マカロンとおかしなお茶会

少女はカップを手にして、お茶を飲む。

カップをソーサーに置いてほっと一息をついていると、いつものように射抜くような冷ややかな目線でこちらを睨んでいた義兄がこんなことを口にした。


「それ、美味しいのか?」

「……はぁ?」


私…エリーゼは、眼鏡の奥の目を白黒させた。

びっくりした、いつも話掛けてこないから。

ええと、私の食べてるお菓子の事を聞いているんだよね。皿の上には、半分くらい食べてしまったレモンパイと、手を付けてないマカロン。

「マカロン食べます?」と聞くと、短くいいと答えた。…お菓子が食べたいわけじゃないのね。


「美味しいです。そちらに切り分けてあるものがありますよ」


レモンパイはさっぱりしていて、程よい酸味とクリームの甘味が美味しかった。

マカロンも外がサックリ中がふわふわで……何だかまだ食べられそうな気がしてくる。

『お菓子は別腹』は本当だったのね。

今日のお茶会はハロウィンにちなんで、

複数のお菓子が並んでいてテーブルには切り分けられたスイーツが並べられている。見た目も可愛いものが多くて、見てるだけでも楽しい。

けれど珍しい、お義兄様が食べ物について訊ねてくるなんて、と不思議に思ってると、


「姉上、どーぞ!」

「え?……苺のケーキね」

「あの、この前大好きだと聞いたから…!」


どやー!と得意気に幼い義弟がテーブルにやってくると、シンプルなショートケーキをお皿に乗せて持ってきた。

……か、かわいい!


「ありがとう、嬉しいわ」


お礼を込めてふわふわの頭を撫でると、

お義母様譲りのきらきらした目がこっちを見て、無邪気にはしゃいでいる。

それを見ながら、少し懐かしい気持ちになっていると、


「兄上にも何か持ってくるね!どれがいい?」

「いや、自分でいくよ。パスカル、お前は食べたいものは取ったのか」

「うん!平気だよ」


二人は席から立ち上がった。

パスカルに対する義兄の視線は、普通にクールなものに戻っていた。

私の家は少々複雑だ。父親と、元妻の娘の私。義母とその連れ子の義兄。それから再婚後に出来た義弟。

急に出来た義理の兄は、いつの間にか私を殺しそうな目線で睨んで来るようになった。


ケーキを食べてるフォークを、分厚いレンズ越しに見る。

……分厚い眼鏡を掛けた地味な義妹だものね、疎ましく思われても仕方ない。ズレた眼鏡の位置をさっと直す。

少し前の事、私は義理の兄に迷惑を掛けてしまった事がある。

許してもらった形にはなってるけど、失礼な事をしてしまったので、元通りに接してもらってるだけでもマシというか。


もやもやと考えつつ食べていたレモンパイのお皿は空になってしまった。

…考え過ぎて味がわからなかった。

いえ良くないわ。苺のケーキを食べて楽しいことを考えないと!と思って頭を振るっていると、義兄が皿を持って戻ってきた。


「頭が痛いのか?」

「え、…いえ違います」


今日は話しかけて来て珍しいなと思いつつ、折角頂いたケーキを掬って一口。

やっぱり美味しい。スポンジがふわふわで、クリームはなめらか。苺も美味しい。


「そうか」

「ケーキ、取ってきたのですね。あら?」


お皿の上に乗っていたのはマカロンがいくつか。

さっき遠慮していたのに不思議に思っていると、ネコや蝙蝠の形のものだった。

ハロウィン仕様だ。


「そのマカロンかわいいですね」

「パスカルに乗せられたんだ」


な、成る程。

断り切れなかった事が伝わってくる。

私も、天使の様な義弟にはつい甘くなってしまうから分かる。

もぐもぐと食べながら頷いていると、義兄はなんとも言えない顔付きになった。


「……まだ食べるのか…?」

「いいじゃないですか。女の子はお砂糖と蜂蜜と、素敵なもので出来ていると何処かの童話で読みました」

「童話の話だろう……」


こっちがもぐもぐとケーキを食べて、お茶を飲む内に、義兄はマカロンを手にしてぱくりと口に入れて飲み込んで、何とも言いがたい顔つきになった。


「甘い」

「ええ、スイーツですもの」


マカロンは甘いものですから。

というより、苦手なら食べなければ良かったのでは…。

それにしても、義母に似た整った顔の義兄は、少し羨ましく思う。浅黒い肌に、金色の鋭い目と銀色の髪にモフモフの耳……ん?


「…兄様!どうしたのですか、それは!」

「え?……み、耳?」


うんうん。頭の上から獣の耳が生えてますよ!

慌てて義兄の腕を掴んで、尖った獣耳に持っていく。


「耳が生えてる」


ええ。耳です。背中から尻尾も見える気がする。

少し考える様な顔をした獣耳の義兄、ぴこぴこと耳が動いている。凄くリアルで本物みたい、これは変化系の魔法なのかな。


「………。エリィ」

「はい、何……」


普通に顔色を変えない義兄は私の事を呼ぶと、お皿の上のネコの形をしたマカロンを手にして


「食べてみてくれる?」


……何故食わせるつもりなの?


「えと、何故ですか?」

「耳の原因はこの妙な形のマカロンかもしれない」


なるほど……うん。だから毒見してくれと

分かるけど、わかるけども。


「だから、口開けてくれるか?」


何で自ら食わせたがるのこの義兄は?!

こ、ここは丁重にお断りしよう。視線が怖いけど私頑張れ。どうしてもなら、自分で食べるから食べさせられるのは遠慮しますと……


「……むぐっ」


考えてる最中に、勝手に口の中にマカロンが入ってきた。そうよ、この人たまに融通聞かなかった。

頭の中がフリーズした。あとびっくりして唇が指に当たってしまった……あああ…!


「美味しい?」

「……え、えーと」


びっくりしたまま、口の中のマカロンを飲み込む。強いて言うなら、お菓子だから甘い。

……じゃなくって。まずい、動揺してる。

答えに戸惑っていると耳から眼鏡が外れて前に落ちそうになった。それをどうにか手で受け止めた。割れなくて良かった。


「やっぱり耳が生えてきた」

「……あ、本当にマカロンのせいだったと」


自分で触ってみると、本当に耳だ。ネコのような三角の耳で、感覚もある。尻尾もあるみたい。

これはまるで、ハロウィンのイタズラ。


「普通の丸いマカロンは平気だったのに」

「ハロウィンの時はたまに出されるんだ」


どうやら、ハロウィンパーティーではメジャーなイタズラ用のお菓子の一つなのだそうだ。

けれど義兄も食べたことはなかったそうだ。

お菓子を好んで食べないですものね。

…私はあまり社交をしないから知らなかったのだ。まさか、ネコミミになるなんて思ってなかった。


「気にしなくても、数時間で戻る」

「そうなの…ですか」


少しほっとして、息をつく。

すると義兄が「さっきから顔が赤いけど具合よくないのか?」と言われた私は、動きを止めた。

……主に、お義兄様のせいなんですが?


「……見ないでもらえますか」

「何故だ?」

「………」


そうだった。義兄は私の素顔が気に入ってるんだった。というか、このままだとずっとこの顔を見られるんじゃ…。

慌てて顔を手で隠す私の事を、義兄は不思議そうに見ていた。


ネコミミが元に戻ってから眼鏡を掛け直したら、義兄がとても残念そうな顔をした。何でですか。

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