第4話
放課後、生徒会に呼び出された。
校内放送ででっかくオレの名前を読み上げたのは、例の執行部長だった。
まだ何もしてないよな?
自問自答を繰り返しながらオレは向かった。
生徒会室にはいつもの執行部の連中がいた。皆一様に
なんだろうと思うことなく、その部屋では見慣れない人物を二人見つけた。
「ごきげんよう、イナギ」
テルコであった。
あ――
声は出てなかった。だが口は開いている自覚はあった。なんと言えばよいのか迷っていると、テルコの横のツインテール――ナツが静寂を破った。
「何をしている。座らんか」
「はい」
ナツに良い返事をしてしまったことは今でも後悔の種であった。
テルコとナツの向かい合うようにソファーへ腰を下ろした。
「来てもらったのは学校への損害の話ではない。今日はな」
執行部長はメガネを光らせながら『今日は』を強調した。整頓されたジェラルミンの机に肘をつき、指を組みながらその手へ顔を近づけるというポーズを取った。
口元は手の向こう、メガネは光のみを反射して表情を隠している。
こんな指令官が出るアニメがあったよな。
漠然と思っていると、指令官は苦渋の作戦を提示するように口を開いた。
「そこにおいでになったゴウトクジさんとトクエダさんが、是非お前の力を借りたいとおっしゃっている」
「力を?」
「お前に物を壊す以外にどんな力があるのか、私は知らんがな――」
テルコが笑顔を浮かべている。親しみが込められていて、心が非常に癒される。
それとは対照的なのがナツだ。
眉間に深い皺を刻んだ彼女が、無言でガラステーブルに何かを置いた。
手が引いていくと金属の輪っかが残された。
《ゴッドピースメイル》を装着できるブレスレットだ。
「そんなイヤな顔をするな」
自覚はないが、表情に出ていたらしい。
視線を上げると、ナツが苦虫で口を満たしているような顔になっていた。
お前の方が嫌がってるじゃねえか。
「これ自体に危険はない。技術部のお墨付きだ」
「それは良かった。……で、オレにどうしろと?」
「イナギにあたしの手伝いをしてもらうんだ」
答えたのはテルコであった。
ナツは開いていた口を閉じた。
オレも腹の探り合いを覚悟していたから、何となく肩透かしを食らった。
「せっかくですけど――」
「あたしのことを嫌いになったの?」
「どうしてそうなるの」
「イナギはいつもそうやってあたしをいじめる」
テルコは大きな瞳を潤ませた。
実に心の柔らかい部分をつつき、庇護心を抱かせるのに効果覿面な表情だ。
だめだ、勝てない。
深いため息一つ。それが唯一の抵抗だ。
「手伝いって、この前みたいなことをするんだろ」
「まあ、そうだ」
「何でオレに? 他に人材はいないのか?」
「人は足りてる」
ナツは即答した。苦虫が追加されたように眉間の皺が深まった。
その横でウルウルと少女が返事を待っている。
全てはテルコの意見を優先した結果なのだろう。
歓迎はされていないが、テルコのためと思えばいいのだ。そういう納得の仕方。
「とりあえず話を――」
「手伝ってくれるの?」
「訊くべきことを訊かないことには――」
「違うの?」
このやりとりを三度繰り返した。
テルコの一喜一憂の「憂」に耐えきれず、「喜」の為にオレは承諾した。
今度はナツが大きくため息をついた。
お互い様のようだ。オレとナツはテルコで繋がっているだけだ。
説明が始まった。
彼女たちは私立桜川女学院の生徒だという。
全く聞き覚えのない学校だ。
それもそのはず、市が二つも離れた所にある。
「君の学力レベルでは縁のない学校だ」
執行部長が冷たく補完してくれた。
女子校なんて元々縁があるわけないだろうが。
「桜川女学院には『都市伝説調査部』がある。部長はテルコさん。あたいは副部長だ」
「都市伝説――調査部?」
「君が参加する部活動だ」
「ちょっと待った。オレには『アクション同好会』があるんだ」
そんなものはない――と執行部長がぴしゃりと言い切った。
「これから大きく、有名になってくんだよ。まずは認可が先だけどな」
「こちらの部に参加してくれたら、その同好会をこの学校に作ろう」
「は?」
発言したナツから執行部長へ視線を移す。メガネの指令官は机の上で微動だにせずに言った。
「仕方あるまい。お前の校外活動を許可し、同好会を認可することで、執行部に通年の三倍近い予算が入るんだ。なめこを食べながら甘い香りの入浴剤の風呂に入る以上の我慢はしてみせよう」
「なめこも、甘い香りの入浴剤も我慢するほどじゃないぞ」
「私にはそれほど苦渋の選択なのだ」
「相変わらず変な奴だな」
執行部長がやっと顔を上げた。
メガネの向こうで、目が表情豊かに見開かれていた。
クールを装うひとから人間性を引き出すのは楽しい。たとえそれが負の気持ちだろうと、心が働いたことに変わりはないからだ。
「納得したか?」
ナツが零下の響きで言った。
こっちの氷壁を崩すのは大変そうだ。
テーブルの上のブレスレットを手に取る。
そもそも、これは何なんだ?
