第4話 終わらない7月9日
目が覚める。そこは、いつもと何も変わらない自分の部屋。
時計を見る。そこには、何度も見た覚えのある7月9日月曜日、午前6時が表示されている。
昨日は、俺……。そうだ、美鈴に殺されると思って学校には行かずに家に閉じこもっていようとして……。それから……。そうだ、通り魔事件が近所であって、家に通り魔が来て、母を刺し殺して、次に俺を……。
「母さん……?」
そうだよ……。昨日、母は通り魔に殺された。脈が無く、心臓も止まっていた。絶対に死んでいた。
でも、やっぱりそんなこと、信じたくない。家族が死んでしまうことなんて……。
俺は、自分を落ち着かせるために、ゆっくりとリビングへ向かう。そして、再び、ゆっくりと扉を開ける。
「あら、雄介。今日は早く起きたのね」
リビングには母がいた。普段と何も変わらない、笑顔で俺を迎えてくれた。
「……雄介? 具合でも悪いの? 顔、真っ青よ?」
「ん? 平気平気」
俺は、母に笑顔を向けようとした。母が普通に過ごしていることに戸惑ってしまった。きっと、誰もが作り笑いと見破れる程下手くそな笑顔を浮かべていることだろう。
「そう? なさっさと支度してきなさい。美鈴ちゃん待たせちゃうわよ」
「あ、あぁ……」
美鈴……。そうだ、美鈴に聞けば何か分かるかもしれない。でも、美鈴が何を考えているのか全然分からない。何故、あの通り魔とともにいたのか。
「あーもう!」
考えてたってしょうがねぇ。一か八か美鈴に聞こう。分からないことが多すぎる。
「雄介、時間!」
「やっべ!」
母の声で時間がギリギリになっていることに気づいた。俺は慌てて家を飛び出した。
「あ、雄介だー」
待ち合わせ場所には既に美鈴がいて、俺に向かっていつもと同じ、のんびりとした声をかけてきた。
「雄介だー、じゃねえよ。いっつも一緒に行ってるだろ」
俺はそう軽く笑いながら言った。
すると、美鈴は不思議そうな顔をして、首を少し傾げた。そして、ニタァッと笑った。その笑顔にぞぞぞっと背筋に悪寒が走る。
「だって来なかったじゃん。前回。いや、雄介にとっては昨日かな?」
やっぱり美鈴は知っている。昨日までのことを……。
「美鈴、一体、何なんだ?」
「ありゃ? 随分漠然と聞いてくるね。もっと具体的に聞こうよ」
美鈴はクスクスと笑いながら意地悪く尋ねてくる。くそっ……。これじゃ美鈴のペースで持ってかれる。
「ふふっ。怖い顔しないでよ。雄介にそんな顔は似合わないよ。随分警戒されちゃってるみたいだね。……仕方ない、質問に答えてあげるよ」
美鈴は少し悲しそうな顔をした。
「……この現象は一体なんなんだ? 昨日、俺と母さんは殺された。だけど、今日、生きている。どういうことだ?」
「案外早く病院に運ばれてギリギリのところで助かったとは思わないの?」
「そんな都合よく考えられるほど楽観的にはなれねーよ」
美鈴はニタニタとふざけたようなことを言ってくる。その笑顔に俺は少なからずイラつきを感じた。
「あたしだってそう詳しくは知らないよ」
どういうことだ? よく知らない?
美鈴は歩こう、と目で言ってきた。そういえば俺たち、学校に行かなくちゃいけないのか。そして、美鈴はゆっくりと語る様に話し始めた。
「そうだよ。雄介の言うとおり、この世界は少し変だ。少しどころじゃないか……。その日に死んだ人間が、次の日……この表現は少しおかしくなるけど、雄介は昨日、今日って言ってるからいいよね?……それで次の日、その死んだ人間は生き返っている。繰り返しているのは7月9日。そして、7月9日を超えることができない。その日をループし続ける。これが雄介の世界」
そう話す美鈴の目には感情が無く、淡々と話すその姿はまるで元々用意されている原稿を読み上げている様で少し不気味に感じる。
「俺の世界?」
「あたしの世界は少し違う。“重要人物”が死ななければ4日後の13日まで行ける」
「それ以降は?」
「行けない」
美鈴はきっぱりと言った。
「たとえ、“重要人物”たちが死ななくても、それ以降はない。また9日に戻る」
「おい、その“重要人物”って何だよ」
「それは自分で考えて」
美鈴は冷たく言い放つ。
「じゃ、じゃあここから抜け出す方法は!?」
「全部は教えない」
冷たく、鋭い言葉が放たれる。美鈴の声とは思えない。
「……そうだ。この世界では、その日1日が同じことを繰り返す」
「そうだろうな。今までの流れからして……」
どうして今更そんなことを聞いて来るんだ? そんなこと分かりきっている事実……。
「分かんないかな? 昨日1日、何があった?」
昨日……? 昨日は、部屋に閉じこもってて、通り魔が来て……。……ん? 通り魔……?
