第9話
『オレたち』にはハナ以外に、イロハとコマチも含まれていた。
「なぜ、フタガネくんとヌエノくんも参加させるのだ?」
駐車場でオレの創った《エレメンタルテリトリー》に入ったナツはシャロンになった。
その辺りの説明をしてもらうため、テルコがいる集中治療室へ戻ってきたのだ。
再び円形に座り、説明が始まる前、ナツがオレに訊いてきた。
「君たち、そんなことをしてる暇は――」
レイカが禁煙パイプを揺らしながら言ったが、オレはその言葉を遮った。
「あなたたちはナツがシャロンだってことは知ってたんだよね」
「そりゃあ、まあ、もちろん――」
答えたのはレイカであった。叔母さんはさっきと同じ場所で、つまらなさそうにテルコへ視線を投げたままであった。
「オレたちはそれを訊く権利があるし、納得しなければ動けない」
「そうだろうけど、時間が――」
「時間はたっぷりある」
オレはきっぱり言い切った。
「アカシアくん。シャロンって、さっきいたカエルのヒューマノイドのことか?」
「今、説明してもらう――」
そこでナツの疑問だ。
なぜイロハとコマチも参加させるのか?
ナツとしては、事実を見てしまったオレとハナだけで済むと思っているのだろうが、違う。二人も訊かなければならない。
「それは同じチームだからだ」
「それだけか?」
「同じ価値観で動けなければ、達成できない目的がある。真実を知って尚、動ける相手でなければ命なんて預けられない」
真実を一部の人間が知っていたところで、足並みが揃わなければ力は発揮できない。
宇宙怪物と遭遇する映画には、チームにアンドロイドがいた。彼には違う目的があったため、最後には一人しか生き残れなかった。物語的にはそれで良いが、現実ではおもしろくない。
オレは団体行動が苦手だが、力を合わせるべきところは心得ている。
それは右倣えではないのだ。それぞれの個性をもって、同じ目的に向かう事で上向く、大事なベクトルなのだ。
「命を預けるかはともかく、理解した」
ナツは頷いた。
「ところで、『コウモリ』もそうだったが、ヒューマノイドは《エレメンタルテリトリー》を簡単に出て行けるのか?」
「《エレメンタルテリトリー》を展開した者のHPを、ヒューマノイドのHPが上回っていれば可能だ」
答えたのはイロハだ。
「『カブト』はオレのHPを戦わず上回っていたってことか――」
「君のHPより下のヒューマノイドなんていないよ」
「『カブト』?」
答えたナツとコマチの疑問が重なった。
「じゃあ『コウモリ』の時には――」
「あれはサエジマくんがテリトリーを創ったが、ダメージを受けたせいで、ヒューマノイドよりHPが下回ったからだろう」
「そうか。でも、この四人の中で一番HPが高いハナが、《エレメンタルテリトリー》を創る方が有利ってことだよな」
「そうなるな」
ハナが顔を真っ赤にして下を向いてしまった。照れるようなことでもないのだが。
「そろそろ本題に入ってくれないか。何があったのだ?」
イロハが痺れを切らせて声を上げた。
「そうだな――」
と前置きをしてから、オレがさっきあったことを説明した。
ここで説明が必要なのはシャロンと『カブト』だ。ここに隠されている事実があるはずだ。『カブト』がサルノベ柔術を使う理由もそこにある気がした。
「トクエダさんがシャロン――? どういうことさ」
ナツが躊躇っていると、レイカが後から声をかけてきた。
「この事実は、都市伝説調査部で周知の情報より深く入り込んだトップシークレットだ。それを理解して欲しい。その代価として、進学の特待生をこの時点で得られることを保証する」
イロハとコマチが驚いた。
いいね――とレイカは叔母さんに声をかけた。
叔母さんはやはりつまらなさそうに頷いただけだ。
「特待生?」
「伝説調査部員は三年続けると、大学への推薦と授業料の免除という資格を得られるのだ」
「へえ……」
なんかオレの『アクション同好会設立許可』という条件が、いまいちグレードが下がる気がした。
