第7話 砂嵐

「う、うぁぁ……」

 視界が乱れている。昨日、七美が死んだ時と同じ砂嵐が広がっている。

 ザーッという耳鳴りのような音がだんだん小さくなっていくのと同時に視界がクリアになっていく。何なんだ? 今のは。今までこんなこと起きたことがない。

「あれ……?」

 俺は、視界がもう乱れていないか確認するために辺りを見回していた。視界に乱れはなかった。しかし、自分の部屋に見覚えのないものがあった。それは一冊の赤い表紙のノートだった。

 なぜ、買った覚えのないノートがあるんだ?昨日まではなかった。絶対に。

 俺は恐る恐るノートの表紙を開いた。

「……!?」

 表紙を開いた1ページ目には、たった一文だけしか書かれていなかった。


『横内美鈴の殺害』


 これは何を意味しているのか。美鈴が殺されてしまうのか、それとも俺が美鈴を殺せという指示なのか。どちらとも取れる気がする。

「雄介~? 遅刻するわよ~?」

 リビングの方から母の声が聞こえる。母が毎日俺を呼ぶ時間にすでになっていた。

 今日も変わらず7月9日月曜日。平日だから学校だってある。さぁ、学校へ行こう。七美に聞けばまた何か分かるはずだ。


                  ∞


 今日は寄り道もせず、トラックにも轢かれずに学校にたどり着くことができた。

 母には既に実家の方に行くように伝えてある。大丈夫。これで準備はできた。

 教室に入ると、既に七美はいた。一番端の席で音楽を聞きながら外を眺めていた。

「おい、七美。聞きたいことあるんだけど」

 話しかけると七美はすぐに振り返った。相変わらずヘッドホンは外さない。

「あぁ、お前か。前回はダメだったからな。ここで話すには騒がしすぎる。外に出よう」

 そう言って七美は立ち上がった。確かに教室は騒がしくてゆっくり話せる状況じゃない。この騒がしさは主に普段接点のないはずの俺たちが話してるのを奇異の目で見ている連中が原因だ。見ててそんなに面白いか。

「なんで教室ってこんなに騒がしいんだろうな」

 七美は心底不思議そうに聞いてくる。どうやら七美は人の目というものに疎いようだ。俺は七美に曖昧に答えながら教室をでた。


                   ∞


 商店街をブラブラ歩きながら話を始めた。

「赤いノート?」

「そう、見たことがないノート。それについて何か知らないか?」

「何か知らないかと聞かれてもな……。私自身そのノートを見たことがないからな。……それに、私がなんでも知ってると思うな」

 それもそうだ。七美がすべてを知ってるわけないのだから。

「そのノートに何か書いてあったのか?」

「……いや、何も」

 そう答えると七美は「そうか」と言って黙ってしまった。何か考えてるようだ。

 とっさに俺は嘘をついてしまった。ノートの1ページ目にはちゃんと『横内美鈴の殺害』と書いてあった。しかし、言うことをためらってしまった。何故だろう。何だかもやもやする。その言葉を言ってしまうとそれが現実に起きてしまうような気がしたからだろうか。そんな不安だかよく分からない感情が胸の中を渦巻いている。

「どうした? 顔色悪いぞ?」

「え、あー、暑くてバテたかな?」

 七美は怪訝そうな顔をして聞いてきた。それに俺は精一杯の笑顔で答えてみる。

「そうか。他に聞きたいことはあるか?」

「んー、あった気もするけど色々ありすぎてよく分かんなくなっちまった」

「呆れるな」

 俺が笑うと、七美もつられたように微笑んだ。その微笑みを見ながら俺は、笑ったとこ初めて見たな、なんて思った。

「キャァァアア! 危ない!」

 何処からか悲鳴が聞こえた。

 悲鳴のした方を振り返る。走ってくる全身黒ずくめの人物がいた。こいつ、どこかで見たことがあるような。

 その人物の後ろには、血溜まりの中に倒れる人と悲鳴を上げてる人、逃げ惑う人がいた。

 そうだ、こいつ通り魔だ!!

 まずい、こっちに走ってくる。逃げないと!!

「七美! 逃げるぞ!」

 俺は七美の腕をつかんで走り出した。一瞬遅れて七美も反応し走り出した。

「何なんだあいつは!?」

「俺だって詳しくはわからねーよ! とりあえず通り魔だ!」

「通り魔ぁ!? どうすんだ!?」

「どうもこうも逃げるしかないだろ!!」

 走り出して結構経ち、息も上がってきた。

 後ろを見ると通り魔もバテた様子で走っていた。

 この様子ならもう走らなくても大丈夫かと思った。

「二人で仲良く追いかけっこ? 楽しそうだね~」

 その時、前方から声がした。聞き覚えのある、馴染みのある声。

「美鈴っ!」

「横内!?」

 前には美鈴がいた。

 美鈴はニコッと微笑み、手に持っていた黒い塊をこちらに向けた。それは拳銃だった。

「バイバイ、雄介。また明日」

 そう言い、躊躇なく美鈴は引き金を引いた。

 弾は見事に俺の胸に命中した。

「ぐぅ……!!」

「長沼!!」

 胸が熱い。燃えているようだ。出血のせいか視界が歪んで見える。

「もっとさぁ、面白いゲームにしようよぉ」

 美鈴がケタケタ笑っている。その顔もだんだん暗闇に包まれていき、ついに視界は全て闇に染まった。


 長沼雄介死亡により――――


                G A M E   O V E R

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