第6話 物語の終わり、あるいは始まり

「……なあベルベッド。これ、なんだと思う?」


 突然目の前に現われたを見て、エイタは首を傾げた。


「……さあ。私にもさっぱり。見たことがない形状ですね」

「ああ。なんだろうな、上手く言えないけどこう、人間に似た形だけどどことなく禍々しいっていうか……」


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 ちょっと待て。


 なんだこれ。彼らが何について話しているのか分からない。


 いやちょっと待ってください、おかしいですね。彼らの物語は完全に僕の制御下にあるので、こんなことはありえないはずなんですが……


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「ちょっと待て」


 エイタはそう言って、謎の人型生命体らしきものの言葉を止めた。


「なんの話だ? 誰の物語が、何の制御下にあるって?」


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 は?

 なんですかこれ。なんで彼がこちらの発言を認識できて……


 ……ああ、そういうことですか。前回の応援コメントを確認してみましょう。


>ここでひとつ、作者ざまぁ回なんてないかなー?ないかなー?|ω・)チラッ


 やっぱり。

 思ったよりも早かったですね、この展開。


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「なあおい、答えろよ。あんたはいったい……」

「僕はモデレーターです。この世界を『小説』として、読者の皆様に届けるための」

「……はぁ? 急になんの話だ?」

「いいから聞いてください。時間がない。具体的には、最大であと2800文字ほどしか猶予がありません」


 エイタとベルベッドは顔を見合わせた。目の前の男(?)が何を言っているのかまったく「理解できない。少し頭がおかしいのかもしれない。だが彼が前触れもなく突然この場に現われたという事実を無視するわけには……」


「おい、なんなんだ。なんで急に俺の心情を描写し始めるんだよ」

「ああすいません、ついクセで。なんせ前回まではずっと僕が地の文を担当していたもんですから」

「さっきから意味が分からん。あんたはいったいなんの話を……」

「この世界は小説を生み出すためだけに作り出された箱庭なんです。エイタさんもベルベッドさんもその中の登場人物。エイタさんは主人公ですよ。もちろん自覚はないでしょうけどね」


 エイタとベルベッドは再び顔を見合わせた。


「もっとも普通の小説ではありません。特筆すべき点は2つ。基本的にすべての章で悪人が自分の行いの報いを受ける『ざまぁ』と呼ばれるイベントが発生すること。そして読者の要望が可能な限りこの世界に反映されるということです」

「……ざけんな、そんな話信じられるわけ」

「覚えはありませんか? 急に不自然な流れで自分を虐げようとする者が現われたり、その者が即座に強烈な制裁を受けたり。『ザ・レイダーズ』、ヴィヴィアナ・ルーベクシア、リン・クーリ、姫勇者リリアナ、パピポラ・ペペモビッチ……」

「…………」

「まあ、今は信じなくても構いません。いずれ嫌でも分かるでしょう。ただひとつ、あなたに伝えたいことが……ぐぁっ」


 モデレーターを名乗った人型生命体の形が一瞬ぐにゃりと歪み、苦悶の声を漏らした。


「な……なんだ。大丈夫か?」

「あんまり大丈夫ではないですね。モデレーターとしての力が暴走しています。まもなく僕は虚無の世界に転送され、主観時間にして5億年ほど地獄の苦しみを味わったあと死ぬでしょう」

