第2話浴衣選び
午前七時。
春乃とは駅前で待ち合わせをしていた為、僕は少し急ぎ足で向かった。
しばらくして駅が見えてくると、駅舎の丸い大きな柱に寄りかかり、片手に持ったスマホを弄りながら待っている春乃がいた。
「春乃!」
片手を上げて、僕は呼びかける。
春乃はそれに気づいて、スマホから顔を上げた。
そして僕と目が合うと、穏やかな表情を浮かべて手を振る。
「おはよう」
顔を少し傾け、いつもの大人っぽさのある低い声で、春乃は挨拶をする。
「うん、おはよう。行こうか」
「うん」
僕達は駅の改札を通り、電車で目的地まで向かった。
改札を出る。
雲一つ無い真っ青な空に浮かぶ、僕たちを眩しく照りつける太陽。
あまりにも眩しくて、僕たちは目を細めながら片腕を翳して、両目に直撃する陽光を遮った。
夏休みの真っ只中な為、僕たちを蒸し暑い空気が包み込み、追い討ちをかけるように太陽が照らしつける。
僕たちは本当に、蒸し焼きにされているかの様だった。
全身にじわじわと汗が滲む中、僕たちは駅前のデパートへと早歩きで向かった。
そして、やっとの事でデパートの屋根の下に入ると、
「ふぅー、暑いね」
そう言いながら、春乃は胸元のTシャツを摘み、前後に動かして中の身体に空気を送る。
僕も春乃につられて同じ行動をとった。
少しその場に立ち止まってから、僕たちは浴衣レンタル店へと向かい、店内に入る。
ハンガーに掛けられた浴衣がびっしりと壁に沿って並び、僕たちは色鮮やかな空間に包み込まれた。
数が多すぎて迷っていると、店員がおすすめのものをいくつか紹介してくれた。
風鈴が彩られた水色の涼しい浴衣から、
それとは打って変わった、紺一色のクールな浴衣まで、色んなものを僕たちに広げて見せてくれた。
「選んでいいよ」
と春乃は穏やかな笑みを浮かべ、こくっと頷いた。
「そうだなー」
僕は腕組みをしながら、先程紹介された中から選ぶ。
やはり春乃と言えばあの紺一色の浴衣だけれど、風鈴が彩られた水色の浴衣も、元が可愛い春乃なら似合う気がして、僕はそれを選んだ。
「試着してくるね」
そう言って、春乃は店員と一緒に試着室へと入って行った。
僕はその前で待っていると、しばらくして、しゃっと音を立ててカーテンが開かれた。
そして、目の前に浴衣姿の春乃が現れた。
僕は思わず息を呑む。
胸がわっと高鳴った。
「おぉ、、」
と僕は感嘆の声を洩らし、口元が緩む。
長い黒髪ストレートに、キリッと整った顔。
そして涼しげな明るい水色で、風鈴が彩られたお洒落な浴衣。
二つは正反対なのに、逆にそれが新鮮で、可愛さが全面に出ていた。
僕は思わず頬を赤くする。
「ど、どうかな?」
春乃は少し顔を赤くし、僕から目を逸らしながらもじもじとする。
「うん、可愛い!」
飛び跳ねるような声で僕は強く頷く。
「そっか、ありがと」
春乃らしくないボソッとした声だった。
でもそれが本当に可愛くて、僕は胸を打たれた。
するとその時、毎年決まって一緒に花火大会に行っていた、あかりの事を思い出した。
たしか、あかりもこんな水色の明るい浴衣だったな、なんて少し懐かしい気持ちになった。
するとその瞬間、胸の奥の何処かに何かが生まれた気がして、何だかお腹あたりが重苦しくなった。
そして、浴衣をレンタルして帰る最中は、ずっとその事を考えていた。
「どうしたの?」
駅から出て、夕日に照らされる帰り道。
ふと横を歩く春乃が僕の顔を覗き込んだ。
はっ、とした僕は、自分がずっと上の空だった事に気づき、我に返る。
「ご、ごめん」
そう慌てて言い、春乃の方を見た。
しかし、僕からは春乃の表情は見えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます