第3話電話での嘘

今日は、夏休みで長いこと行っていなかった学校に行く登校日だ。

かなり久々な故、早起きし、着慣れなくなっていた制服を着るのにすら精一杯。

そして家を出ると、真夏の暑さにもやられて、学校に着く頃には遅刻寸前だった。

春乃は委員長な為、いつも通り僕より早く学校に来ていたみたいだ。

特に今日はこんなに暑い中の久々の登校になのに、春乃は本当に凄い。


チャイムが鳴ってしばらくして、先生が教室に入ってきた。

そして課題の提出や連絡等が終わると、すぐに帰宅となった。

僕は身体が重くて立ち上がれず、一人だけ座ったまま机に頬杖をつく。

教室の中は冷房が効いており、登校した時にかいた汗が、今は冷えて少し寒い。

大きな欠伸をしながら、今にも閉じてしまいそうな重たい瞼を擦った。

するとその時、ふとあかりの事が頭に浮かぶ。

胸のどこか奥が疼き初め、みぞおちの辺りが重苦しくなった。

最近はこんな事ばかりだ。

あかりの事がすぐ頭に浮かんで、その度に身体がこのように謎に反応する。

そして、頻度は時が経つに連れてどんどんと増えてきていて、それに比例して反応もより大きく、より強くなり、自分の中で少しは明確になってきた。

でも何故かは一向に分からない。

一体何なのだろう。

思考を巡らせても、まだ答えは浮かび上がらなかった。

するとその時、僕の右肩をとんとんと誰かが叩いた。

右上を見上げると、そこには肩に鞄を掛けたあかりがいた。


「ねぇねぇ、ちょっとだけ今から二人で屋上に行かない?」


そう言って、あかりは普段らしくニコッと明るい笑みを浮かべる。

何だか少し胸の疼きが強まる。

そしてその分、みぞおちも更に重苦しくなった。


「う、うんいいけど」


意図は掴めなかったが、とりあえず何も用事はなかったので承諾した。

そして、いつも二人で一緒に帰っている春乃に待っていてもらう為、皆んなが帰る中、一人で黒板の文字を消している委員長の春乃に一言入れる。

そして了承を得た僕たちは、二人で屋上へと向かった。

帰る大勢の生徒で騒然とし、蒸し暑い空気で充満した廊下を歩き、階段を登って三階に上がる。

すると、二階の雑音が嘘のように消え、蒸し暑いのは変わらないが、まるで美術館のような静けさに包まれた。

二階と比べて、ここ三階は圧倒的に廊下が短く、四つほど部屋があるが、そこはコピー室や倉庫として使われている。

何だか、この世界には僕とあかりしか居ないのではないかと、一瞬思った。

そして、さっきから感じていた胸の疼きが鼓動の高鳴りへと変わり、みぞおちの重苦しさが薄まっていったような気がした。

僕たちは更に上に続く階段を登って、屋上の扉の前までやって来た。

僕は扉の取っ手に手を掛けて、グッと引いた。

すると、ふぁっ、と一瞬生暖かい風が全身に吹き付ける。

僕たち二人は反射的に目を閉じ、そろそろと再び開けると、そこには真っ青な快晴の空に覆われた、誰一人居ない屋上が広がっていた。


「うわぁ、久しぶりー」


あかりは屋上に足を踏み入れながら、両腕を空に挙げて背伸びをする。

僕もあかりに続いて屋上に上がると、鼻から思いっきり空気を吸い込んだ。

生暖かいが、風が吹いている為、ここまで来るのに感じた蒸し暑さと比べると涼しい方で、少しは楽になれた。


「じゃあ、ちょっと言う事があるんだけどさ」


僕が屋上の扉を閉めたその時、そう言って、あかりは両腕を背に回し、腰のあたりで手を組み合わせる。

そして屋上のフェンスに背中を着けて、寄りかかった。

僕は一体何を言うんだろうと、息を呑んだ。


「あの電話で言ったこと、、本当は嘘」


「え?」


僕は目を見開き、そう思わず口から洩れた。

あかりは悲しみを必死に押し殺したような笑みを浮かべて、また口を開く。


「私、本当は友達となんか行かない」


その時だった。

急すぎて、今この瞬間で起きた事の情報処理が遅れる。

そして気づいたら、僕のカッターシャツの胸元あたりに、一気にぐっと真下へ力が掛かっていた。

真下を見ると、カッターシャツを両手で掴み、縋るように僕の顔を見つめるあかりがいた。

あかりの目には涙が浮かび、頬を熟れた果実のように赤くしていた。

とても悲しい表情だった。

どくっと動悸が激しくなり、それと同時に、あのみぞおち辺りの重苦しさが更に強くなる。


「私は、、、毎年みたいにこうちゃんと行きたい!」


胸を満たしていた緊張が、溢れるぎゅっとした切ない気持ちによって、どんどんと押し退けられていく。

そして、みぞおちが潰されて、落ちてしまいそうな程に重苦しさが頂点に達し、苦しみに犯されながら僕も涙を流した。


断らないといけないからでは無い。

僕は気づいた。

あの胸の疼きも、みぞおちの重苦しさも全部、

彼女がいるのに、春乃がいるのに、

あかりと夏祭りに行きたい、という気持ちだった事に。


あかりを、、、

好きだという気持ちだった事に。


「僕も一緒に行きたい」と言うべきなのに、その言葉は鉛のように重くて、発せられない。

みぞおちだけじゃなくて、胸全体が重苦しくなり始めて、息が出来なくなる。


脳内で謝る事すら出来ないだけじゃなくて、

春乃を考える事すら、出来なかった。


僕は卑怯だ。

忘れたい。

今は忘れて、あかりと一緒にいたいと、思ってしまった。

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