「母さん……!?」
「気づいた?」
母さんがまた殺されてしまう……。どうにかしないと……。どうしたらいいんだ……? 全然思いつかない。
頭を抱え始めた俺に呆れたのか美鈴は深い溜め息をついた。
「……。家から追い出せばいい。ただそれだけのことじゃない」
「それだ!」
虚ろな目でこちらを見ながら美鈴はアイディアを言ってきた。
でも、どうやって追い出すか。家に帰ってこないで。違うな……。おじさんが倒れたから、これも無理だな……。うーん……。そうだ、今日、部活仲間で集まるってことにしよう。もちろん家で。そうすればいいんだ。集まりなんかはよくあることだし。善は急げって言うし、早く連絡しよう。
俺は急いで母に連絡をした。そのときも、美鈴は冷たい目でこっちを見ていた。
数回のコール音の後に母は出た。
『もしもし。雄介? 忘れ物でもした?』
「いや、あのさ、今日、部活のメンバーで集まりするんだけどさ……。家でやることになっちゃって……」
『あらま、じゃあ夕飯の準備しなくちゃね』
「あ、それなんだけど……。夕飯はいらないや。皆で外で食べるつもりだし。あと、騒がしくなるから、母さん、じいちゃん家にでも行っててよ」
『えー、平気なの?』
俺の苦し紛れの嘘がどうにか通用しているのか定かではない。だけど、もう一押しでどうしかなるか……?
『でも、ダメよ。歯止めが利かなくなっちゃうでしょ。前もそうだったでしょ? そんなことになったらご近所に迷惑だろうし』
あぁ、ダメじゃないか。もっといい嘘はないだろうか。
その時、美鈴が俺の携帯を奪い取った。
「おい、美鈴!」
「もしもし、雄介のお母さんですか? お久しぶりです。美鈴です」
『あら、久しぶりね』
美鈴はさっきまでと全然違う、普段の明るい声で母と話し始めた。
「雄介の言ってる今日の集まりには私も参加する予定です。なので、安心してください。私がしっかりと見張りますから」
母は美鈴をとても信頼している。それを利用しようとしているのか。
『あら、そう。じゃあ美鈴ちゃんにお願いしちゃおうかな。雄介、ちゃんと美鈴ちゃんの言うこと聞くのよ? 母さんはおじいちゃん家に行くから。何かあったら連絡するのよ?』
「おう」
そして通話は終了した。これでなんとか母は大丈夫だろう。
「美鈴、サンキューな」
「あたしが助けられるのはここまで。じゃあ頑張ってね」
そして、美鈴は少し歩くのを早めて、他の友達と合流していった。
最後の美鈴の言葉の真意は分からない。
夕方――下校中――
これから通り魔が来るのか……。いっそ、俺も家にいなければいいのか?
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから衝撃が。突き飛ばされた。
「おっと!?」
道路に飛び出すのを防ごうと、何かに掴まろうとして体を反転させた。
「美鈴……」
後ろには美鈴がいた。また突き飛ばしたのか。美鈴は顔を歪めながら笑っていた。
「くっそ!」
「え?」
俺は、美鈴の腕を掴んで道路に飛び出してしまうのを防ごうとした。そして、力を入れ、どうにか体勢を整える。と、同時に、美鈴はよろめいて道路に飛び出してしまう。
「やべっ!」
ガツッ
「美鈴!!!」
いつの間にか来ていたトラックと、美鈴が衝突した。今までに聞いたことの無い、骨の折れる音が聞こえた。
そして、鮮血が空中に舞う。
目の前が真っ赤に染まる。
――ザッザザッ――
何だ? この音は。何処から聞こえてくるんだ
そして、声が聞こえた。
誰の声だ。
聞いたことの無い声。
何が起きているのか俺には理解が追い付かない。
聞こえた言葉の意味って。
――横内美鈴、死亡により
GAME OVER
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