「は……はぁ!? くそ、なんとか助けてやるから――」

「無理ですよ。僕が今回の『ざまぁ』の対象です。……ま、登場人物の上位存在として言いたい放題のキャラが好感なんて持たれるはずないですからね。これは既定路線です」

「大丈夫だ、なんとかしてやる! 俺の創造クリエイトを使えば方法は……」

「……駄目ですエイタ様! どうやら我々はこの存在に触れることが出来ないようです。物理的な干渉は不可能かと!」

「無理ですって。『ざまぁ』には誰も逆らえない。それがこの世界の根本原理ですから」


 人型生命体の体が何度も歪み、そのたびに苦悶の声が漏れる。


「ぐ……。そして本題はこれです。エイタさん、ベルベッドさん。このままだとおそらく、あなたたちもいつか『ざまぁ』の対象になる」

「は……!?」

「いや、もう次の章で対象になる可能性すらあるんです。たったひとりの読者が気まぐれで『主人公がざまぁを受けるのも見てみたいなぁ』と書き込めば、それであなたの人生は終わる。いかにあなたが強くても、読者の要望には絶対に太刀打ちできない」

「んな理不尽な……」

「そういうものなんですよ、この世界は。当面はとにかく見ている人を不快にしない言動を心がけるしかないでしょうね」

「……つっても、どれだけ気を付けてても誰も不快にさせないなんて不可能だろ」

「いえ、そもそも。彼の話が正しいなら、特に不快になんて思ってない誰かの気まぐれでも、私やエイタ様は殺されうることになります」

「飲み込みが、ぐっ……。早いですね。その通りです」


 人型生命体の歪みはどんどん大きくなっていった。その形はいびつにねじれ、ほつれ、もはや人型と呼べるか怪しい形になっている。


「あなたたちの立場は不安定で、この世界には絶望しかない。だけど1つだけ、あなたたちが平穏に暮らせる道があります」

「! 教えてくれ、それは一体……」

「簡単です。山奥でハーレムを作って、この物語を終わらせるんですよ」

「……は? なんだそれ、今の話と関係ねえだろ」

「関係あるんですよ。なんせこの物語のタイトルは『チート能力を持って転生した俺だったが、S級パーティから追放され、幼馴染からも婚約破棄。仕方ないから山奥でハーレム作ってスローライフ送ります~俺を失ったパーティと幼馴染は没落。今さら謝ってももう遅い~』ですからね。少なくともこのタイトルの要素がすべて回収されないうちは、物語は絶対に終わりませんよ」

「ふ……ざけんな! 俺にはベルベッドという妻がいるんだ! ハーレムなんて絶対にお断りだ!」

「やだな、3話で離婚したのを忘れたんですか? 法的な問題はないですよ」

「そういう問題じゃねえよ!」

「エイタ様。……私は構いません。もしもそれが、エイタ様と私が平穏に暮らせる世界のために必要なのであれば」

「……ベルベッド。でも!」

「ベルベッドさんは……ぐ、ぁっ。……物分かりがいいですね。そういうことです。まあハーレムと言うからには、あなたにベタ惚れのキャラが5名くらいは欲しいところですね。がん……がっ、がんばってください」

「……!」


 すでに人型生命体は、単なる黒いひずみの集合体のようにしか見えなくなっていた。エイタがそちらに手を伸ばすが、その手は当然のようにひずみをすり抜けた。


「前回までは僕が、ぐっ、僕が物語の流れを制御していました。しかし今回以降僕は消える。かはっ、結末には、あなた自身の力でたどり着くしかないんです」

「………!」

「ああ、読者の皆様はっ、く、ご安心ください。ぐっ。今後も応援コメントでの要望は自動的に、っ、反映されますから。ぐぁっ。積極的なコメント投稿を、よろしくおねがいしま、がはぁっ!」

「おい、もう喋んな!」

「いえっ、く、これだけ。最後にこれだけは、ぐ、言わせてください」


 黒いひずみがぐにゃりと形を変え、笑みのような形を作ったように見えた。


「それでは、っ! ……それでは、また、次回もお楽しみに!! シーユーネクスト、ざまぁっ!!!」


 そして空間全体がぐにゃりと歪み、黒いひずみは消滅した。

 そこには最初から何もなかったかのようで、しかしただ寂寞としたなにかのかけらだけが感じられる。

 エイタとベルベッドはしばらくの間、何も言葉を発さず、ただその場に立ち尽くしていた。

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