第5話
顔合わせが終わると説明会が始まった。
司会はナツだ。
元々の性格なのか、それともオレがいることへの反抗意識の現われなのか、彼女の語り口は淡々としていた。
初めに――絶対に覚えること――と睨まれていなかったら、目を開けたまま授業をやり過ごす特技を披露していたかもしれない。
ヒューマノイドとの戦い方が《トリックシード》を使うものなので、《ゴッドピースメイル》はその射程により五種類に分類される。
ライフルなどを使用する『長射程型』。銃などを使用する『中射程型』。武器を使用しない『短射程型』。剣などを使用する『近接型』。最後が『特殊型』だ。
「『特殊型』は《トリックシード》を念力で自在に操れたり、ヒューマノイドに直接攻撃をしてHPを減らせるのだが、出現率が低いタイプなのだ」
「レアなのね」
ブレスレットを初めて装着した時に、その人の特性に合わせたタイプが自動で設定されるのだ。
長射程と中射程の層が厚いのは、装着者が女子だからかもしれない。
「『近接型』は今のところ、《シードナイト》しかおらず、しかも男子だ」
「ふうん」
「HPが高く、剣は防御にも使えるので懐へ飛び込んでいける。ターゲットを足止めすることで、長射程と中射程が生きてくる。実に有能な人材だ」
ナツは明らかにオレと比較してそう言った。
「オレのは何になるんだ?」
「《シードシューター》だ。《トリックシード》を手で投げるタイプで、『短射程型』に分類される。特筆できる特徴が無いのが特徴だ」
そんな特徴あるかっつうの。
「このタイプも少ないが、ターゲットからは近い距離にいなければならないのに、HPが低いという使いづらさがあるからな」
言外に、いなくてOK――という意図を感じる。
「あたいの《シードヒーラー》も『短射程型』に入るが、仲間のHPを回復させられる有意義さがある」
「でも自分のHPは回復させられないってことか」
ナツが睨んだ。
「それが出来たら、病院で敗けてないだろ」
更に眉毛が吊りあがった。地雷だったらしい。
「そもそもヒューマノイドとの戦いはチーム戦だ。ソロで、しかも初陣で倒した、君の方がおかしいのだ」
「倒したのはナツの《トリックシード》があったおかげだろ。チーム戦といえばチーム戦だ」
ナツは閉口した。
顔が真っ赤だが、怒りだけではなく、困惑が見える。
後ろから、くすっと笑い声がした。
視聴覚室の一番後ろに座っているテルコだ。
その様子を見たナツの怒りが鎮まっていく。まるで大魔神だ……。
「《ゴッドピースメイル》は神を凌駕する鎧という別名を持つ」
何事も無かったかのようにナツの講釈は再開された。
「そもそも《ゴッドピースメイル》ってどういう意味だ?」
「語呂からつけたらしい」
「へえ」
「目的は研究所から逃げたヒューマノイドの捕獲だ」
「研究所? ヒューマノイドって結局何だ?」
ナツの目に意地悪そうな色が浮かんだ。何か企んでるぞ。
「世界大戦は知っているか?」
「世界を巻き込んだ人類史上最大の戦争ってくらいなら――」
「これから話すことは日本の裏歴史にもつながる。聞いたら後戻りできないが――」ナツは教壇へ乗り出すように上半身を乗せた。「良いか?」
そう来たか。そんな
テルコを喜ばせるためだけに参加を表明したわけじゃない。
もっと、こう崇高な意識を持って……『アクション同好会』のためでもあるが、それは二割ほどで、残りの八割は――テルコのためか。
建前的にも本音も威張れたものじゃないが、決意は変わらない。
「やると決めた以上は揺るがないさ。大丈夫だ」
ふうん――とナツが教壇から身体を離した。
「ね――。イナギはそんなに器の小さな男ではないですよ」
後ろからテルコの上機嫌な声が聞こえた。
振り向くと、テルコは嬉しそうにオレを見た。
「オレはアカシア・キリ。イナギは祖父だよ」
ま、別人だろうけど。
あれほど厳格なじいちゃんが、孫ほどの娘と知り合いになれるとは思えない。
「イナギはいつもそう言ってわたしを困らせる」
テルコは確信を持った言い方をした。
本気でそう思ってるんだろうか。
テルコは冗談を言ったり、ふざけるタイプの子ではない。
だが、それを認めてしまうと、彼女の記憶と精神状態を疑わなければならない。
それだけはしたくない。普通の娘として扱おうと決めていた。不思議少女だとは思っているが。
「困らせてないよ」
そう言うと、不思議少女はご機嫌上々のまま頷いた。
「話を進めるぞ」
ナツが苛立ち気味に言った。
「戦争終盤、戦況は芳しくなかった。ある企業が戦況打破のために提案したのが人体兵器だ。それがヒューマノイドだ」
「なるほど――」
昔の特撮ヒーローにも似た設定があったな。主人公ロボに当たるのが《ゴッドピースメイル》なのだろう。
「でも使われなかったんだな」
「うむ。研究所は閉鎖されることになった」
「作られたヒューマノイドはどうした?」
「出資者の一人であるテルコさんの祖父は全面破棄を主張したが、破壊する術がなかったため、研究所ごと冷凍保管された」
「だが完璧ではなかった。ヒューマノイドは世に放たれたのだから」
「手段は完成していた。《ゴッドピースメイル》がな」
出来すぎてないか?
