5. 使用人と上目遣い

5. 使用人と上目遣い




 静寂が包み込む。そして無情にもオレの手から離れた掃除用具のホウキが落ちたカランカランッという音だけが響き渡った。


「今のはどういうことかしら?説明してもらえませんこと?」


 オレの目の前で不機嫌そうに腕を組んでいる金髪縦ロールの女性こそイライザ=フォン=リンスレット令嬢。19歳という若さで王立学院を卒業しており、現在は25歳で父親の事業を手伝っているという才女。そしてオレの雇い主だ。


「え、あーっとですね……」


「なんですのその歯切れの悪い返事は?もしかしてあなた……私のことを馬鹿にしているのかしら?」


 オレの仕事は主に雑用全般。掃除洗濯買い出し等々、使用人なら誰でも出来るような仕事をひたすらこなす。しかしただ働くだけではない。主のお嬢様に失礼の無いように礼儀作法を学ぶ必要もある……はずなのに!


 まずい……よりによってなんでこの人に聞かれてしまったんだ。逆に凄すぎるんだがオレ。とか言っている場合じゃない!このままではクビになってしまう。


 それだけはこれからのオレとマリアさんのハッピーライフのためには何としても避けなければならない。だがどうやって誤魔化せばいいんだ!?


「ち、違いますよお嬢様。そんな滅相もないです!」


「じゃあどうしたと言うのです?あなたは間違いなくブラック企業?休みくれ?と言っていましたわよね?当たり前のことを当たり前のようにこなす。それが使用人ですわ。それも出来ないなら辞めてもらうしかありませんわね」


 そう。イライザ様は厳しい。とにかく厳しすぎる。少しでもミスがあれば叱り飛ばす。


 もう無理かもしれない……そう諦めかけた時、横からマリアさんが助け舟を出してくれた。


「イライザお嬢様。私とカイル君は前の職場の話をしてたんです。勘違いさせてしまって申し訳ありません」


 マリアさんはイライザ様に深く頭を下げながら謝罪をした。


「あら?そうなの?」


「はい。このリンスレット家は使用人の私たちにもとても優遇してくれてますから。前の職場と比べてしまって、少し愚痴をこぼしてしまっただけです。本当にすみませんでした」


「そうだったのですか。それならば仕方ないですわね。まぁでも、前の職場の不満を言ってる暇があったら自分の仕事をこなしなさいな。わかりましたか?」


「はい!もちろんです!」


 マリアさんの助け舟のおかげでなんとか助かったぜ……。さすがマリアさん。マジ女神様だ。


「よろしい。では私は忙しいのでこれで失礼しますわ。それと、明日からもしっかり働きなさいな」


「ありがとうございます!これからもよろしくお願いいたします!」


 イライザ様はそのまま歩いて行った。よし、とりあえずクビは免れたか……。って、それよりも!


「あの……マリアさん」


「ん?なにかな?」


「なんかその……すみません……」


「ううん。全然大丈夫だよ。それよりカイル君が気にすることじゃないよ。それに、あんな風に言わないとイライザお嬢様も納得しないと思うから」


 なんて優しいんだマリアさん……!こんな出来た女性がいるなんて信じられねぇ……!やっぱりマリアさんは女神だ!


「マリアさん。どうして助けてくれたんですか?」


「え?あー……カイル君は私に必要……だから?」


「へ?必要?」


 必要って……それはオレのことが好きということなのか!?旦那確定演出きた!?


「カイル君は私にとっても癒しだから」


「癒し!?」


「うん」


「オレが!?」


「うん。だから……辞めちゃダメだよ?」


 そう言って少しかがんで、人差し指を口に当て、上目遣いで首を傾げながら見つめてくるマリアさんの破壊力は半端なかった。普通の女性がやったらアザといけど、マリアさんは超絶可愛い!これは男なら誰だって惚れてしまうだろう。


「はい!絶対辞めません!マリアさんのために!」


 マリアさんはニコニコしながらオレを見ていた。この笑顔のためならなんでも頑張れる気がする!

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