「それを得るからには他言無用を受け入れてくれ。もし情報を洩らせば逆に資格は失われる」レイカはイロハへ視線を移して続けた。「君は三年生だろ。もう少し待てば、喪失しない強固な資格を得られるぞ」
「直ぐに得られるなら、それに越したことはない」
イロハは即答した。
皆の同意の下、情報開示は始まった。
ナツがシャロンだということ。
これには思い当たることが多い。
まず病院で『クモ』と戦った時。ナツが敗れた後に出てきたこと。そして《ゴッドピースメイル》に詳しかったことなどが上げられる。
恐らくオレの報告書を改変したのもナツだ。シャロンの事を意図的に隠したのだろう。
だからイロハたちにはシャロンの情報がなかったのだ。
次に学校で『コウモリ』と戦った時。部室でシャロンが探していたのは新しい《ゴッドピースメイル》。これがあればナツは《エレメンタルテリトリー》でシャロンにならずに済むのだろう。
テリトリーを解除してすぐにテルコへ近寄れたのも、シャロンとして近くにいたからだ。
「なるほど、納得ですわ」
「だけどトクエダさんは――いや、シャロンさんは何者なのだ?」
ナツは言葉に詰まった。
「ミュータントよ」
レイカが代わりに答えた。早口に言葉を次いだ。
「君らが聞いてるのは『研究所から逃げたヒューマノイドを捕まえること』だと思う。あれは真実だけど全てではない」
レイカが真実を追加した。
研究所では生態兵器としてミュータントの研究もされていた。
機械をベースにした兵器がヒューマノイドであるのに対し、人をベースに創られたのがミュータントなのだ。
その一人がシャロンであった。
軍から請け負っていたある企業は、その二本立ての計画に資金が尽きそうになる。そこでその企業はゴウトクジ家に協力させようと娘をさらったのだ。
「まさか――その娘って」
「テルコさんよ」
答えたのはナツであった。
テルコは戦時中から生きている?
驚いたのはオレだけではなかった。イロハもコマチも表情を固まらせていた。ハナだけは変わらないようだが、それでも驚いているのかもしれない。
「じゃあ、テルコは人間じゃないのか?」
「人間よ。最後まで話を聞きなさい」
言ったのは叔母さんだ。
声は抑えめだが、有無を言わせぬ迫力があった。
「分かっているのは、人体実験されかけたテルコを誰かが助けたことと、シャロンが彼女を連れて脱出したことだけ。それ以外は推測だからね」
レイカは前置きしてから進めた。
「テルコのお兄さんミツキが、妹のために研究所に乗り込んだらしいわ」
初めて出てくる人物――テルコの兄ミツキ。彼が話を展開させたようだ。
ミツキは捕まり、ヒューマノイドにされた。
それが現在の見解らしい。
彼の死体が無かったこと。ヒューマノイド同士が争った跡。危うい所で助けられたテルコ。
理由はそれだけであったが信憑性は高かった。
氷解から逃げたヒューマノイドは無邪気な悪戯をすることが多かった。人にも害をなす存在もいた。その中で唯一、人間寄りに動く存在が報告された。
それがミツキではないかと期待を込めて囁かれるようになったのだ。
「もしかして『カブト』のことか?」
ナツとレイカが同時に頷いた。
「知っているか。ゴウトクジ・ミツキはサルノベ柔術の師範代だぞ」
「なに?」
「サルノベ・ハスリ直々の弟子よ」
戦前に打ち立てた戦闘術の祖――サルノベ・ハスリは柔術の創始者だ。
「あれ? ちょっと待て――うちのじいちゃんも創始者から教えてもらってたはず」
「調べてみた所、君の祖父アカシア・イナギはミツキの弟弟子だ」
「なら、テルコが言うイナギって――」
誰からも返事は上がらなかった。
だが、全てを真実とするのなら、テルコはリアルにじいちゃんと会っているのだ。
「君はあのカブトムシのヒューマノイドの姿を見たか?」
頷きで返した。
圧倒的な存在でありながら、外骨格が数箇所無くなり、筋肉が晒されていた。
「あいつには何故かGFMが同化していて、ここで分離したんだ」
