ハロウィンの夜に御伽話を
相生 碧
百年森とかぼちゃの置き物
街中はそろそろハロウィンの季節だ。
時々私の代わりに街まで薬を売りにいく使い魔の一匹、白いカラスのカラコルがさえずりをする。
「主様、街はハロウィンの飾り付けをされてましたよ」と。
「ふむ。じゃああれを出さないとね」
長い銀髪にゴシックロリータの服装をした幼い少女…百年森に住む魔女のレイチェルは、小さな腕を組んで頷いていた。
そんな少女に、金色の髪の青年は不思議そうに訊ねた。彼はユリウス。幼い頃に森に迷い込んで傷ついていた彼を助けた事で、それ以来レイチェルの家に居候している青年だ。
「あれって、何?」
「ハロウィンといえば、カボチャだよ」
そう。
カボチャ、それもとっときの大きさのやつである。私の住む小屋の近くには家庭菜園がある。そこで、何年か前にカボチャも育て始めたのだった。
「カボチャといえば、ジャックオーランタン、だろう?」
私は本棚から、絵本の中のあるページを開く。
カボチャの頭に黒い三角の帽子と、ゆらゆらと揺れる布に覆われた体の亡霊。
その手には小さなカンテラが…くり貫かれたカボチャの目の奥と同じ炎の色で揺らめいている。
「……驚いた。魔女ってハロウィンを楽しむ側なのか…」
「魔女と言ってもね、私は薬草の効力を強くしたり、自然にある力を借りてるだけの魔女だから」
もう何回も言ったような事をユリウスへ話すと「分かってるよ、レン」と微笑んだ。
全く、拾ったばかりの頃は幼くて、素直で可愛かったのに。大きくなったら、私よりも大きくなってなんと言うか…何を考えてるのか解らなくなってしまった。
成長するのは仕方ないことだと思う、皆私を置いて大人になっていくのだから。
「でもさ、それをどうするんだ?」
「玄関にかざろうかな、と思ってるよ」
「……森の中だと目立つのでは?」
「だめかな。ここは森の奥だから、街の人間には早々見つかる事はないと思うよ」
念のため、森に居る精霊に人避けの魔法を掛けてもらうよ。そう伝えると、困ったようにうなずいた。
「わかった。あなたの家なんだから、あなたの好きにしなよ」
「ありがとう」
「お礼言わなくていいんだよ、もう…」
さて、と、早速準備をしなくては。
私が椅子から降りて地面に足を降ろそうとすると、不意に身体が宙に浮いた。
慌てて上を向くと、やっぱりユリウスの仕業だった。体格差があるから、抱き抱えられると足がぷらぷらとしてしまう。
なんだもう、急にスキンシップをしようとしなくても。
「…む、なにするの」
「どこまでいくの?」
「外の納屋まで」
じゃあ行こう、と私の小さな体を横にしてお姫様抱っこのようにすると、そのまま歩き出した。
「……主様、いいのか?」
「ユリウス……何を言っても無駄だから」
カラコルが、うわあと言いたそうに嘴を開けて、引いた様な目線でさえずっていたけど、私も若干困ってる……純粋な力だと、今の私は彼に負けてしまう。
「昔は私が魔法で運んであげてたのに…」
「まあまあ」
これでは…すっかり立場が逆転してる。
「僕がレンにしてあげたいだけだから」
そういうことじゃなくてね。
君はもう少し親離れってやつをね、しないとね……聞いてないなこの子は。
小屋の裏手にある、見た目は古めかしい屋根とすっかり朽ち果ててそうな外観の納屋までやって来た。
私はユリウスに降ろして欲しいと訴えて、地面にそっと降りた。
納屋の扉の前に立つ、それから掌に光を溜めて『開け』と呟いた。
すると、すーっと扉が開く。
扉の先は、真っ暗な空間がぽっかり開いていた。
「…レ、レン。何も見えないけど?」
「少し次元が違うから」
ぎょっとしている青年を背に、私はその真っ暗の空間に手を入れて目当ての物を探す。
この納屋の中は世界とは次元がずれていてそもそも時間の概念がない。世界の狭間の様なものだ。
「あった、これだ」
指先で目当ての物に浮遊術を掛けてから、こちらへ引っ張り出す。
ごと、と重い音を立てて納屋から出てきたカボチャは、私の身長の半分くらいはあった。
うん、とても立派なかぼちゃだ。
それを、魔法の力を使って家の前まで移動させていった。
「ふう、こんなもんかな」
おや、どうしたの?
傍らにいた青年は、何とも言い難い妙な顔をしている。
「運ぶの手伝おうと思ったんだが」
「んー、気持ちだけ貰っておくね」
多分、この大きさは転がさないと動かすの難しいと思うよ。
それから私は、森に住む精霊の力を借りて…カボチャの中をくり貫いてもらい、ナイフでカボチャに顔を彫ってやった。
これが結構、時間が掛かったのだ。
カボチャの皮は固くて削るのに力がいるものなんだなと思っていたが、ここまでとは。
ふと気付けば、夕方になっていた。
「……出来た!」
ナイフで彫刻なんて久しぶりで、真剣にやってたらなんだか疲れてしまった。少し怖さが足りない目になってしまったが、口と歯は中々だと思う。
「おめでとう、レン」
小屋から外に出てきた青年の空気に乗って、甘い匂いが漂ってきた。
「ん?…何か作ったの?」
「精霊にくり貫いてもらった中身を使ってパンプキンマフィンとカボチャプリンを」
「なるほど」
いい匂いだね、そう言いながら小屋の中に入る。
畑で取れた野菜を使ったシチューの入ったお鍋が湯気をたてていた。
今日の夕ご飯も美味しそうだ。
因みに、ハロウィンの間だけ薬のおまけにかぼちゃクッキーを付けて売っていたら、いつもよりも売れ行きが良かった。
使い魔のカラコルはご満悦だったようだ。
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