第3話 繰り返される7月9日

「うっ……」

 目覚めたとたんにひどい頭痛に襲われた。

「そうだ、俺、トラックに轢かれて……」

 途切れた記憶。その最後の映像は俺がトラックに轢かれ、美鈴の歪んだ笑顔が見えたシーン。

 俺は、辺りを見渡した。そこには、見慣れた自分の部屋があった。

「何で病院じゃない……?」

 トラックに轢かれたのなら病院にいるはずだ。でも、ここは病院なんかじゃない。病院とはかけ離れた俺の部屋。

「なんでだ……」

 もう、何がなんだか分からない。

 俺は、自分の体を見た。トラックに轢かれたのなら、傷が付いているはずだからだ。

 しかし、体には傷一つ無かった。無傷。今まで通りの健康な体。

「おかしいだろ!」

 俺は訳が分からなくて、思いっきり壁を殴った。

「雄介? 起きてるの?」

 壁を殴った音が聞こえたのか、母が声をかけてきた。

「母さん! 今日って何日!?」

「今日? 今日は9日よ。寝ぼけてんの?」

 9日。7月9日。

 俺が轢かれたのも7月9日だ。

 ってことは、これから俺が轢かれるのか? そんな夢みたいな話があるのだろうか。

「雄介? 早くしないと美鈴ちゃん待たせちゃうわよー」

 リビングの方から母の声が聞こえる。

 そうだ。美鈴だ。美鈴が俺を殺したんだ。突き飛ばし飛ばしたんだ。ということは、美鈴に会わなければ死なないんじゃないか? そう思ったからにはすぐに行動を起こさなくてはいけない。俺はリビングに向かった。

「母さん、具合悪いから学校休む」

「平気? 本当に顔色悪いわね」

 俺の顔を見て、目を丸くした母さんは、今度は心配そうな目をした。

「じゃあ、美鈴ちゃんに連絡しておきなさいよ」

「分かった」

 そう言い、部屋へ戻った。

 これで今日美鈴に会わなくてすむ。そう思うと安堵のため息が出た。でも、美鈴に連絡するのは少し気が引ける。何とか美鈴に連絡を取らないで済む方法はないかと考えてもみたが、そんな方法は思いつかなかった。諦めて連絡をすることが一番いい気がする。

 俺は机の上に放置されていた携帯を取り、美鈴に電話をかけた。

 無機質なコール音が数回聞こえた後、電話は繋がった。

『もしもし雄介? どうしたの?』

 いつもと変わらない美鈴の声。でも、なんだかその声に不安を感じた。

「美鈴、俺今日学校休む」

『病気なの?』

「……うん。ちょっと風邪引いちゃって」

 わざとらしく咳をしてみる。

 それにしても、今日の美鈴はやけに疑り深い。

『本当?』

 突然に美鈴の声から温度が無くなったような気がした。冷たくて、背筋まで凍ってしまう様な。

「ほ、ほんとうだよ!」

 気持ちが悪いような恐怖に襲われ、俺は思わず声を荒げてしまった。

『……やっだな~。何大きな声だしてるのよ~? ほんとにズル休みなの~?』

「だから違うって……」

 突然美鈴の雰囲気が変わり、逆に焦ってしまった。

『ふーん。じゃあ、お大事にね』

「あぁ」

 俺が切ろうとしたとき、『待って』と声が聞こえ、もう一度携帯を耳にあてる。

「どうした?」

『一つ忠告ね』

 また、美鈴の声が冷たくなったような気がする。

『たとえ、部屋に閉じこもっていたとしても、なあんにも変わんないからね? じゃあね、雄介。あはははは』

「えっ?」

 ブツッと突然電話が切れた。電話は切れたのに、美鈴の笑い声が耳に纏わり付いている。

「何で……?」

 何で美鈴は知っているんだ? 俺が今日、部屋に閉じこもっていようとしたことを。

「あーダメだー」

 頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。

 そして、そのまま俺はベットに倒れこんだ。

 色々考えている内に俺は眠ってしまった。


「ふわぁ、よく寝た」

 目を覚ますと外は暗くなり始めていた。時刻は午後6時。

「寝すぎだな」

 今のところ、異常は無い。

「用心しすぎ、だったかな」

 独り言を呟いていても虚しいだけなので、リビングに向かった。

「あら、具合は平気なの?」

「うん」

 リビングには母だけがいた。この時間だと父もいないし、一個上の姉も部活で帰ってきていない。

 特にすることも無いので、ソファに座り、テレビをぼんやり眺めた。

『――先ほど入ったニュースです。××町で通り魔事件が発生しました。40代の女性と50代の男性が病院にて死亡が確認されました。犯人は刃物を持って逃走しています』

 通り魔事件だ。しかもすぐ近所で。

「怖いわねぇ」

 母が料理の手を止めてテレビを見ていた。

 その時、ピンポーンと、インターホンが鳴った。

 母が玄関に出て行った。

 玄関が開く音がして、少しすると悲鳴が聞こえた。

「母さん?」

 それは間違いなく母さんの声だった。しかし、何故、悲鳴を上げた? 客が来ただけで何に対して悲鳴を上げるんだ?

 その後、何も音は聞こえない。気になって俺は玄関に行った。

「母さん!」

 そこには、血まみれになって倒れてる母さんがいた。母は腹部から出血している。そして、もう、

「息してない」

 死んでるのか? 何で? 今、この一瞬でなにがあったんだ?

 その時、目の前が少し暗くなった。

 見上げると、そこには、大柄な男がいた。その男のシャツは赤黒く染まっている。そして、手にはナイフが握りしめられていた。そのナイフにも、赤くドロッとした液体が付着していた。

 頭の中にさっきテレビで流れていた通り魔事件のニュースが思い起こされる。

 そんなことを考えていると通り魔は、刃物を持っている手を振り上げた。

「えっ……」

 反応が遅れてしまった俺は、振り上げられた刃物を避けきれず、肩から胸へと刃物が突き刺さった。

「うっ……」

 ずぶっと心臓までも突き刺さる。

 そして、ゆっくりと通り魔はナイフを引き抜いた。

「げほっ!」

 ナイフが引き抜かれた瞬間に、血が溢れ出し、肺も傷つけられたため、喉の奥からも血が溢れ出す。

 通り魔はゆっくりと踵を返し、行方を眩ました。

 どうすればいいんだ。これでは死んでしまう。

 そんなことだけが頭の中を支配していた。


 その時、俺の目の前に人影が現れた。

 夕日のせいで、顔は見えない。

 だけど、分かった。

 その人物は、


「ほーら、言ったでしょ?」


「美鈴……」

 それは美鈴だった。

「隠れていても意味ないの」

 逆光でも分かる。美鈴は笑っている。

「何度も同じことしないでよ。いいかげん飽きたから」

「お前……いったい何をしているんだ……」

「あはははっ!! なんだろうね!?」

 美鈴の口角がおもいっきりつりあがる。

「雄介には絶対分かんないよ。雄介はバカだもの! あはははは!!」

「くそっ」

 俺の意識はだんだん薄れていく。

「あははは!! じゃあね、雄介、次のゲームは楽しみにしてるよ!」

「ゲームって、何だよ……。まだ……何かあるのかよ……」

「あははははは!!」

 美鈴の笑い声は反響していつまでも響いている。

 だんだん目の前が真っ白になっていき、ついに、俺の意識は途切れた。


             GAME   OVER


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