第7話 ヒロインを取捨選択せよ

「ぐへへへっ! やっぱエルフは美人でいいなぁ! どーれ、売り飛ばす前にちょっと味見してやるか!」


 美しいエルフの女を前に、いかにも粗野な山賊らしき男は舌なめずりしながらそう言った。


「くっ……。誇り高きエルフである私が、こんな醜い男に……っ!」

「ぐへへへへっ! 弓使いは近付かれると脆いなぁ!」


 エルフの女は縛り上げられ、その周囲を十数名の荒くれ男が取り囲んでいる。おそらくあと数十秒もすれば、目をそむけたくなるような悲惨な陵辱が開始されることだろう。


 エイタとベルベッドの2人は、少し離れた小高い丘でその様子を見ていた。


「エイタ様! おそらく『ハーレム』とやらの候補です。推測するに、読者の要望なるものによって私たちの目の前に現われたのかと。救出すればハーレムの完成、ひいては平穏な生活に近付くはず!」

「分かってる!」

「いえ……それ以前に人として、このまま黙って見過ごすわけには生きません。エイタ様、助けに行かなくては!」

「分かってるって! 分かってるけど……!」


 エイタはぐるりと周囲を見回し、絶望のうめきを漏らした。


「げへへへっ、誰かこの奴隷を買わねえかぁ? もし誰も買わねえなら、さっさと処分しちまおうかと思ってるんだけどよぉ」

「うわぁっ、これは伝説の古代遺跡だ! 奥には古代文明が作った人造人間が眠っているらしい! 早く彼女を起こさないと、悪用をもくろむ組織に先を越されちまうぞ!」

「くくくくっ、まさかあの名家のお嬢様が、護衛1人だけでこんなとこをうろついてるとはなぁ! お供の騎士もろとも高く売り飛ばしてやるぜ!」

「あぁ、神よ! 完全に周囲を魔物に囲まれてしまいました! きっと誰かの救いの手がなければ、私はすぐにでも食い殺されてしまうことでしょう……!」


「分かってるけど……!」


 山賊に捕らえられたエルフ。商人によってまもなく殺されそうな奴隷の少女。古代遺跡の奥で眠るらしい人造人間。誘拐される寸前のお嬢様と護衛の女騎士。魔物に取り囲まれた聖女。

 おそらくすべて読者からの要望によって現われた、『ハーレム』要員の候補なのだろう。とにかくエイタの立つ丘の周辺で、合計6名の美少女たちが同時多発的に窮地に陥っていた。


 エイタは必死で頭をひねるが、どう創造クリエイトを使っても、全員助け出せるような時間的余裕はなかった。パピポラ・ペペモビッチの強制転送装置は『対象を宇宙船にワープさせる』『宇宙船にワープさせた人間を元の場所に戻す』の2通りでしか使えず、今回は生かせない。

 エイタの足は動かないまま1秒が過ぎ、2秒が過ぎ……


「2人見捨てましょう」


 いつも通り冷静なベルベッドの声で、エイタは我に返った。


「モデレーターなる男が要求したハーレム要員の数は私を除いて4名。危機に陥っている女性は6名。2名余分です」

「……ベルベッド」

「見捨てるべきはエルフと人造人間。彼女たちが瀕している危機の性質を鑑みるに、見捨てても即座に死に至ることはない。騎士+令嬢も同様ですが、こちらは1アクションで2人助けられるため優先度が高い」

「ベルベッド!」

「私は聖女の方を助けます。エイタ様は奴隷の少女を!」


 言うが早いが、ベルベッドはすでに聖女の方に走り出していた。


 彼女の意図は明らかだった。避けられない非情な決断を自分が行うこと。もしもエイタが見捨てる人間の選別を行えば、読者が嫌悪感からエイタを『ざまぁ』の対象にする恐れがあった。ベルベッドは意図的に露悪的な言動を行い、エイタに向かうはずだった読者のヘイトを自分に向けようとしたのだ。


