第5話 重要人物
目が覚めたのはいつもと変わらない、7月9日月曜日。
えっと……。昨日は、俺が死んだんだっけ? いや、違う。美鈴に突き飛ばされて……。
「そうだ……。昨日は美鈴が死んだんだ……」
今までは俺が死んでいた。しかし、昨日は美鈴が死んだ。ということは、人が死ぬとこの世界は繰り返すのか……。
いや、前に母さんが死んだこともあったな。そのときは、繰り返さなかった。俺が死んでから繰り返した。それはたまたまなのか? いや、それまではいつも俺が死んだ瞬間世界は終わった。昨日の美鈴のときもだ。俺と美鈴。何か共通点は……。
「あっ……」
そうだ、美鈴が言ってたじゃないか。重要人物って。カギはやっぱり重要人物なんだ。
でも、結局“重要人物”って何なんだ? 何が重要なのかもよく分からない。
「雄介ー? 遅刻するわよー?」
気づけば学校に行く時間。考えすぎた。
俺はさっさと支度をして、学校へ向かおうとした。玄関でくつを履き、ドアに手を伸ばしたとき、俺は思い出した。危ない、忘れるところだった。母さんにいっとかないとだな。
「母さん、今日さ、部活のメンバーで集まりあるんだよね」
「あら、そう。じゃあ夕飯の支度しておく?」
「いや、外で食べてくるよ。……集まりやんの、家になっちゃったんだよね。だから、うるさくもなるし、母さん、夜出かけてきたら?」
「何言ってんの。子供達だけじゃダメよ。歯止めがきかなくなるでしょ」
母さんは少しムッとした顔で言った。
「大丈夫だよ。今日は美鈴だっているし」
「美鈴ちゃんがいるのか……。じゃあいいわ。母さん、夜出かけてくるわ」
この母さんの美鈴に対する信頼は何なんだろう。
「ありがとう」
「美鈴ちゃんによろしく言っておいてね」
「分かった。いってきます」
「いってらっしゃい」
そして、俺はドアを開けた。母さんを説得することは成功した。あとは俺が死ななければいい。死なずに今日を過ごせばいい。
∞
待ち合わせ場所に美鈴の姿は無かった。待ち合わせ時間に来なかったから先に行ってしまったのだろう。今から行ってもどうせ遅刻なので、俺はのんびりと歩いて行くことにした。
少し歩くとすぐに横断歩道。一番初めに俺がトラックで轢かれた場所。あのときの事を思い出すと背筋に寒気が走る。
横断歩道を渡るとき、思わずあたりを見回してしまった。トラックや車がいないかどうか。右にも左にも車の気配はない。それを確認して、やっと安心して渡る。できるだけ早足で。
その後、歩きながら色々考えた。
重要人物とは何か。
世界は何故繰り返すのか。
美鈴は何故、俺を殺すのか。
この中で一番の問題は美鈴な気がする。俺を殺すくせに、昨日はヒントをくれた。一体何がしたいんだ?
「訳わかんねー。ってか暑っ」
思わず独り言が漏れてしまった。日はだんだん高くなり、気温もどんどん高くなる。もう7月なんだよな。通りで暑いことだ。
学校まで30分の道のりを1時間以上かけて歩いた。
教室に冷房が入っていることを願いながら、教室の扉を開けた。
「おぉー、涼しい~」
ここは天国だな。
「そうだなー。外と比べたらここは天国だろうなー。長沼、何で遅刻したんだ?」
教室という天国には鬼がいました。
「ね、寝坊っす」
「寝坊かー。いい度胸してんなー」
俺は授業真っ最中の教室に入ってしまった。しかも数学。鬼教師。最悪だ。時間を見て入ってくればよかった……。
「……まぁいい、早く席に着け」
「はい」
お、今日は鬼じゃない? ラッキー。
俺はさっさと席に着いた。
授業はすでに結構進んでいて、もう今からついていくことは無理だろう。
俺は窓の外を眺めた。鳥が楽しそうに飛んでいる。俺も鳥のようにただ空を飛んでいるだけの存在だったらどんなに楽だったことか……。こんな繰り返す世界のことで悩まずに済んだだろう。繰り返す。同じ日を永遠に。何で繰り返してんだ? 同じ日を繰り返しても何も楽しくない。何にも進まないんだろう? そんなの面白くない。そもそも繰り返すって何だよ。映画じゃあるまいし。そんな非現実的なものが起こるはずがないんだ。やっぱり夢なんだろうか。ずいぶん長い夢だな。そんな夢、早く終わって欲しい。
「はっ! もしや!」
俺は最初の横断歩道で実は本当に死んでいてた。その時をずっと繰り返している。自殺した人がそこで繰り返すみたいに……!
