ぶつぶつと呟きながら杖を降ってみる。


ぽん、ぽん、ぽんっ!

テーブルの上に、ほかほかのかぼちゃパン、パンプキンシチュー、かぼちゃクリームのクレープが現れた。

カットして調理しちゃったよ。


「食べ物ね」

「あ!おばあちゃんのご飯を思い出してたからだ…」


顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなって、帽子の淵を掴んで縮こまった。

そんなわたしに、リリは首を横に振った。


「いいえ。とっても素敵な魔法」


小さな魔女を優しく誉めてくれる彼女は、確かに神に仕える者だった。

そんなリリがいたから、学校で色々言われても何とかやってた。



「おい、落ちこぼれ!どけよ邪魔だ!」

「……あう!……ブラン…」


廊下を歩いている時も、後ろからタックルされる。思わずよろけてこけてしまった。……また膝にあざが出来たかも。


「まだ炎も出せないんだろ、そんなんでよく通えるよな」

「魔法の才能ないんだよお前、早くやめちまえよ!」


ブランとその取り巻きが、プリムを嘲笑う。

学校の中ではいつもそんな感じ。

……五月蝿いよ。わたしだって分かってる。だけどわたしは魔法を棄てられないんだよ。

わたしを拾って育ててくれたおばあちゃんは、亡くなる時に言った。

『たくさん魔法を勉強して、立派な魔法使いにおなり』と言ってくれたから。

おばあちゃんがこの杖をくれたから。


「………」


学校からの帰り道、プリムの帽子の中から、真っ黒い蝙蝠が顔を出した。

ロカと言う名前のわたしの使い魔。手で包めるくらいの大きさだ。


「プリム。おめぇ、散々な言われようだな」

「もう慣れちゃったよ」


はあ。とロカは息を吐き出した。

少し、怒っているようだった。


「あのブランっつー奴、お前が望むなら血を啜って懲らしめてやるけど?」

「しなくていいよ」


争うのは良くないっておばあちゃん言ってたし。とわたしが呟くと、ロカはなんだかなーと呆れ半分な声でわたしの帽子のつばに乗っかった。


「…たく。あのばーさんに頼まれたからお前さんの使い魔になったが…俺の力を使う場面、全然無いじゃねーか」

「ロカ」


わたしは頭の上のロカに指を差し出した。


「お腹空いてるなら、わたしの血をどうぞ」


とやったけど、ロカは指を羽で押し返してきた。


「やだよ。俺の主食は美女なの。あと主人の血は飲まない主義なんだよ」

「……なら、今日のご飯はかぼちゃとトマトだね」

「はいはい。いつもそれじゃねーか」



明くる日。

学校が休みだったこの日、プリムはリリに呼ばれて教会に向かっていた。

ハロウィンの日だったが、街に出る予定もない。

ホウキに乗って、そろそろ日が暮れる空を飛ぶ。


「ご機嫌だな、プリム」

「うん。リリがね、弟さんを紹介してくれるって言っててね」

「ほう。あのシスターの弟ってことは、きっと礼儀正しい奴だな」

「だよね、楽しみなんだ」


そりゃよござんしたね、とロカが悪態をつく。

暫くほうきで飛んだ一人と一匹は寂れた教会にたどり着いた。

わたしはほうきからすとっ、と降りてホウキを小さくする。

ふと空を見上げると、教会周辺の空が雲っていた。


「ん?…変な空だね、ロカ」

「おいおいプリム。何か臭うぜ」

「どしたの?」


蝙蝠の使い魔がわたしの帽子から飛び出ると、パタパタと飛びながら教会の周りをぐるぐると回る。


「…何かやべー奴の気配がするんだが」

「やべー奴?」

「プリム、帰るぞ」


ロカはわたしを家に帰そうとしてきた。

ちょ、ちょっと待ってよ。


「リリがいるんだよ、心配だよ!」

「……そうだけどよ…」


少しの間ロカは考えていたが、やがて俺の側を離れるなよと一言。良かった、お許しが出た。わたしは頷いた。


一人と一匹が静かに教会へ近付くと、建物の脇……窓の方に人影を見つけた。

それは、見知った顔をしていた。


「……なんでお前がいるんだ?!」

「!?…は、落ちこぼれ…?」

「ブラン…」


いつもプリムに意地悪をするボスのブランが立っていた。

けれどいつもの様子とは違い、顔面蒼白にさせていたので、思わず聞いてしまった。


「どうしたの、顔が青いよ」

「う、うるさい…!それより……!」

「おいプリム、あれ!」

「何を見てるの…?」


慌てているブランから視線を外して、

ロカに倣うように小さな背で背伸びをすると、窓越しに教会の中を覗いた。

教会の中では…黒い羽を生やした大きな体躯の人間の姿をした生き物が、リリへと迫っていた。

おばあちゃんから聞いたことがある。

……あれは悪魔。人間を脅かす存在。


「…姉さんを脅かそうと隠れていたら、アイツが……ここに…」


ブランの言い訳じみた言葉よりも、悪魔がいるということが怖くて仕方なかった。恐怖で体が震える。

アイツらは、ほんとの両親を殺したっておばあちゃんが話してた。

とっても強いから、出会ったら逃げなさいって言われてた……でも。


「おいおい、てめえの姉御だろうよ。ご自慢の魔法でどうにかすればいいだろ」

「……あんな禍々しい悪魔…!敵うわけないだろ!」

「あーあー、嫌だねえ。いざとなると腰抜けの坊っちゃんなんざ」

「はっ、いうぜ蝙蝠風情が!そこの落ちこぼれは既に泣いてるじゃんか。自分の主人を見てから…」


ロカとブランが舌戦を繰り広げていたのをよそに、がたがたと震えていたプリムは、泣きながら帽子を被り直すと、杖を持ってすくっと立ち上がった。


悪魔は怖い。逃げたい。でもリリを失うのはもっと嫌だ。

だって、わたしの大切な、初めての友達だから。


「……リリ!」


小さな小さな少女の目に、煌々と赤い光が宿る。

わたしはそのまま駆け出すと、教会の正面扉を力一杯に開けて、声を張り上げて叫んだ。


「わたしの大事な友達に触らないでーー!!」


小さな小さな体に、大きな三角の帽子を被った少女の叫びが、教会の中に響き渡った。


「は?…子供……?」

「すごく大きなかぼちゃ、助けて!!」


少女は涙でくしゃくしゃにしながら、赤く灯る瞳で悪魔を見つめると、よく磨かれたロッドを手にして呪文を唱える。

するとどうだろう。

ーーーひゅるるる。


「……は?」


まるで、砲弾を投げ込まれたかの様な音が迫っていた。それから程なく、

ズドン、と悪魔の上に私達の何倍もある大きさのかぼちゃが着弾した。

まるでお伽噺話のように、巨大なかぼちゃが悪魔を下敷きにしてしまった。


……とりあえず、やったかな?

わたしは、入り口の前でへなへなと座り込んでしまった。

さっきまでのシリアスからの…このポップな展開にリリはぽかんとしていた。

すると、遅れてやって来たロカがわたしの背中から声を掛けてくる。


「おい、プリム。早くシスターを連れて逃げろ」


あ、そうだった。どうにか立ち上がってリリの方へ行こうとすると、彼女は顔を青くさせてたけど、此方へ駆け寄ってきた。


「…リリ、大丈夫?」


どこも怪我してない?、と聞くと平気よ。と返ってきた。

そんな彼女は、わたしの顔を両手で包んでからハンカチを取り出した。


「ああもう、あなたの方が泣いてるじゃない…」

「だってぇ……」


泣いてるわたしを心配しているリリを見てるだけで、もう駄目だった。

安心してしまって、リリに抱きついてまた涙ぐんでしまった。


「よかったよう、死んじゃうかと思ったんだから…!」

「しまらねぇなぁ…」


ロカが、なにやってんだよと呆れている。

わたしの涙が引っ込んでから外に出ると、ぎょっとしたままのブランが茫然と立ち尽くしていた。


「……姉さん、あの…」


……ん?リリの弟って、ブランってこと?


