第5話 とりあえず動画を撮るのが現代人の習性



 轟音は断続的に響いていた。


 周りの流れはひたすらに駅から離れる方へ進んでいた。人も、車も。

 私は一人、その流れに逆らい駅方向へ進んでいく。


 時折り視界の端に、光の線のようなものがはしるのが見えた。そして毎回、その直後に轟音がする。どうやら、あの光が破壊の原因らしい。

 そう遠くへは離れてなかったので、私が駅に着くまでにはたいして時間はかからなかった。

 しかし、よく分からない破壊と衝撃の中を進む時間は、実際よりもかなり長くに感じた。


 そうして駅が見える場所まで出てきた私は、目の前に広がる光景に絶句した。


 駅の周辺は崩壊していた。

 駅の建物自体も瓦礫の山と化していたし、周辺の建物も多くが崩れ去っていた。

 そして、その中心地に、その破壊をもたらした存在が、いた。



 それの見た目を一言で言えば、“恐竜のよう”だった。

 小さな前足を浮かせて、後ろの二本足で歩いている。その後ろには大きな尻尾を引きずり、頭部には大きな顎、口の中には鋭い歯が生えている。

 大きさは、ビルの三階あたりより少し高いくらいか。そう聞くと、そこまで大きくないような気がするが、近くで見ると圧倒的にデカいだろう。

 しかし、その程度の大きさで、ここまで周囲を破壊し尽くすことが出来るものだろうか? 普通なら無理だろう。まあ、この大きさの時点で普通ではないが、それにしても限度ってものがある。

 では、この破壊の答えはなんなのか。それは、今まさにヤツがやろうとしているコレ……。


 ビカッ——。


 開け放たれたヤツの口から光線が発射される。それが一直線に周囲を薙ぎ、一瞬の後に、その経路が爆発を起こす。

 その破壊力は凄まじく、直撃を受けたビルは一発で崩壊していた。


 つまり、この恐竜のブレスで、ここら一帯は壊滅したということだ。


 ……つーか待って、何あの恐竜。破壊光線出してるんだけど。


 ——ええ、マジヤバいわね。


 ……いやいや、いやいやいや、あんなん倒せんでしょ。無理無理。


 ——アレがその“敵”みたいだけど。


 無理でしょ。こっちの武器、刀なんだけど。


 ——……そうね。


 いくら——なんかよく分からないスーパーパワーが使えるようになったといっても……アレは無理でしょ。


 ——まあ、そうよね。


 なんか武器持ってスキル手に入れてって、戦う気にもなってたけど、あんなん聞いてないよ。

 私は戦うとしても、ゾンビとかそんなヤツだと思ってたんだよ。そんな感じのサイズ感を想像してたんだよ。……ぶっ飛びすぎでしょアレは。


 ——これは無理よね。逃げましょうか。


 逃げるしかないやろこんなん……


 と、そう考えたところで、私のスマホの着信音が鳴り響いた。

 突然のその音にすごく衝撃を受けながら、スマホを取り出して画面を見る。するとそこには真奈羽まなはの文字が。

 すぐさま着信に出る。


「真奈羽!?」

『おうおう、電話来てたの今気がついたぜ』

「無事なの!?」

『あー、まあ今のところはね』


 マナハスの声を聞いて、全身に安堵感が広がる。まったく、心配させやがって……。


「今どこにいるの?」

『えー、駅だよ』


 は? 駅は壊滅してますけど。瓦礫の山なんですが。


『駅の地下にいるんだよね』


 っ! なるほど、地下か。地下は無事だったってコト?


『少し前に駅に着いたんだけど、そしたら外から轟音が聞こえてさ。最初は地震かと思ったんだけど、どうも違うみたいなんだよね。それで、どうしようかと思ってたら、なんか突然光ったのと同時に建物が崩壊し始めてさ、とっさに近くの階段で地下に降りたんだわ』


 私は相槌を挟むのも忘れて話に聞き入る。


『んですぐに衝撃と振動がきて、それが収まったと思ったら、停電したんか電気が消えちゃってさ。今、真っ暗なんだよね。んで、しばらく呆然としてたんだけど、スマホの存在思い出して取り出してみたら、あんたからの着信が鬼のように入ってたってわけ』


 地下に降りる階段が近くにあったから助かったんか。ホントにラッキーだったんじゃん。


『それで、あんたの方は今どこにいるの? 外?』

「あぁ、うん、外だよ」

『外はどうなってる? てか、あんたは大丈夫なの?』

「私は大丈夫だよ。今のところはね」


 実際は、今も怪獣がひたすらにビカビカやっているところなので、安全とは言いがたい状況だけどね。


『外は一体何が起きてるわけ……?』


 そう言われても、正直なんて言ったものか……。口で説明し辛いんですけど。


 ——怪獣が破壊光線で街を破壊してますって、言うしかないんじゃないの?