今はテルコが横たわるガラス内を、レイカは親指で指した。
「身体の一部を犠牲にして、分化したのは丸いクリスタルだった」
「それって――」
「そう君が病院でもっていた宝玉だ」
シレルの推理は正しかった。
『カブト』は自らを犠牲にしてクリスタルを分化したのだ。
右腕のブレスレットをそっと撫でる。
人選もじいちゃんの孫だからか、それともテルコのようにアカシア・イナギに見えたのか、それは分からないが、初めから決められていたのだ。
そこまで期待したからこそ、テルコを見捨たと思えば、あの怒りは当然だ。
ここまでされたら、もう引き下がれない。
誓いを交わしたのだから元々逃げる気はないが、この件にはしっかりと関わらなければならない。
そうなるともう一つ、触れなければいけない問題もあった。
『カブト』がくれた男気のおかげで、勇気を持って臨めそうだ。
「そうなると、テルコはなんなのだ?」
「だから人間だと――」
「人間は《エレメンタルテリトリー》に入れない。もう嘘はごめんだって言ったはずだ」
ナツは押し黙ってしまった。
「《エレメンタルテリトリー》に入れるのは《ゴッドピースメイル》とヒューマノイド、そしてミュータントだ。人間の姿でいられるテルコはどのカテゴリーなんだ?」
今度は誰も答えなかった。
静けさに誰かの呼吸音がやたら大きく響く。時間にして一分も経っていないが、一夜をそのままで過ごしたような感覚だ。
「先輩が何者か――って、それほど大事なことなんでしょうか?」
ハナが申し訳なさそうに発言した。
言わんとすることは分かる。だがオレにも考えはあるのだ。
「テルコはテルコだ。それは変わらない」
「え?」
「大事なのは、テルコがなんかしらの問題があるから、オレたちがヒューマノイドを追いかけているっていう事実だ。その『なんかしらの問題』が真実で、ここを聞いておく必要はあるんだ」
ハナはオレの言葉を咀嚼するかのように腕組みで考え、数秒後やっと理解したようだ。
イロハとコマチは特に意見は無いのか、もう既に思考の範囲を超えているのか、身動き一つ取っていない。
「テルコは半人半ミュータントよ」
答えをくれたのは叔母さんであった。
「テルコは研究所でミュータントにされかかったけど、姿を変えられる前に騒動が起き、シャロンに助けられた。だけど人体実験の影響を受け、人とミュータントに別れたの」
分かりやすく言うと魂だ。今テルコに残っている人間の部分は五分の三。残りの五分の一ずつの魂が逃げたらしい。
つまりテルコの一部が、二匹のミュータントとなった――。
「二つの魂は形を得るため、ヒューマノイドの身体を奪った」
ナツが言った。
なるほどね。
「それがヒューマノイドを捕まえなければならない本当の理由。テルコを人間に戻すための鬼ごっこか」
それならば理解もできるし、モチベーションも上がるってものだ。
「テルコの記憶が曖昧なのも、言動が常人と違う感じがするのもそのせいか」
「年齢を重ねることなく、ずっと――」
「じゃあ、あんたは本当の叔母さんじゃないな。どういう関係なんだ?」
「……遠い親戚よ」
叔母さんは静かにそう言った。言葉には憂いを感じるが、ガラスの向こうのテルコを見つめる瞳は本当に優しそうであった。
「二匹のヒューマノイドって分かってるんですか?」
「残念ながら分かってない」
ハナの問いに答えたのはナツだ。
「どうやって捕まえるか――だな」
「それより先にコウモリ型ヒューマノイドを捕らえないと――」
「そうだ! 忘れてた」
「時間が無いんだ。急いでくれ」
レイカが切羽詰った表情で言った。
「どういうこと?」
「テルコの魂が五分の三しか無いということはさっき言った通り――。で、コウモリ型ヒューマノイドが吸っていたのは、残り半分以上の魂なんだ」
つまり生命活動を維持できなくなりかけているらしい。
「今は何とか繋ぎとめているけど、それが流出してしまったらテルコは――」
「な――!」
「
