第3話 誰がざまぁを受けるべきか?

「エイタ様。あなたには私と離婚し、この家を出て行ってもらいます」


 元メイドでエイタの妻のベルベッド・クーリは、そう言って離縁状を叩き付けた。

 場所はクーリ家邸宅。『ザ・レイダーズ』を抜けて久しぶりに邸宅に帰ってきたエイタを迎えるために親族一同が結集している。

 突然のベルベッドの言葉に、真っ先に抗議の声を上げたのは、エイタの妹のリンだった。


「急に何を言い出しますの、義姉さま! エイタ兄さんがこんな時に、冗談はやめてくださいな!」

「冗談ではありません。すでにそのための準備は済ませてあります」


 ベルベッドは冷たく言い放った。


「お義父様が亡くなって以降、エイタ様はクーリ家の当主になっていました。にもかかわらずエイタ様は冒険にかまけ、家のことはほったらかし。本当に愚鈍な男……。そんなことだから、家のすべてを妻に乗っ取られるのですよ」

「乗っ取り、だと?」

「そうですよ、エイタ様。妻となってからの私は邸宅のすべてを取り仕切っていました。あなた名義の資産を私の名義に変えるのもたやすいこと。家紋の入った印章まで私に預けたのは迂闊でしたね」

「く……!」

「ふ、ふざけたことを! 裁判所に突き出してやるわ!」

「無駄ですよ。資産の移管はすべて王国法に定められた正当な手続きによって行いました。どうあがいてもクーリ家はすでに私のものなのですよ、リン様」


 元々クーリ家のメイド長だったベルベッドは、その完璧な仕事ぶりに定評があった。彼女がミスを犯すことなど考えられない。おそらくベルベッドの宣言は事実なのだろう、と大広間に並ぶ面々の大半は確信する。


「え、エイタ兄さん……。これじゃ本当に、この女の言う通りにするしか……」

「離婚調停などにもつれこませて、数少ない残った個人資産を目減りさせたくはないでしょう? エイタ様、ご決断を」

「……分かった、ベルベッド。離婚を受け入れよう。クーリ家も出て行く」


 エイタは力なくそう言った。誰の目にも明らかな、それは敗北宣言だった。





「うまく行ったわね、ベルベッド」

「ええ、リン様。ご協力ありがとうございました」


 エイタの追放が終わったあと、2人の女がクーリ家の執務室で話していた。1人はベルベッド。もう1人はリン・クーリだ。


「それにしても感心したわ。さすがの手際ね」

「いえ、リン様の助けあってのことです。資産の移管をずいぶん手伝っていただきましたし、先ほども会話の流れを私の都合の良いように誘導してくださいました」

「……ふん、今さらエイタ兄さんに当主面されても困るのよね。クーリ家の土地もお金も、もう私たちのものだわ」


 エイタは『ザ・レイダーズ』で稼いだ金銭の一部をクーリ家で管理していたのだが、リンをはじめ何人かの親族はこれを使い込んでいた。いずれエイタにすべてが露見することを恐れたリンたちはベルベッドのクーリ家乗っ取りに協力し、エイタを家から追い出すことにしたのだった。

 ベルベッドが喜びのためか肩を震わせるのを見て、リンも笑いながら言う。


「ふふ、ベルベッド。笑いが止まらないって感じね」

「ええ、本当に。まさか一介のメイドにすぎなかった私が、貴族家の当主にまで上り詰められるとは」

「まさにシンデレラストーリー、夢があるわよねぇ。……でもね、ベルベッド。私としては思うのよ。下級市民出身のブタが私たちの家を支配するなんて我慢できない、ってね」

「は?」


 リンの言葉を合図にしたかのように、執務室にぞろぞろと何人かが入ってきた。クーリ家の顧問弁護士、かかりつけ医、エイタの弟、叔父、いとこ……。


「……この方々はどういう組み合わせですか? あまり共通点のなさそうな集団ですが」

「あら、ベルベッドさんがこう仰ってるわよ。みんなで自己紹介しましょう」

「は??」

「「「「「「我々は、クーリ家の財産で甘い汁吸いたい軍団です!!!」」」」」」

「は????」

「顧問弁護士さん、彼女に財産目録を見せてあげて?」


 得意満面の笑みを浮かべながら、顧問弁護士が分厚い冊子をベルベッドに差し出す。ベルベッドはそれをひったくるように奪い、猛烈な勢いでページをめくって確認する。


「……なんですか、これ。私の財産がひとつ残らず、別の名義に書き換えられて……」

「いやぁ。考えたんだけどね、ベルベッド。下賤なブタに家を牛耳られるくらいなら、私たちみんなで仲良く財産を分けた方がいいかなって!」

「あなたのようにスマートな方法ではなく、我々はゴリッゴリに違法な名義の書き換えを行いましたが。しかしこちらは証人として大量の協力者を抱え込んでいます。ここにいるメンバー以外にも、クーリ家の財産で甘い汁吸いたい軍団はたくさんいますからね」