ヒューマノイドの存在をオレは知らない。ニュースにならないからだ。
凍結から逃げ出したのはつい最近のことなのではなかろうか。
危うい陰謀をオレは思い浮かべていた。
《ゴッドピースメイル》が完成したからヒューマノイドを世に放った――と。
「ゴウトクジ家は、ヒューマノイド開発の過程で手に入れた技術を応用し、《ゴッドピースメイル》を創り上げた。発足当時には成年男子も使用者としていたが、《エレメンタルテリトリー》に適用できず、改良と軌道修正を加えた結果、十代の女子が適任となった」
「ん? まさか……」
「そう。この桜川女学院は、《ゴッドピースメイル》の装着者を得るためにゴウトクジ家が建てた学校なのだ」
都市伝説調査部は、ヒューマノイドの情報を集め、その確保のために設立された部活動であり、これを成り立たせるために学院があるというのだ。
なんとスケールがでかいことか。
「だから女子高か」
「男子はお前を入れても三人しかいない」
何が合って、何が合わないのか――それは誰にも分からないらしい。
言えるのは、オレは適応していること。そして《シードシューター》を使用するしかないこと、だ。
ゴウトクジ家の開発部で、《ゴッドピースメイル》の修理はできる。ナツの《ゴッドピースメイル》も修理中だ。
だが、オレのは無理だという。
一度壊れた《ゴッドピースメイル》に、得体の知れないクリスタル。規格外品もいい所らしい。メンテナンスはできるが、それ以上の修理はできないのだ。
しかも波長がオレに固定されてしまったので、他の人が使えない。オレ専用機となってしまったため、ここに召集された――という経緯がある。
HPが低かろうと、弾数が少なかろうと、装備が貧弱だろうと、これで戦うしかないのだ。
説明が終わると、すぐに実戦訓練に入った。
オレが所属するのは《Jチーム》。部内で十番目のチーム。一番新しいという意味ではあるが、ある意味どん尻だ。
「今回のシミュレーションは、未熟なアカシア・キリの鍛錬を目的とする」
ナツは無表情にそう言い放った。場を和ませるための冗談ではないらしい。
「チーム戦の練習とか、他に言いようはあるだろうに」
じろりと横目で見返しながらナツが言い直した。
「アカシアの弱さを、チームとして認識してもらうのが目的だ。各自カバーしてあげるように!」
更にひどくなった。
サエジマ・ハナが強く頷いている。そこまで納得するものか。
太めの眉と、その下のくりんとした目には、彼女の真摯な姿勢がよく出ている。逆に、鼻と口は小振りで、本人と同じく主張が少ない。
海老茶の髪は肩程で切り揃えられ、前髪もパッツンしていると思っていた。しかしよくよく見ると左側に分け目がある。手入れはされているようだが、櫛ではどうしようもないらしい。毛先が好き勝手に跳ねまくっている。
そんな彼女はオレの右隣で、真剣にナツの話を聞いている。
メンバーは他に二人――三年生のフタガネ・イロハと二年生のヌエノ・コマチだ。
ちなみにオレは二年生で、ハナは一年生である。
端の席に座っているのがイロハだ。目尻はきりりとして、引き結ばれた口と上向いた鼻はパーツ的には大人っぽいが、それを配置している顔立ちがふっくらとして、幼い印象がある。ショートボブは真ん中分けのアッシュ系ブラウンで、つるんとおでこを晒している。
一番後ろの机に腰掛けている小さい子がコマチだ。大きい目が印象的であった。プリンセスかお嬢様――といった印象で、背中まで伸ばした黒髪もその雰囲気に上乗せしている。銀のヘアピンがワンポイントだが、それだけが妙に世俗的に見えた。美人特有の冷たさも見えて、オレの苦手なタイプで近寄りがたい。
共通しているのは、二人ともつまらなそうにそっぽを向いているということだ。
それも仕方あるまい。彼女たちは遠征組ではないため、本来は休みの土曜日だ。それをたった一人のために部活と言われればこんな表情にもなろう。
それを言うなら、オレだって同じだ。
電車を乗り継いで一時間半近く掛けて来ているのだ。
ねぎらいの言葉一つあってもいいだろうに――とは口が裂けても言えない。
「シミュレーションとはどうするのだ?」
「やれやれ。君は何も知らんのだな」
「知らねえよ。昨日入ったばかりの新入部員だ」
「態度がでかいから上層部員なのかと思ったよ」
「何だ、そりゃ――」
オレの横でハナは小首を傾げ、コマチが後ろで冷笑を浮かべている。
Phew――とイロハは呆れた表情を浮かべながらも落ち着いた声で教えてくれた。
「シミュレーションには模擬戦用のGFMを使う。それが擬似ヒューマノイド――これくらいの羽の生えた球を打ち出すから捕まえる。ただそれだけだ」
『これくらいの』でイロハは、バレーボールほどの大きさを両手で補足した。
魔法使いの少年を主人公にした映画でそんな競技があったな。
それほどしっかり観たわけではなかったため、記憶も曖昧だ。
「今回のシミュレーションは、フタガネくんをリーダーとする」
イロハが頷いた。
「リーダーは持ち回り制とし、適正を見極めてから任命する。次回はヌエノくん、次はサエジマくん――で、フタガネくんに戻る、という風にな」
「オレは?」
「君にその素質はない。分かっていることはしなくて良いだろう」
ナツは反論の余地も許さないほどに強く言うと、背中を向けた。
「シミュレーターはあたいが直々にやってあげる。《スフィア》は三体。開始は三十分後。舞台は南校舎。せいぜいゲームオーバーにならないように、上手く立ち回るんだよ!」
ナツは鬼軍曹のような姿勢で部屋を出て行った。
シミュレーターとは模擬戦用の《ゴッドピースメイル》のことで、《スフィア》とは擬似ヒューマノイドのことであろう。早口で意地悪く言ってみた所で難しいことはない。
「あの言い方によるとナツは攻撃してくるんだな」
「トクエダさんの攻撃を避けつつ、《スフィア》を捕まえるんだ」
「でも三体なんて――。こういうのを、とばっちりというのですわ」
お嬢様のような容姿に反し、コマチの言葉が持つ棘は容赦ない。隠すつもりもないらしい。
「どうして先輩はキリくんを嫌ってるのでしょう?」
「さあな。あいつ、会った時からあんな調子だ」
そう答えると、ハナは何故か恥ずかしそうに一歩
嫌なら声掛けてこなきゃいいのに……。
イロハが《ゴッドピースメイル》を装備するよう指示してきた。
「どうする気だ?」
「君たちのGFMをぼくのシンクロナイザーへ登録するんだ」
言いながらイロハは《ゴッドピースメイル》を着装した。
彼女のは《シードスナイパー》という長距離タイプで、手にはライフルが持たれている。
額のクリスタルから二本のアンテナが伸び、背中にラジエーターが三つ――両肩にそれぞれ一つとその間に一つ――と、腰アーマーから広がる羽衣のような裾が特徴的であった。
《ゴッドピースメイル》のタイプは、システムの判断で装着者の個性に合わせて決定されるが、そのタイプの中でなら装甲は自由に選べるのだ。
その組み合わせは実に豊富で、選んだ装甲の組み合わせで愛称はランダムで生成される。
イロハがその装甲を選んだ結果、付いた愛称は『フルスロットル』であった。
コマチは《シードアーチャー》。自分の身長ほどもある弓を持っている。
V字の飾りと両脇の角が昭和ロボットのようなヘルメット。そして袴のような腰アーマー。愛称の『ジャパネスク』は言い得て妙だが、背中からせり出している二対のロボットアームが良く分からなかった。『翼』を表現しているらしいが、そうは見えなかった。
で、ハナだ。
彼女は《シードガンナー》。
視線を移すと、バイザー越しに目が合った。ハナは目を伏せて、もう一歩
おいおい……。
愕然としつつ、視界の端だけでその姿を捉える。
黒と灰色を基調に、濃い紺や緑で縁取られた地味な鎧であった。イロハやコマチの華やかな《ゴッドピースメイル》と並ぶと、その存在はより薄くなる。
飾りもなく、肌の露出も顔のみ。全身が鎧に包まれたその愛称は『アイアンメイデン』。
左右の腰に銃がマウントされている。二挺拳銃なのだ。
両手に拳銃というのは、《シードガンナー》選択者において、ハナのみの特技でありながら、評価や認識もこれまた地味に低い。
射程からいうとオレが一番内側になる。すぐ後ろがハナだ。
布陣としては妥当だが、彼女のそそっかしさから考えると、背中から撃たれそうだ。
「アカシアくん、同期よろしく――」
イロハにやり方を訊ねようとしたが、バイザーに【同期申請】が点滅している。その下に回答枠も表示されていた。【Yes】、【No】、【Cancel】――手を上げてその位置へ近づけると文字が反転した。
反転した【Yes】をぐいと押し込むと【申請許可】と表示が変わった。
「Oops」
イロハが愕然とした声を響かせた。
「どうした?」
「このHPの低さと弾数の少なさ――壊れてるの?」
「いや、これで正常だ。……多分」
どれどれ――と言いながらコマチが空中で手を動かした。目で何かを確認すると、声に出さずに――うわあ――と口が開いた。
どうやらハナも見ているようだ。
バイザーに集中すると、今までなかった【J team】という表示がステータスバーの近くにある。手で操作すると、メンバーの名前、HP、そして弾数が表示された。
確かに四人の中ではオレが一番低性能であった。
HPで言えばコマチの『ジャパネスク』が低いが、それでもオレより80は上だ。
弾数ではイロハが十二発しかないが、遠距離での運用を考えれば少なくはない。
オレなんか五発だしな。
異常といえば異常である。
ちなみにハナは、オレの倍以上のHPで段数は二十四発と、地味に優れた性能を示していた。
はあ――と、ハナ以外の三人が大きくため息をついた。
同音異義であろうが、意見は一致したようにも思える。
「やることは変わらんさ」
「そうだな。南校舎へ移動しよう」
イロハを先頭に、アイボリーの建物へ向かう。
すぐに大きなテニスコートに行き当たった。その横を通り過ぎる。相当数あるコートは全て埋まり、球拾いをしている部員を入れると人数もかなりいるようだ。
そんな部活に勤しむ女子の姿が眩しくて直視できず、横目で捉えるのが精一杯であった。
「うちの学園はテニスが強いんですよ」
「道理で人数が多いはずだ――」
後ろから声を掛けてきたハナへ振り向いて応えると、ハナは黒目がちな目を丸くして速度を落として距離を開けた。
会話するつもりだった口を閉じずに顔を正面に戻した。
人見知りなのかとも思ったが、ナツたちとは普通に話している。
ということは男子が苦手か、それとも苦手なのはオレ自身か、だが、地味に傷つく……。
金網まで飛んで来たテニスボールを取りに来た女子と目が合った。彼女は会釈をすると、戻っていった。
彼女は《ゴッドピースメイル》に何の反応もしなかった。
「《ゴッドピースメイル》って秘密の道具というわけではないんだな」
「隠しながらでは活動できないよ」
イロハの声がヘッドセットから聞こえた。
距離を取っての運用には指示を届けるシステムが必要だ。だから《ゴッドピースメイル》にはマイクも付いている。ただ、この距離では生の声も聞こえているから変な感じがする。
「大っぴらには動いていないが、決して世を忍んで――というわけでもない」
「都市伝部を目当てに学園を選ぶ子もいるくらいですわ」
「いるのか、そんな奴――」
「私です」
後ろでハナが小声で言った。
振り向くと、やはりハナは距離を取って更に遠くなった。
「少なくとも学園内では周知の事実だ。何せ、ゴウトクジはここ桜川女学院の出資者の一人だからな」
「なるほどな――」
ナツの話が裏付けられる。
ヒューマイノドを捕まえるため、《ゴッドピースメイル》が不自然なく活躍できるよう、女生徒が部活に参加しやすくさせる目的で創った学園。
なんとまあ壮大な話だ。
都市伝説のような怪しい噂の陰にはヒューマノイドの存在があると考えられている。その噂を調査するのが『都市伝説調査部』である。
《ゴッドピースメイル》を創ったり、メンテナンスをするのは別に部署があるらしい。
そこの検査により、オレが使うべきブレスレットは既製外品であると判断された。使用には問題ないが、バグは治せないという。
バグ……。『クモ』のヒューマノイドを倒し、キャプチャーした結果、シレルという少女がブレスレットから現れた。
良いことなのか悪いことなのかは分からないが、この貧弱な相棒と戦い抜こうと、オレは改めて決意した。
テニスコートを過ぎると、土を盛られた丘が現れた。南校舎はその丘の上だ。石段が道なりに延びている。
ボールを打ち合う小気味良い反響音や運動部の掛け声を背に石段を上がる。
南校舎は三階建てのコの字型をしていた。
「家庭科や保健体育などの特殊授業時に使用する棟と、剣道や空手のための柔剣道場がある棟、それを繋ぐ渡り廊下で構成されている」
イロハが説明した。
「それほど広くないが、広くないゆえに狭い室内がメインになる」
「配置だが、ぼくは特殊授業棟の三階。ヌエノさんは渡り廊下の二階――」
「オレとハナが球を追いかける――か」
「いや、サエジマさんはぼくとヌエノさんのサポートだ」
「何?」
「なんだ」
オレの疑問の声はイロハの想定外らしく、全く意に介せず会話は終了した。
配置につけ――イロハが指示を出した。
「私はどこに?」
「サエジマさんは特殊授業棟の二階にいようか。ぼくかヌエノさんが狙われた時に、すぐ駆けつけられるように」
その会話を耳に、オレは柔剣道場へ歩いていった。
「キリくんと同じ配置の方が良いのでは?」
「分かりやすく言うとアカシアくんの能力把握。それが今回の目的だと思うのだ」
「弱さの確認ですわね」
コマチの言葉にイロハが苦笑するのが耳で分かる。確かにそれはナツも言っていた。
ツッコミを入れたい所だが、これは女子の会話だ。どこまで入って良いのか迷ってしまう。
「あの装備で、更に何も分からない状態でヒューマノイドを一体倒したという情報。ぼくは過小評価で捉えていない。……恐らくトクエダさんも同じだ」
「ナツはオレを狙ってくるってことか?」
「十分有りうるでしょ」
柔剣道場の前に立った。玄関には靴がちらほらと見える。
竹刀の打ち合う音と掛け声が漏れていた。部活にきている生徒がいるのだ。
「その上で《スフィア》が三体。これはぼくたちの分散を狙っている。もしくはそのまま各個撃破かもしれない。どちらにしろ、いかに早く《スフィア》を倒し、アカシアくんのフォローに廻れるかだ」
「意外と考えてるんだ」
「『意外と』は余計だ」
「では《スフィア》を見つけたらサエジマを呼びますわね」
「はい――」
「連射性と機動性のあるサエジマさんが、このミッションのキーだよ」
ハナの返事は無かった。
声を掛けるかどうかを悩んだ一瞬で事態が展開した。
身体を包んでいく違和感。消えていく音。同じ視界の別世界――《エレメンタルテリトリー》だ。
バイザーの表示が先日と違う。
緑の枠と端に表示された【Simulation】の文字が模擬戦であることを物語っていた。
その中で赤い三角と【Enemy】表示がある。
場所は柔剣道場。この二階だ。
ナツの鼻を明かしてやる。
オレはガラス戸を押し開けて中へと入った。
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