「詳しいことを訊きたいんだが――」
ナツは手を上げて質問を遮った。
「憚る内容もある。明日、改めて時間を作ってくれ」
「それは構わないけど」
「明日放課後にうちの学校へ来てくれ」
「そっちって女子校だろ?」
待ってるよ――テルコが無垢な笑顔で言った。
その笑顔のためにここにいる――はずだよな。
未だにテルコには会えずにいる。
校門を過ぎてから二十分は経っていた。
ベンチに深く腰をかけ、腕を組み、目を閉じてみる。
傍からは落ち着いて見えるであろうか。
そうでなければ、このポーズは意味を失う。
そもそもここには誰もいないのだから無意味なのだが。
心のままに行動すると、部屋中をせわしなく歩き回る挙動不審な男になる。それだけは避けねばならん。
ここは桜川女学院の一室。女学院というからには周りは女子だらけ。いつ誰が来ても良いように格好つけておかなければ。もとい。渋く決めておかなければ。
うん。言い直せてない。
思った以上に動揺しているようだ。
待つように通された部屋は女子高らしからぬ地味さと臭いで、浮付き感を抱かせない。
案内された時には、どこを向いても女子だらけで、テルコやナツと同じ一つなぎのセーラー服の女子高生が視界から絶えることはなかった。
もう数秒遅くここへたどり着かなかったら、誰かに土下座して謝っていたかもしれない。
教室というより物置のように長細い部屋で、壁際にはロッカーが並んでいる。
奥がわの壁は窓で、午後遅い光が眩しさと共に入り込んでいた。
ドア横のベンチに腰掛け、居心地の悪さに耐えている。
いまだにテルコもナツも来ない。
――そもそも何故ここにいるのかネ?
「ここへは案内されてきたって言ったろ」
……今、オレ……自分の問いに自分で答えた?
部屋には他に誰もいない。壁際に設置された丸い手洗い器も、蛇口はきちんと締まり、水音一つしない。
ここにいる理由――その説明には、まず案内してくれた女の子を思い出さなければならない。
黒髪を眉上で切り揃えた、地味な子であった。
小さな段差や足マットは問題ないのに、何もない廊下で二度転んだ子だ。
訊いてもないのに――大丈夫――と答えていた。
フォローすべきだったのだろうが、すまん。こっちもいっぱいいっぱいであった。
今はいない背の低いその子に謝った。
いや。原因ならもっと前へと遡れる。
昨日のことだ。
テルコとナツが部活に参加しろと勧誘に来て、異論さえ受け付けられるないまま、オレはここへ来た――いや、いや、待てよ。もっともっと遡れるな。
右腕のブレスレットを見た。
四日前の夜、病院でエレメンタルテリトリーに閉じこめられた時だ。
治療室から出てすぐにテルコと会い、『クモ』みたいな変な奴と会った。
――シレルは変じゃないネ。
「それはすまん」
思わず謝ってしまったが、周りに人影はない。
運動部の声が遠くに聞こえる。廊下にも人の気配は全くない。
また聞こえたよな。すごく近かった。
緊張感による疲労で幻聴?
大きくため息をついた。
それからナツと会って、次にシャロンと会った。
そういえばシャロンはどうしたんだ?
――彼女はあの空間だけであの姿になるネ。
「そうか、テルコがエレメンタルテリトリーを解除したから消えたってわけか」
顔を上げて、目だけで部屋を探ってみる。
相変わらず静謐そのものだ。
今、オレ、幻聴と会話した?