……ってそれじゃダメじゃないか。この話の通りだと、繰り返しは終わらないじゃないか。
「何も解決できねぇ……」
「だろうな。教科書も何を開かずにぶつぶつ呟いているだけじゃ問題も解けないだろうな」
ん? 今、誰か俺に話しかけたか? 俺は目線を上に向けた。目の前に立っていたのは鬼教師。
「げっ」
「遅刻してきた上に授業を聞いていない……。いい度胸じゃないか」
鬼教師はにっこりと笑っている。目は笑っていないが……。
「今日放課後、補習な」
「はい……」
あんな恐ろしい笑みで言われたら誰でもうなずくしかないだろう。
クラスメイトはくすくす笑っている。男子は馬鹿にし、女子は笑う。しかし、その中で笑っていないものもいた。美鈴だ。すごく冷たい目をこちらに向けている。背筋が凍るようだ。鬼教師よりも恐ろしいような気がする。
俺は、美鈴への恐れを隠すように笑った。クラスメイトたちはそんなことには気づかなかったようで、「馬鹿だなー」とか言ってくる。俺はそれに「最悪だ」と返した。
そんな和やかな雰囲気の中、美鈴の他にも俺に冷たい目を向けてくる奴がいた。でも、その目には俺を非難するための冷たさ意外にも何か混じっている気がする。そいつは俺がじっと見ているのに気づくと、プイッと目を逸らした。一体なんだったんだ?
∞
放課後、鬼教師にみっちりしごかれた俺は、予定より遅めの帰宅をすることになった。時刻は夕方、恐らく家にはあの通り魔がいるころだろう。今から帰って通り魔と鉢合わせになっても困る。それは避けたい。ゆっくり帰ればいなくなるだろうか。
そんなことを考えながら俺はフラフラ校門を出た。
人通りが少しずつ多くなる時間。車の通りも多くなってきた。少し不安を感じてしまう。このまま何もなく過ごせるといいが……。
少しすると、大きなショッピングモールが見えてきた。そこはこの街で一番人が集まるところだ。平日だろうが休日だろうがいつも人で溢れている。夕方なので今日も人が多い。こんなところで事故が起きたら悲惨だろうな……。
「ってさっきからそんなことばっか考えてんなー、俺」
自分自身にあきれてしまった。一回頭冷やすか。
「危ない!」
何処からか誰かに危険を知らせる声が聞こえてきた。なんかあったのか?
辺りを見回すと、猛スピードで走っているトラックを見つけた。危ないな、あのトラック。
その時、トラックが突然向きを変えた。俺の方に。
「畜生! 結局轢かれんのかよ!」
どうにか止まってはくれないだろうか。俺はトラックの運転席を見た。あれ……? 運転手がいない? 違う、座ってはいるんだ。ハンドルに突っ伏している。寝てんのか? 畜生畜生!!
「雄介! 危ない!!」
「えっ……?」
俺はその声と共に弾き飛ばされた。誰かが俺を突き飛ばしたんだ。突き飛ばされたおかげで俺はトラックに轢かれることはなくなった。しかし、俺を突き飛ばしたあいつが、あいつが轢かれてしまう!
「何で……」
「良かった……」
あいつはそう言いながら微笑んだ。
何で、何でだよ。何で突き飛ばしたんだよ……!
「何でだよっ!! 美鈴ぃぃぃい!!」
そして、トラックはあっけなく美鈴を轢いた。
横内美鈴死亡により
GAME OVER
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