 冗談にしか聞こえないんだよなぁ。ただでさえ、私のキャラ的に冗談だと思われやすいのにさー。


「ちょっと説明し辛いんだよね……」

『え、いや、見たまんまを言ってくれよ』


 それが無理だってんのよ。うぅむ、どうするか……

 ——あ、そうだ、これならどうかな。


「それなら、私が今から動画撮るからさ、それを後から見せるよ」

『あー、うん。そうか』


 言って無理なら直接見せるしかないな。


『……しっかし私はこれからどうしようかなー。こう真っ暗だと動くことも出来ないな……』

「スマホのライトとかは」

『あー、それがあったか。それで照らせばなんとか動けるかなー』

「でも下手に動かない方がいいかも。少なくとも、地上には絶対に出ない方がいいよ。まあ、出れるかも分からないけど……」

『あー、たぶん上崩れちゃってるんだよねー? 私が入ってきたところは多分、完全に埋まっちゃってると思うし。他の階段が無事なら、あるいは——』

「とにかく今は地下から出ないで。少なくとも、この轟音が完全に収まるまではね」

『うーん、たしかにそれが良さそうかもだが』

「絶対、ね」

『お、おう。分かった』

「それまでは、地下の中で頑丈そうなところにでも隠れてるといい」

『うーん、そうだね。……それで、あんたはこれからどうするの?』

「私? 私はちょっとやることあるからさ。あ、もちろん動画はちゃんと撮って後で見せに行くから、心配しないで。それは任しといてよ」

『……分かった。あんたも気をつけなよ。危なそうなら、動画も別にいいからねー』

「はいはい。そんじゃ切るね」


 そうして私は通話を切った。

 おそらく通話越しにも、あの恐竜が暴れる轟音は相手に伝わっていただろうか。いや、直接聞こえる方と区別もつかないか。


 ——……それで、どうするのよ?


 もちろん、今から動画を撮るんだよ。


 ——それで、その後は?


 その後は、もうあの恐竜くんに用は無いから、邪魔だし死んでもらおうかな。


 ——さっきまで全然勝てないとか言ってたじゃん。


 言ってたっけ? 忘れちゃったよ、そんな昔のこと。


 ——ついさっきのことでしょ。なんでいきなりそんなにやる気になってるのよ。


 だって、マナハスが生きて駅の地下に埋もれてるんだもん。早く掘り出してやらないとさ。

 このままじゃ、いつ地下空間ごと潰れるかも分かんないんだし。救助しようにも、あの恐竜くんは邪魔すぎるでしょ。


 ——現実的に勝ち目を考えないと……。


 迷ってる時間は無いよ。この惨状見れば分かるでしょ。

 まあ、動画は撮るけど。


 私はスマホを取り出してカメラを起動すると、いまだに元気いっぱいに街への破壊活動を継続している恐竜くんの動画を撮り始める。


 ——本当に戦うつもりなの? どうやったらあんなのに勝てるっていうのよ。


 それを今から考えるんだよ。

 実際、私はスマホで恐竜を撮影しながら、その動きを観察していた。

 どんな歩き方をするのか。ブレスとブレスの間隔はどれくらいか。尻尾の振り方は? どんな動きが多い? 

 その動きを脳裏に焼き付けていく。その感覚は、そのもの、いつもゲームをやっている時と大差なかった。


 ——ゲームじゃないんだから、真面目に考えなさいよ。


 私は戦い方はすべてゲームから学んできたんだよ。あとはマンガやアニメもあるな。まあ、サブカルチャー全般か。


 ——……ふざけてる。


 いや真面目だよ、私は。

 実際、破壊光線を吐く恐竜との戦い方なんてどこに載ってるっての? 私はゲームしか知らないんだけど。


 ——それは……


 つまり、ふざけてるのは現実の方でしょ。私は至って真面目に、破壊光線を吐く恐竜の倒し方を考えてるよ。


 ——具体的には……?


 まあ、そうは言っても私の手持ちは刀しかないわけだから、それを使って斬るしかないんだけど……。


 ——光線を出す恐竜と日本刀で戦う作品ってあった?