今度は返事もなかった。
しばらく息を潜め、耳を澄ましてみたが、声は聞こえない。
ただ、同じように何かを待っているような空気は感じる。
記憶の反芻を続けることにしよう。
病院の中の出来事より更に前があった。
そもそもなぜ病院にいたか、だ。
『カブト』――全てはあのラスボス戦から始まったのだ。
あいつは何を企んでいたのだろう。
制服のポケットに入れた『生きたビー玉』がオレを《エレメンタルテリトリー》へ引き込んだのだ。
同じサルノベ柔術の使い手。姿は――ヒューマノイド。
あの病院はこの女学院と同じ系列の施設であった。
偶然にしては出来すぎているが、あの戦いは偶然だろうし、ナツがやられたのも偶々だ。
仕組まれたというには、行き当たりばったり過ぎる。
――偶然も重なれば必然になるネ。
不思議とドヤ顔が見える。
全然上手いこと言えてないからな、と牽制球。
――それでどうなったネ?
全く動じない様子にオレは閉口した。
うん。明らかにこの声は聞こえている。
誰だ?
――続きを聞かせるネ。キリは話が長い。もっと簡潔にまとめるネ。
「言うに事欠いて――」
ベンチの下やロッカーの隙間を見た。
マイクの類も無ければ、もちろん誰もいない。
思い切ってロッカーを開けてみたが、どれも掃除道具が収まっているだけだ。
部屋にいるのはオレ一人だと証明はできた。
ベンチに戻った。
耳のみを澄ませる。
――続きを待ってるのネ。
身じろぐ音は一切無かった。遠い女子の喧噪のみだ。
つまり……この声は直接頭に聞こえている。
――そいつに勝ったのかネ?
意外にしつこい。ネ――ネ――ネ――とうるさい。
大きくため息をついた。
「負けたんだよ、見事に」
ついでに幻聴にも負けた。ダブルミーニング。
そう。あの勝負は審判がいれば三人とも相手の一本勝ちを告げたであろう。
負けたから病院にいたんだ。
あの『ビー玉』がクリスタルの代わりになったということは、『カブト』もこの女学院の仲間なのか?
「そういえば、なんかの機械と融合したヒューマノイドがいたとか、いないとかネ」
「どっちなんだよ」
隣に立つ人へ軽くツッコミを入れた。
「シレルも噂でしか知らないネ」
「噂だって決してバカにしたものじゃ――」
……え? 誰?
隣の人影を見た。まず腰だ。
水色のワンピースが描く、ふっくらとした曲線に沿って、視線を上げていく。
むき出しの二の腕とその向こうの隆起――からは無理矢理目を外し、更に上へ。
そこには女の子の顔が乗っていた。
三つ編みが二本、反対側にも同じ数で計四本。
桜川女子学院の生徒ではない。女子高生でもない。
それより、多分人間でもない。うん。
「体に融合していた機械からコアだけを取り出すなんて出来るかネ。でも実際やったのだろうし、体のアーマーが所々抜けてたのはそのせいかもネ」
考え込むように顎に手をやっていたその子が、やっとこっちを見下ろした。
目が合った。
口が――あ――の形で止まる。
その子の視線が自分の足下へ、そして両手へ移る。
「シレル、人の姿になってるネ。ね、ね――なってるネ」
今度はオレが彼女をじっと見返した。
この口調と雰囲気。まさか――?
突拍子もないことが浮かんでいる。
こいつは四日前の晩の『クモ』じゃないかと。
あいつはどこに消えた?
右腕のブレスレットを見た。
「キリ――」
と名前を呼ばれ、何の警戒心もなく顔を上げると、たわわな球体が目の前で揺れていた。
「ほりほり――」
彼女が自分の胸を両手で持って振るわせている。
「……何をしとるのかな?」
「シレル、こんな巨乳になるとは思わなかったネ」
嬉しそうに揉み拉いた。
服の上からでも大きさと柔らかさが見て取れる。
「やめんか!」
これ以上は堪え切れそうになかった。
鼻息荒く止めると、彼女はきょとんとした表情を張り付かせた。
やばい――本能的に身構えてしまう。
女の子がこういう顔をした後には号泣が待っている。
最大の苦手とする『女子の涙』だ。
ところが彼女は泣くどころか、顔を触ると一言
「鏡――」
と呟いた。
「ロッカーの中にあったぞ」
教えてあげると、跳ねるように近付き、開いて鏡に見入った。
「顔――。顔ネ」
その背中が嬉しそうに波打っている。
ため息つく間もない。
「キリ、これって美人ネ?」
振り向いた。
「ん?」
丸い目に大きな瞳。高いがそれほど主張してこない鼻。ぽってりした艶やかな唇。日本人にはない顔立ちだが、十分美人だ。
「そうだな」
キリがそう答えると、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。