「怖がらせてしまったわ。怪我はない?」

「…ないです」

「リリは…自分の心配をしてよ…」

「ふふっ。あなたに助けられちゃったわ、やっぱり素敵な魔法ね」

「……うん、ありがとう」


でも、さっきのは友達を守る為だったから出来ただけなんだけどね。

もう一度やれといわれたら、多分怖くて無理だと思う。

そう考えていたら、ロカが近づいてきた。


「おい主人。あいつ巨大かぼちゃの下で動いてるぞ」

「……かぼちゃじゃ駄目だった?!」

「よーし。俺がヤキいれにいくから扉を閉めて待ってろ」

「うん!」


じゃあ、人型に戻すね。とわたしがぽそぽそと呪文を唱える。するとロカの周りが煙に包まれていく。

それが霧散すると……蝙蝠の羽を生やした人の姿の男性が現れた。

……ロカは本来は悪魔の仲間だった。

けれどおばあちゃんが改心させて使い魔にしたらしい、と聞いたことがある。

そして、本来の姿はとても強いんだとも。


リリとブランは、ぎょっとしていた。

プリムは、人型のロカが教会に入ることを確認して、扉をパタムと閉じる。

途端、中からなにやらスゴい叫び声が聞こえてきた。…何をしているのだろうか、あまり聞きたくない感じだ。


「…ねえ、ロカさんは何者?」

「知らない。元はおばあちゃんの使い魔だから」


…そうじゃなきゃ、わたしみたいなのの使い魔してないよ。

すると、ブランがわたしを見ながら聞いてきた。


「……お前、本当に落ちこぼれか?」

「ほ?」

「…悔しいが、普通あんな化物クラスのかぼちゃを出す人間、よっぽど魔力が無いと出来ない芸当だぞ…」

「よくわからないけど、昔からかぼちゃ魔法だけは得意だから?」


と答えたけれど、ブランは「納得いかない…」とぼやいてそっぽを向いていた。

寂れた教会の内部では、相変わらず子供には聞かせたくない悲鳴が鳴り響いていた。

それが止んだ頃。外に出てきたロカは、大きな体躯の魔物を軽々と持ち上げてブンブンと回し、空に飛ばして星にしていた。

久しぶりに暴れて楽しかったぜ!と、とてもいい笑顔をしてた。

わたしは少し悪魔が可哀想になった。



それから、わたしの日常は少しだけ変わった。


「お前、魔法の特訓してやる」

「ええー、嫌だよ長いんだもん」


学校の中で、ブランがからかわずに話しかけてくるようになった。しかも、やたらと魔法の特訓をさせようとしてくる。

……これはこれで、面倒くさい。


「ブラン、止めときなよ。落ちこぼれちゃんが嫌がってるよ」

「あ?コイツをそう呼ぶな」

「わたしは別に落ちこぼれでいいよ」


ブランが面倒見の良さを発揮しちゃったのね、とリリは言ってたけども…そんなに嬉しくないよね。ブランを嫌っていないけど、今までと接し方が違うから少し困惑する。

ただ、ブランの強引な魔法の特訓のおかげで少しだけ、魔法に進歩が出てきた。


炎の魔法を唱えると、煙じゃなくて

こんがりほかほかのかぼちゃがぽん、と現れる。


「……おお、焼きかぼちゃが出た!」

「かぼちゃから離れろ」


あとは水の魔法でカボチャのポタージュが出るようになったんだよ、とブランに言うと、頭を抱えていた。


「いや、だから何で…?」

「プリム。そろそろリリの所に行くんだろ。ほれ、もう終わりだよ帰れ」


わたしの帽子から出てきたロカが、ブランに対してしっしっとはらうように羽をバサバサとさせて言ったが、ブランはふん、と鼻を鳴らしていた。


「姉さんの所か。暇だし着いていってやるよ」

「…いや、来るなっていってるんだが?」

「ロカ、喧嘩よくないよ」


まあまあ、と一人と一匹を宥めたわたしは、急いで教会へいく準備をする。



ほうきに乗って

いつもの教会へ、リリに会いにいくんだ。


「……あら、プリム!」

「リリ!」


だって、今日もわたしを待っててくれるから。

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