 多分なんかあったと思うよ。アクション系のゲームとかなら。これというのは思いつかないけど。


 ——思いついても、参考にはならなそうね。


 目の前の恐竜の実物が一番の参考だよ。

 まず、あの恐竜くんの一番の脅威は、言うまでもなく、あのブレスだよね。


 ——議論の余地なし。


 見たところ、ブレスには一定の間隔がある。常に連射しまくれるわけじゃないみたい。


 ——大した救いにはならないわね。


 でも連射出来るよりはマシでしょ。


 ——それはそうですけど。


 ブレスに気をつけるのは当然として、実際にヤツと戦う場合、刀の攻撃が届くところって、足か尻尾しかないのよね。刀の長さ的に。


 ——あのデカさだからね。


 まあでも、どっちにしろヤツのふところに入らないとどうしようもないでしょうし、多分、その方がむしろ安全なのかも。


 ——どういうこと?


 いや、あのブレスだよ。

 長射程の範囲攻撃で一見すると回避するのは不可能なレベルだけど、一箇所だけ死角がある。それはつまり——


 ——ヤツのすぐそば、か。


 そう。灯台もと暗しじゃないけど、ビームを出す本体のすぐ近くが、実は一番安全なんじゃないかと。

 さすがのアイツも、自分にも当たるところにはブレス吐いたりはしないだろうし。アイツのすぐ近くなら、横や後ろに回り込むのも簡単だしね。


 ——戦うとしたら、ヤツのふところに入るしかないってことか。戦うとしたら……ね。


 まず考えるのは当然、奇襲。

 ヤツにバレないように攻撃出来る範囲まで近づかないといけない。これはもう、命懸けのだるまさんがころんだみたいなものだろうね。

 さいわい、辺りは瓦礫やら粉塵やらで視界は悪いし、ヤツと違って小さなこの身なら不可能ではないと思う。


 ——途中で不運にも光線に当たらなければね。


 それはもう祈るしかないね。

 んでヤツに近づいたなら、最初の一撃をどこに入れるかということなんだけど。まあ、選択肢は尻尾か脚しかないんだけどさ。


 ——二つの違いは?


 足なら上手くいけば機動力を削げる。尻尾に攻撃して上手く千切ることが出来れば、ヤツの攻撃手段が減る。


 ——どちらを選ぶの?


 ……尻尾。アレは邪魔過ぎる。アレを振り回されたら、とてもじゃないけど勝負にならない。

 正直、初撃でアレをどうにか出来ないなら、勝てないと考えていいと思う。


 ——そこまで言うのね。まあ、ワタシも同感だけど。


 それじゃあ、どうやって奇襲を仕掛けるか、なんだけど。さっきから見ていて気がついたことがある。狙うとしたらここだね。


 ——どれのこと?


 ブレスだよ。アイツはブレスを吐くときに、その場に止まって動かなくなる。ブレスを吐くこと以外に何も出来なくなるんだよ。しかも、ブレスの時には尻尾も地面に垂れ下がってるんだよね。ちょうどいいことにね。

 とにかく、ヤツの最大の攻撃であるブレスを使ってる時、これが逆に最大の攻撃チャンスでもあるんだ。この時に全力の一撃を尻尾にぶち込む。


 ——それが効かなかったら? 正直それが一番心配なんだけど。刀がはじかれて一切いっさいのダメージ無し。ワタシとしては、それが一番普通にあり得る結果だと思う。


 正直、私もそう思う。


 ——いやダメじゃん。


 ……でも、そうならない可能性もある。実際のところは、やってみないと分からない。

 あの恐竜がどれくらい強いかも分からないし、私の刀がどれくらい強いかも全く分からない。

 だから、私の攻撃が効く可能性もゼロじゃない。


 ——でも、あんなブレスを使うモンスターが弱いなんてことある?


 分からんよー、ブレスだけが特別強いのかも。


 ——でも、さっき見てたけど、アイツ、吹き飛んだ瓦礫がぶつかったり、逃げる車がぶつかったりもしてるのよね。でも全然平気そう。そういう意味では頑丈なんだと思う。


 うーん……。まあ、車にかれて死ぬ怪獣とかいないでしょー。

 つーかデカさが違うし。車より全然デカいからさ。正直、大してダメージ入ってないよ。偶然に死ぬ可能性とかありえないね。

 だからやっぱり、私がやるしかないってこと。


 ——……正直、生き残るために最適の行動を取るなら、アイツと戦うべきじゃないと思う。すぐにアイツから出来るだけ距離を取る。それが正解よ。


 そんなことは私も分かってる。


 ——でも戦うんでしょ。


 そうだね。

 ……別にこれは、正義感からの行動じゃない。これからブレスで吹っ飛ばされて死んでいくであろう人たちを、助けるためでもない。

 私は、見知らぬ誰かのために命を賭けるような正義感は持ち合わせていない。そんなことより自分の命の方が大事だし、たとえ、なんだかよく分からない力に目覚めて他の人より戦えるのだとしても、それでアイツを倒しに行こうとは思わない。簡単に勝てそうならともかく。

 だってアイツ、まるっきり中ボスどころか大ボスだろって感じのヤツじゃん。絶対強いし。


 ——それじゃ、何のために戦うの?