「つまり裁判になったらあんたに勝ち目はないってわけ。ありがとな、ベルベッド! さっき親族全員の集まりであんたが悪者になってくれたから、それを追い出した我々は英雄になれる! 金も名誉も総取りってわけよ!」

「は………?」


 にまにまと笑いながら、リンがベルベッドの耳元に顔を近付けてささやく。


「じゃ、そういうことだからさ。バカなエイタ兄さんと同じように、あなたもさっさと出て行ってもらえるかな?」


―――――――――――――――――――――――


 というわけで、今回のざまぁはここまで!

 ムカつくベルベッドとかいうのが追放されてすっきりしましたね!

 それでは、また次回もお楽しみに! シーユーネクストざま……


 あ、はい。分かってますよ。ちょっとした冗談じゃないですか。

 しょうがないなぁ。では続きをどうぞ。


―――――――――――――――――――――――


「ふふ……ふふ。ふふふふふっ」


 ベルベッドが執務室を出て行ったあとも、リンは1人で笑い続けていた。

 今回の企みを主導したリンは、この邸宅をはじめ多くの資産を手に入れていた。抑えようとしても笑いが止まらないのだ。


「あは、あははははっ!! ついに、ついに私の物! この広い邸宅が全部! 私の物に――」

「あ、すいませーん。ちょっと失礼しますねー」


 突然、どやどやと業者らしき者が執務室になだれ込んできた。あっけに取られるリンをよそに、彼らはなにやら部屋の寸法などを取り始めている。


「な……なに、なんなの!? 出て行きなさい、ここは私の邸宅よ!」

「え? 何言ってんすか。今日のこの時間から50年間、我々がこの邸宅を借りるって賃貸契約を結んでるんすけど」

「は?」

「ほらこれ、賃貸契約書」


 リーダー格らしい男がぴらりと紙面を見せる。そこには確かに、ベルベッドの署名とクーリ家の印章があった。


「な……バカな! こんなの無効よ! この邸宅の名義人は私! ほらこれ、財産目録を見なさい!」

「え? いやこれ名義変わったの今日じゃないすか。賃貸契約書はそれより前に結ばれたものなんで有効っすよ。契約は名義を継いだあんたに承継されるっす」

「は??????」

「いやぁ、初めてこの邸宅を見た時にぴんと来たんすよね。俺が求めてるのはこれだ! って」

「ちょ……待ちなさい。あなたいったい、この邸宅を何にするつもり?」

「養豚場っす。貴族の邸宅で贅沢に育てられたブタ、って触れ込みでブランド化する予定っすね」

「は????????????????」


 あまりの衝撃にリンはふらっと体勢を崩し、丸まったような姿勢で床に倒れ込む。

 そしてそのまま、リンの意識は遠ざかっていった。





「というわけで。賃貸契約を結んだり抵当権を設定したり、あの家の資産価値はあらゆる方法で金銭に変換して持ち出し済みです。彼女たちが手に入れたのは、中身のないすかすかの資産ばかりなんですよ」

「……相変わらず敵に回したくない人だな、ベルベッドは」


 リンが衝撃に倒れた頃、エイタとベルベッドは仲睦まじく歩いていた。


「それにしても、ごめんなベルベッド。悪者にしちゃって」

「いえ。ああでもしないと、エイタ様はクーリ家から逃げられませんでしたから。……これで我々は2人ともクーリ家から追放され、あの家とは無関係の人間になりました。これからどうするんです、エイタ様?」

「そうだなぁ……。俺を見下すパーティとか勘違い幼馴染みとか金の亡者な親族とか、もううんざりだ。できれば人のいない山奥にでも行って、まったりとした生活を送りたいかな」

「かしこまりました。手配しましょう」

「はは、頼もしい」


 王都を歩き去る2人を祝福するかのように、沈みかけた夕陽がいつまでも彼らのことを照らし続けていた。


―――――――――――――――――――――――


 やっべ字数がギリだ。やっぱ今回複雑すぎるって。

 それでは、また次回もお楽しみに!! シーユーネクストざまぁ!!

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