4

森林の香がした。

森の中で寝ていたのかと錯覚する程、気持ちの良い空気だった。

その奥にこれからずっと親しみたい気配があって、ラーヴァはしかと覚醒を果たした。

見慣れぬ天井に少し硬い敷布の感触。

妙にすっきりした身体、少し眠いが問題無く。


「にゅぅ…らびゅ…」


左手に違和感を感じて見れば、吐息の掛かる距離に顔があった。

幸せそうに眠っている。

特別目立った容姿じゃない、けれどこの寝顔は至上の美しさだとラーヴァは思った。

だから、はらりと落ちてきた紅葉した葉を摘まんで起き上がった。


「はは…これは、すごいな…」


泊った空木の楓の家は布団で寝る派だった。

慣れない習慣に戸惑ったが、まぁ割と寝心地は良かった。

それよりも、この光景が良かった。


空木の楓は紅葉樹林に呪われていた。

どこからともなく落ちる落葉体質、ということだ。

だから彼のゆくとこはらはら落葉。

雪のように降り積もって気付けば辺り一面紅葉絨毯。

星の形をした紅い葉黄色橙美しい。

手の内にある葉も同様だ。

気持ちの良い光景に心を奪われていると、


「おはよーらぶすけぇー…」


「おはよう。まだ…眠そうだな」


「ねむいより、けつにいわかんーおきれねーあーおきれねーなー」


空木の楓が明らかに嘘を吐いて太ももに甘えてきた。

触れ合う悦びを知ってしまったふたりは、歯止めが利かず昨夜ちょっと大変だったのだ。

無理をさせたし無理をした自覚があったラーヴァは仕方無く、


「風呂に入れて着替えさせて飯を食わせてやれば満足か?」


硬そうな見た目に反して割と柔らかな髪を撫でる。

今まで一度たりとも覚えたことのない、優しい気持ちにむず痒くなって意地悪な口調になった。

それをなんとなく察した空木の楓は、是非にそうして欲しいとラーヴァに纏わりついた。

好きになったひとと想いが通じ合ったのが嬉しかった。

そしてなにより、茨が彼を傷付けないのが嬉しかった。

身体が確かに少し痛かったが、そんなことより心満たされてる。

太ももを枕にもうひと眠りしてしまいたい。

その鼻の先に落葉。


「ふがっ」


驚いて起き上がる。

無害装ってそこそこ有害なのだこの落葉は。


「ははは」


一晩寝たら部屋はいつも落葉に埋まってる。

春夏秋冬忘れるくらい毎日この光景だ。

なのに、今朝は違った。

そこに、茨の王が居た。

笑ってる、そのことに満足した空木の楓は、生まれて初めて己が呪いに感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る