 当然、真奈羽だよ。

 命かける理由なんて、“友達のため”以外にこの世にある?


 ——恋人とか家族とか、あるでしょ。


 恋人は居ないし、家族もここにはいない。居たとしても、まずは真奈羽を優先するけどね。


 まあ、それでも無謀な戦いはしないよ。もしも初撃の奇襲攻撃が失敗したら、あるいは、成功したとしてもダメージがないようだったら、その時は……


 ——その時は?


 なるだけ駅から引き離すようにアイツを引き連れて逃げるか。


 ——超超ハードモードだと思うわよ。


 覚悟の上だよ。


 ——そこまでする必要あるの? アイツが自然とどっか行くまで待ってから、真奈羽のところに行ってもいいんじゃないの?


 そんな運任せなことできない。それでもし真奈羽が死んだら、一生後悔することになる。

 だったら出来る限りの行動をして、その結果、自分が死んだとしても私は後悔しない。まあ、死んだら後悔も何もないかもしれないけど。

 一つ心残りになるとしたら、動画を見せるっていう約束が果たせないことかな。


 ——正直、ブレスじゃなくてもアイツの攻撃の一撃で即死するとしか思えないんだけど。攻撃をすべてかわす自信は流石に無いでしょ?


 完全回避はムリ。被弾は覚悟するべき。でも、何とか耐えられる可能性もある。


 ——車とかも簡単に潰すようなヤツなのに? 生身の人間なんてトマト扱いでしょ。


 私の謎パワー、多分だけど体も強化されてるはず。

 じゃなかったら、さっきのスタミナ使って全力疾走の時に既に体が壊れていると思う。あの速度は、それくらいの負荷がないとおかしい。


 ——それでも、アイツの攻撃に耐えられるかまでは……。


 分からないけど、やるしかない。

 一応、さっき回復アイテムもゲットしたし、どんな効果かは使ってみないと分からないけど……。もう、ぶっつけ本番でやるしかない。


 ——決意は固いみたいね。


 分かるでしょ?


 ——最初から分かってたけどね。確認よ、確認。覚悟が決まったなら、ワタシもそのつもりで全力を尽くすから。


 まあ、期待してるよ。


 ——それじゃあ、戦いに行く前に出来ることはすべてしておきましょう。どっちにしろ後悔しないためにね。


 出来ること、何かあったっけね?


 ——さっきチュートリアルのチェックポイントをクリアした時に手に入れた数値。アレの確認をしましょう。


 あれは経験値なんじゃないのかなー? まあ、なんの変化もなかったし、レベルは上がらなかったってことかな。

 いや、レベルとかあるのかも知らないけど。


 ——それも含めて確認するのよ。


 まあ、確認は必要だよね。私も時間あるなら当然確認するけど、今は一刻を争うからさ。

 まあでも、この数値くらいは確認しておいた方がいいか。

 どれどれ、あの数値は……?


 ——……ふむ、これは自分で使ってみるタイプのポイントみたいね。


 なるほど。自動で精算される経験値のようなものではないのね。

 使い道は、結構色々あるね……。

 てかレベルアップがある! 自分でポイント使ってレベルアップするんかー。

 あとショップみたいなのもあるね。ここで何かアイテムを買うのにもポイントが使える。

 後は武器の強化か。これもポイントで。

 他にもなんかありそうだけど……。おいおい、土壇場でこんな色々出てきても、いちいち見てらんないって!


 ——とにかく何かに使っておきましょう。これが最後になる可能性もあるのだから、使わないのは勿体ないわ。


 不吉なことを言うなし……。しかし迷ってる暇はないか。


 ——それならもうレベルアップでしょ。これなら色々見なくても、全部ぶち込むだけで済むわ。


 一個もレベル上がらなかったらどうすんのよ……? これ見た限りでは、次のレベルにいくつとか分かんないし。


 ——その時は……


 その時は?


 ——その時よ!


 だよね。よし、全部行ったれーー!!


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