 妻としての愛から来る献身的な行動。

 だがエイタは、それを受け入れなかった。


「エイタ様!? 違います、そちらは……!」

「いいや、こっちでいい! ベルベッドは遺跡の方に向かってくれ!」

「な、しかし!」

「俺を信じろ!」


 一瞬の逡巡ののち、ベルベッドは遺跡に向かって身を翻した。

 エイタは創造クリエイトでジェット噴射装置を作り、自分の体を発射させる。向かう先は、エルフを取り囲む山賊たちがいる方だ。


「なんだおま、ぶべえぁっ!」

「ぶぎゃっ!!」「ふげぇっ!!」「ぼぎょぉっ!!」

「悪いけど、今回お前ら1人1人ちゃんと相手する時間はないんだよ!」


 エルフの元にたどりついたエイタは、散弾銃で山賊たちを一掃する。原始的な斧を振り回す山賊たちが現代兵器に対抗できるはずもなく、数秒もかからずに決着は付いた。


「な……た、助けてくれたのか? ありがとう。私の名は――」

「いいから! あんた、弓使いなんだろ! 数百メートル先の的を正確に射抜けるか?」


 プライドを刺激されたのか、エルフの目がぎらりと光った。


「たやすいことだ」

「よし!」


 エイタは掌を地面に向け、下に向かって土台を創造クリエイトする。わずか数瞬でエイタとエルフの体は、地上数十メートルの高さにまで持ち上げられた。


「東方向の奴隷商人! 南東方向の誘拐犯たち! 南西方向の魔物数匹! できるだけ早く全て無力化してくれ! 難しいだろうが、できれば10秒以内に――」


 言いながらエルフの方を振り返って、エイタは絶句した。そのエルフが弓を引こうともせず、ただのんびりとくつろいでいたからだ。


「あ……あのな! 一刻を争う事態なんだよ! さっき言ってたのがホラ話じゃないなら、さっさと敵を片付けてくれ!」

「ふむ、ホラ話だと? 我が恩人よ。どうやら君は、エルフ族について詳しくはないようだね」

「はぁ? なんの話だよ!」

「ひとつ教えておこう。エルフ族が戦場で弓を引いていないならば、それはすでにすべての的を射貫き終えたことを意味する」


 エイタは振り返り、眼下の景色を確認した。

 呆然と立ち尽くす奴隷少女の隣で、頭から矢が突き出した商人が倒れている。

 いまだ警戒を続ける女騎士と令嬢の前には、誘拐犯たちの死体だけが転がっている。

 神への感謝を述べながら泣きじゃくる聖女の回りでは、魔物たちが肉塊と化している。


 そして古代遺跡からは、ぐったりとした様子の少女を背負ったベルベッドが姿を現わした。


「我が恩人よ。私はエイリーン・アロウ。弓の腕にかけてはエルフ族最上を自負している。君の名は?」

「あ……ああ。俺はエイタ。名字はない」

「そうか。エイタ、改めて礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


 そう言ってエルフ――エイリーン・アロウは、にこりと上品に微笑んでみせた。





「エイタ。エルフ族は受けた恩を必ず返す。私の弓で、君の道を塞ぐ者はすべて射貫いてみせよう」

「………わたし、これからどうすれば………」

「ふんっ、感謝なんてしてないわよ! エルザがいればあんな奴ら、お前の助けなんてなくてもやっつけられたんだから!」

「こら、メアリ様! ……申し訳ありません、エイタ様、エイリーン様。あなた方には後日正式に領主様から感謝状が出されることでしょう」

「ああ、神様! このような素晴らしい方々と巡り合わせていただいて本当に感謝します! やはりあなたは、私をお見捨てにならなかったのですね……!」

「わたし、感情ないんですよね。人造人間なんで。だから感謝とかもしてないです。……まあでもいちおう礼儀として、ありがとうございますくらいは言っておいてあげますね」


「……助けた後も大変だなぁこれ。こいつらの中から4人、俺にベタ惚れにさせなきゃいけないのかよ」


 エイタはため息をついた。耳ざとく聞きつけた令嬢が甲高い声で叫ぶ。


「まあほら聞いた? あたしたちをベタ惚れにさせるですって! 恩着せがましい妄想もここまで来ると立派なものだわ!」

「なああんた、あんまり人を不快にさせる言動を取らない方がいいぞ。とんでもなく悲惨な末路を迎えたくなかったらな」

「ひ……ひぃっ、エルザぁ~~」


 おびえて泣き出した令嬢を見て、エイタは自分の言葉が脅迫にしか聞こえないことに気付いた。慌てて弁解するが、令嬢が泣き止む様子はない。


「……ふぅ。ハーレム計画も、なかなか前途多難なようですね」


 ベルベッドはそう呟いて、ひそかにため息をついた。


―――――――――――――――――――――――


●今回反映したご要望

>取り敢えず定番は奴隷購入・山賊等に捕まったエルフ救出・遺跡の奥に眠る人造人間と契約かな


>ハーレム候補に、魔物に襲われていたり誘拐されそうになっている貴族の娘。

>と、護衛の女騎士。


>ハーレム候補に聖女は外せないでしょ!


●未反映のご要望

・スローライフを送る山奥は令嬢のパパの領地

・キーワード「マザァ」

・ざまぁという概念がざまぁされる


ハーレム進捗率:[1/5名]


次回に続きます。

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