第6話 七美織姫

「美鈴ぃぃぃい!!」

 俺は飛び起きた。目の前で美鈴がトラックで轢かれてしまうのを何とか止めようと手を伸ばした。

 しかし、今目の前にあるのは本棚。もちろん俺の部屋の。やっぱりあの時美鈴を止めることはできなくて、美鈴はトラックに轢かれてしまった。そして、世界はまた元通り。7月9日月曜日に戻ったのか。

「あー、もう訳分かんねぇよ」

 俺はベッドに倒れこんだ。なんで美鈴は昨日、俺を助けたんだよ。いつも殺すじゃねぇか。なんの気まぐれだよ……。もう、このまま眠ってしまいたい。そして、次に目が覚めるときにはちゃんと明日になっていてほしい。繰り返してるのなんてやっぱり夢だったんだって思いたい。

「雄介ー? 早く起きないと美鈴ちゃん先に行っちゃうわよー?」

 母の声が聞こえる。あぁ、学校に行かなくちゃいけないのか。もう既に聞いた授業を聞きに行くのか。それはめちゃくちゃかったるい。でも、学校に行けば美鈴がいる。美鈴にまた、何か聞けるかもしれない。

 そう考えながら、俺はのろのろとベッドから立ち上がり、ゆっくりと支度をした。支度をするのに結構時間がかかってしまった。そして、普段家を出るよりも少し遅い時間に家を出た。


                                ∞


 家を出た直後から日差しが強い。家の近くはまだ日陰が多くてまだいいが、大通り沿いは日陰がほとんどなくてめちゃくちゃ暑い。暑いせいなのかわからないが、頭が重い気がする。暑いせいじゃなくてもしかして風邪でも引いたかな……。ん? 繰り返す世界の中で風邪って引くもんなのか? 疑問がまた一つ増えてしまった。

 頭が痛いせいかぼんやり歩いていると、あの横断歩道。今日は辺りを気にせずに渡ってしまった。

「危ない!」

 そんな声とともに俺は腕を引っ張られた。思い切り後ろに引っ張られたため、俺は尻餅をついてしまった。その直後、目の前を猛スピードを出したトラックが走り去った。危ない。またトラックに轢かれるところだった。

「あんた、バッカじゃないの!?」

 俺は後ろから叫ばれた。多分、この後ろで叫んでる人が俺を助けてくれたんだと思う。

「えっと、ありがとう?」

 俺は振り返り、とりあえず後ろにいる人にお礼を言った。その人は何処かで見たことのある人だった。昨日、美鈴と一緒で教室で俺のことを睨みつけていた奴だ。

「えっと……」

「あんた、長沼雄介よね?」

「そうだけど……」

「じゃあ、あたしに協力しなさい」

 彼女、七美織姫は命令口調でそう言った。


                                ∞


「で、俺は何を協力すればいいの?」

 横断歩道で話をするのは嫌だという七美の意見で俺たちは公園に移動した。七美は会った時からヘッドホンをしていて今もしている。外す気はないらしい。ちゃんと聞こえているのだろうか? どのぐらいの声の大きさでしゃべったらいいか分からない。

「お前、声でかいぞ」

「あ、悪い」

 どうやらちゃんと聞こえているようだ。

「私がお前に協力してもらいたいことはただ一つ。この繰り返す世界から抜け出すことに協力しろ」

「え……。七美、お前も繰り返していることが分かっているのか?」

「あぁ、もちろんだ」

 まさか、俺と美鈴以外にこの世界の繰り返しを自覚している奴がいると思わなかった。

「じゃ、じゃあこの世界から抜け出す方法を知ってたりするのか!?」

「知ってたらお前に協力を頼んだりはしないだろう」

「そ、そうだよな」

 ギロリッと睨まれてしまった。俺、なんか悪いことしたかな……。

「その様子からすると、まだほとんど分かっていないようだな……。とりあえず、知ってる限りの情報を寄こせ」

「七美さんのご察しの通り、大した情報持ってませんよ」

「……使えない奴だ」

 七美は小さく呟いた。その声はとてもイラついているようだった。

「てかさ、俺、美鈴、七美さん。こんだけ自覚してる奴がいるんだったら、他にも自覚してる奴、いるんじゃねぇの?」

「いや、いない」

 七美はきっぱり言い切った。

「私たち以外で自覚してる奴は見たことがない」

「そんなの見ただけじゃ分からないだろ?」

「いや、分かる。自覚していなければ何回だって同じ行動を取る。だけど、自覚がある奴が同じ行動を取ることができない」

「でも、細心の注意を払えばもしかしたら」

「できない」

 七美は俺の言葉を遮るように否定の言葉を口にした。

「現にお前は同じ行動を取っていないだろう?」

 確かにそうだ。俺は同じ行動を取っていない。むしろ、毎回違う行動を取って違う方法で解決しようと試みている。もし、他に自覚のある奴がいたとしたら、やっぱり俺みたいに半パニック状態になって同じ行動を取ろうとは思わないだろう。

「だから、何か知っている奴と他の奴との見分けは簡単にできる」

「そうだね。だから、私も雄介を見分けられたんだよ?」

「美鈴!?」

「何!?」

 いつの間にか、七美の背後に美鈴が立っていた。

「くっ!」

 七美は顔を苦痛の表情に変えたと思うと、倒れてしまった。

「おいっ! 大丈夫か!?」

 大丈夫なはずがないのは見て取れた。七美は腹から出血している。美鈴に刺されたのだ。美鈴はべっとりと血がついたナイフを握りしめている。

「余計なことするからこうなるんだよ、織姫ちゃん」

 そう言いながら美鈴は微笑んだ。七美は意識朦朧としている。

 その時、世界が壊れ始めた。テレビに砂嵐が入ってしまうような感じ。

「ど、どうなってんだよ!」

「どうって……。世界が戻るんだよ?」

 俺の言葉に答えたのは美鈴だった。

「いつものことじゃない。今更何言ってんの?」

 美鈴は不思議そうな顔をした。

「だって、いつもこんな終わり方しないし……。それに、俺も美鈴も死んでない!」

「あぁ、そういうこと」

 また美鈴の表情は一変し、つまらなそうな顔をし、そして一番見たくない歪んだ笑顔を向けた。

「それは織姫ちゃんが゛重要人物″だからに決まってるでしょ?」

 同意を求めるように七美を見下ろすが、すでにこと切れているのか反応はない。それをつまらなく思ったのか、七美のことを蹴っ飛ばした。

「そろそろ時間だね」

 先ほどから砂嵐が酷くなっていく。世界が終るらしい。

「次のゲームはどんなストーリーになるんだろうねぇ」

 楽しそうなのんびりとした口調で美鈴は言った。

 そして、その言葉が終ると同時に世界が崩れた。



  七美織姫死亡により――



                 G A M E   O V E R

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