「もし違うって言ったら泣くところだったネ」
「そりゃぁ――……危なかった――……」
また鏡に戻ってはしゃぐ姿に、思い切って疑問をぶつけてみた。
「なあ、お前――」
「シレル」
「ん?」
「シレル。それがシレルの名前ネ」
「やっぱりそうだったか」
名前を呼ぶのは少し照れるが、そう要求されたら仕方ない。
少し喉を整え、改めて。
「シレルは病院でオレと戦った『クモ』か?」
「そうネ。あの時の『クモ』ネ」
あっさり認めた。
「しかも恩返しに来ました――みたいな言い方しやがって」
「ん?」
シレルが鏡を止めてキリの方を覗いた。
よく見るとシレルの眉の位置に痣のような丸い点が三個ずつ一対ある。大中小と外側に向かって小さくなり、対照の並びはどこかクモの目のようだ。
「何で、人の姿に?」
「それ、壊れてるネ」
答えを期待してなかったから驚いてしまった。
「あ、そう。壊れてると人の姿で出てくるんだ――」
シレルが目の前まで戻ってきた。
「迷惑ネ?」
変な語尾のせいで断定なんだか、疑問なんだか、分かりづらい。
と思ったが、表情に感情が表れていた。
存在を否定されるのは悲しいのだ。それはひとだって同じだ。
「そんなことないよ」
「うれしいネ!」
正直に答えた褒美がシレルの抱きつきであった。
「シレルうれしいネ! キリとこうして話したかったネ! キリとこうして触れ合いたかったネ!」
頬にふれる二玉の柔らかさに、言葉は耳に入るだけで意味を伝えてくれなかった。
「何を騒いでいる!」
聞いたことのある怒鳴り声が聞こえた。もっとも視界はシレルの胸以外見えていない。
「ん――お前は誰だ? ここは確か――」
やばい。シレルの存在はまだ明かすわけにいかない!
慌てていると視界が開けた。
半身を廊下に出して部屋の表示を確認しているナツの背中が見えた。
「用具室だぞ」
向き直ったナツが目を見開いた。
「よう――」
ナツは返事も返さず、辺りを見回している。
中へ入ってくると、シレルが開け放ったままのロッカーをのぞき込んだ。
もちろん、そこにはいない。
ロッカーを閉めて戻ってきたナツは不可解な表情を浮かべたままだが、特に触れてこなかった。
彼女のプライドの高さが幸いした。
「探してたんだぞ。こんな所で何をしてる」
「オレが訊きたいよ。前髪ぱっつんの子にここへ案内されたんだ」
「ハナか――」
ナツは困惑と優しさの入り交じった表情を浮かべた。彼女には珍しい優しげな顔だ。
が、すぐに厳しさのみの視線をオレへ向けた。
「とにかくこっちだ」
「へぇ~い」
部屋を出る時にちょっとだけ振り返って室内を確認した。
シレルは本当に右腕のブレスレットに戻ったのだろうか……。
常に怒っているナツの後ろをとぼとぼついていく。
部室は別校舎にあるらしい。
怒り口調のままだが説明をしてくれた。
案内をしてくれた子の名前はサエジマ・ハナ。
彼女が入部した時に、部室へは案内されずに、さっきの用具室に連れていかれたそうだ。
ここで待つように――と。
いわゆる上級生のいじめだ。
ところがハナは斜め上を行っている。いじめと分かっていなかった。
だから部室に案内する時は必ず用具室へ案内するのだそうだ。
「教えてやらないのか?」
「いじめという悪意を信じてないのだ。通じんよ」
「じゃあ、案内させなきゃいい」
「困っている人に声をかけたり、人の嫌がる仕事を率先してやってしまう子なんだよ」
「なるほどね」
オレは苦笑を浮かべた。案内してくれたハナの印象にぴったりであった。
ナツが振り向いた。
「もしこの事でハナを責めたら――」
「大丈夫だよ。怒るほどじゃない」
「……なら、良いが」
ハナの目指すベクトルは急角度過ぎなんだろう。
中途な空滑りは迷惑だが、大いなる空回りはどこかへちゃんと着地するもんだ。
「お前を全部員たちに紹介するはずだったが、遠征に出てしまったから結局出来なくなってしまった」
「遠出?」
「地方の都市伝説の調査は泊まりがけになる。新幹線の時間があるから、もう出てしまっている。残っているのは君のチームだけだ」
ナツが足を止めた。
第二視聴覚室――ここが都市伝説調査部の部室らしい。
「諸君、お待たせした。チームメンバーをお連れした」
ナツに続いて部屋に入る。
まさかそんなマンガのような展開はないよな。そんな勘は意外と当たる。
低い可能性ではなかったようだ。
メンバーにサエジマ・ハナがいた。
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