四季家物語

花空聱丹生

春望 その一


「じゃあ、もうすぐバスに乗るから、降りたらもっかい電話するね。うん、じゃあね」


今年は雪の多い年だった。というか三月になった今も気温が真冬と変わらず、今日も除雪車が朝早くから動いていた。私の住んでいる町のような普段雪が少ない地域でさえこうだというのだから、東北の山奥にある祖父母の家の雪の苦労は想像を絶するものなのだろう。一昨日、雪かきの最中におじいちゃんがギックリ腰になってしまったと電話を受けた時には、心配でいてもたってもいられなかった。だから私はこの春休みを利用して一週間ほど祖父母の手伝いに行くことにしたのだ。電車と新幹線を乗り継いで3時間。ようやくバスに乗れば祖父母の家まで着く距離まできた。

程なくしてバスが来た。整理券を取り、誰もいないからと一番後ろの席に座る。祖父母の家の近くのバス停までは、ここからさらに一時間ほどかかる。揺られながら景色を眺めていると、真っ白な雪が太陽に反射して眩しくなったので、あとは寝ていくことにした。


「次は長手に止まります。降りる方は降車ボタンを押してください」


バスのアナウンスで目が覚める。行き先表示のパネルが降りるバス停を示していたので、急いでボタンを押した。危ない、乗り過ごすところだった。


バスを降りるとそこは一面の銀世界だった。誰も雪かきしていない未踏の道は私をワクワクさせるのには十分だった。まあ雪かきしていないと言ってもそれは昨日の夜に降った分なのだろう。道の両側には雪が高く積みあげられていて除雪の跡が感じられた。私は膝より少し高いくらいに積もった雪の中を少しずつ進んで行った。


祖父母の家はバス停から歩いて30分程だ。普段は車で迎えに来てくれるのだが、運転できる祖父がギックリ腰のため、今日は歩いて向かうことになっている。雪が積もっているため平時よりも歩みは遅くなる。しばらく歩くと布由野神社が見えてきた。この小さな長手村には不似合いな程立派な神社で、小さい頃からお正月には毎年お参りに行っていた。おかげで神主さんとは顔見知りの仲だ。せっかくだから挨拶して行こうと思い、鳥居をくぐる。すると本殿の近くで雪かきをしている人影を見つけた。


「神主さーん、こんにちはー」


声をかけながら人影の方へ進んでいく。私に気づいたのか人影が振り返る。その顔を見て驚いた。雪かきをしていたのは見知らぬ同年代の男の子だったからだ。人違い。


「あ、すいません間違えました。この神社で神主さん以外の人が働いてるの見たことなかったので、つい」


気まずさで余計なことばかり言ってしまう。今のは失礼だった。怒っただろうかと少年の方を見ると、別段そのような空気は感じられず、いたって穏やかに返してくれた。


「大丈夫ですよ。僕もこの神社に来たのは最近なので。それにしても大きな荷物ですね。どこからいらっしゃったんですか」


少年は人当たりの良いにこやかな雰囲気で、顔も神主さんと少し似ていた。


「私はT県から。祖父母がこの村に住んでてそれで。あの、もしかして神主さんの親戚の方、とかですか」


「はい、そんな感じです。それにしてもT県って遠い所から来ましたね」


「あはは、春休みだからって遊びに来たのはいいものの、家からここまで4時間近くかかりました」


「はは、随分と長旅でしたね。春休みってことは学生さんですか」


「はい、一応高2です」


「え、すごい偶然。俺も高2なんだ。...せっかくだしお互いタメ口で話さない?

名前言ってなかったよね、俺は灯屋椿。よろしくね」


きらきらとした効果音の着きそうなほどいい笑顔。私の通う田舎の高校にはいない、都会じみた爽やかさだった。


「あ、私は侑辻茉莉。こちらこそよろしく、灯屋くん」


「椿でいいよ。俺も茉莉って呼ぶからさ」


この人は私と決定的に違うタイプだということが今はっきり分かった。


***


「へえ、じゃあ将来は椿くんがここを継ぐの」


私たちはせっかくだからと境内に座らせてもらって雑談をしていた。聞けば春休み中にインターン的なことをしに来たらしい。


「まあ、俺はまだ見習いだし、継ぐって言ってももう少し先だけどね。そういえば、茉莉は毎年この時期に来てるの?」


「ううん、いつもは家族で夏と冬に来てるんだけど、今年の冬は雪が多すぎるから来ない方がいいって言われて。だけどこの時期はお父さんもお母さんも忙しいから、来れるのは私だけだったんだ」


「そっか。じゃあ俺、今年から冬もこっちに来ようかな。そしたら毎年会えるし」


「あはは、ホント?」


軽く言う彼にどんな反応をしていいのかわからなくなる。苦笑いしか出来なかったとき、不意に私のスマホが鳴った。


「わ、ちょっとごめん」


画面には“おじいちゃんおばあちゃん”の表示。そうだ、バスから降りたのに全く連絡してなかった。


「もしもし茉莉です。ごめん、電話するの忘れてた」


焦って電話に出ると、応答したのはおばあちゃんだった。


“そんなに気にしないで。ゆっくり来てくれていんだから。”


「や、大丈夫だよ。すぐ行くから。ほんと連絡遅れてごめん。じゃあね」


ふう、と胸を撫で下ろしてから気づく。椿くんと話している途中だったと。


「あ、ご、ごめん椿くん。つい、すぐ行くなんて言っちゃって」


「大丈夫だよ。俺の方こそ引き止めちゃってごめんね」


「いや、椿くんは何も悪くないから。気にしないで。じゃあ私もう行くね」


「うん、じゃあね」


気にした素振りも見せず、にこやかな笑顔で手を振る椿くんと別れ、ドタバタと私の春休みは始まった。





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