「何だよ、それ! もっと早く言えよ」
「言おうとしたけど、君たちが聞かなかったんでしょ!」
オレは立ち上がった。
「戦略チームJ、出動だ!」
その声に立ち上がったのはハナとナツだけであった。イロハとコマチは座ったままだ。
「先輩、どうしたんですか?」
「ぼくはパスだ」
「本当に黙ってれば、特待生の資格を得られるんですわね」
コマチに叔母さんは躊躇い無く頷いた。
「ならば苦労のないほうがお得ですもの」
「君たち――」
「先輩!」
珍しく憤慨するハナと悲しげな顔のナツをオレは制した。
「多分こうなると思ってた。どんな真実だろうと、知ったらもう一緒に行動してくれないだろう――ってな」
「じゃあ、トクエダさんが初めに言った通り、ぼくたちを外すべきだったのでは?」
「嘘でごまかしても目的が違うじゃないか。それじゃ一緒にいる意味はないんだ」
「どういうことですの」
オレはナツを指差した。
「姿が違うから敵だと言ってたシャロンだ。今でもキャプチャーする相手か?」
イロハとコマチは顔を見合わせ、ナツに視線を移した。
「……いや。目的は二体のヒューマノイドなら違う」
「目的はテルコを人間に戻すことだよ」
「同じですわ」
「違うよ。後先を考えずにヒューマノイドを捕まえることと、テルコのために命を張ることは」
アカシア・キリ――小さく声に出したのは叔母さんであった。
「どちらにしろ、わたくしはもう行かないと決めたんですわ」
「それが大事なんだ。コマチが『行かない』と決めたそこには意思がある。決意もないのにチームにいられたって作戦は成功しない」
「二人でどうかできるとでも――?」
「ハナがいれば大丈夫。『コウモリ』はオレたちで倒せる」
イロハたちだけでなく、言われたハナもビックリしていた。
「そう言えば、わたくしたちが発憤するとでも?」
オレはゆっくりと首を横に振った。
「確かにこの状況でお前らがやると立ち上がれば心強いが、やる気の無いお前らじゃ、いない方がましだ。先に言ってたようにお前らが来なくなることは想定内だ」
「昼間の戦いでもヒューマノイドのHPを削ったのはぼくたちだぞ」
「そつなくこなしてただけだろ。いかにも『役に立ってます』とノルマをこなすように戦ってただけだ。そんなんじゃ倒せるものも倒せないんだよ」
イロハとコマチは怒りに顔を赤くしていた。
「さっきハナが自分はダメだと落ち込んでいた。それをお前らはハナを上から目線で励ましてたよな。でもハナが自分のHPを犠牲にして『コウモリ』の侵入を防ぎ、気絶しながらも《トリックシード》を撃ったからこそ、あいつを追い返せたんだ。その間、お前らは廊下で震えてたろ。ハナがいなかったらテルコはとっくに死んでた」
イロハは、納得いかない――そんな表情でオレを見返した。
コマチは思い当たるのか、目を床へ逸らした。
これ以上の議論に意味はない。
オレはドアへ向かった。
「お前らはもう帰れ。普通の暮らしをしろ。それがお似合いだ」
キリくん――ハナの声が追ってくる。
エレベーターの前で、やっとハナとナツが追いついた。
「本当に大丈夫?」
訊いたのはハナであった。
苦笑しながら答えた。
「多少頑張ってもらわないといけないけどな」
「多少――で良いの?」
「詳しくは行きながら説明する」
頷くハナの横で、ナツがいつもの彼女に戻って言った。
「『コウモリ』をどうやってみつけるか考えているのか?」
暫く考えた挙句、オレは首を横に振った。
そこまでは考えてない。
ナツは深いため息を吐き、いかにも、困ったやつだ――という風に頭も振ってみせた。
事実を明かさなければならないというプレッシャーを感じていたナツの方が落ち着いてたかもな。
「『コウモリ』が奪っていったのはテルコの魂の一部。今のあたいならそれを感じ取れる」
「そうか。じゃあ、道案内よろしく」
ナツが頷いた。
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