幕間2
第15話「のんびりフィッシング」
天気がいい。
非常に喜ばしいことだ。夏真っ盛りで太陽が人類に喧嘩を売っているとしても、晴天というものは心が踊る。
だが、心が踊るからといって外に出たいわけではない。
「か~く~、暑い~……」
『前世よりマシとはいえよぉ、毛が余計だぜぇ……』
俺とテルム坊っちゃんは、自室の窓を全開にしてだらんと四肢を投げ出し、床と友達になっていた。
こんな時には厨房に行きたい。涼しくなれる場所があるんだが……メニューを教える以外の目的でたむろしてても、料理長に追い出されちまうんだよなぁ。
『なぁ、坊っちゃんはなんか魔法使えねぇのか? 氷出すとかよぉ……』
「出来たらとっくにやってるよ……僕の魔力に適正があるのは土なんだよねぇ……」
『チビっ子と一緒かよ……』
「テレサはまだ適正属性あるらしいんだけど……僕はそれだけ……」
魔法については知識なんぞない俺だが、人にはそれぞれ適正魔力属性っていうのがあるのを聞けばなんとなくは理解できる。伊達に転生ものの小説を読み漁ってはいない。
そして、坊っちゃんが現状、俺達に必要なものを何一つ持ち合わせていないということも理解できた。
『は~ぁ……なぁ坊っちゃん、このまま暑い思いしてずっと部屋の中にいるのは、不毛だと思わんか?』
「うん……そうだね、たしかにそうだ」
『どうだ、ここは一つ水辺に行って、涼もうじゃないか』
「水辺かぁ、いいね。一本大樹の近くにある川に行けば、魚も釣れるし」
『お、いいねぇ』
一本大樹は、俺らがよく昼寝に使うスポットの事である。最初の米騒動の時にも寝てた場所だな。
最近はチビっ子に場所が割れたし、あんまり利用できてないんだが……木陰で風を感じながら昼寝すると、夏とは思えぬ涼やかな気分になれて俺は大好きな空間だ。あそこで寝るのはやめられん。
そんな一本大樹の近くでは、森から流れてきた川が流れており、獣の心配をさほどすること無く釣りができる良スポットとなっている。
川で涼み、魚を持って帰れば家族にも褒められる。まさに一石二鳥とはこの事だ。
「じゃあ、早速釣竿を借りてくるよ。料理長が持ってた筈だから」
『おぉ、せっかくならなんか弁当貰って来たらどうだ?』
「それもいいねぇ、ちょっとしたハイキングだ」
と、俺らがそこまで言った瞬間である。
「私も行くわ!」
バァン!と、やたらな勢いでドアを開け放ち、チビっ子が姿を現わす。
こいつ……弁当と聞いてから動きやがったな!?
「ん、テレサも行くの? いいよー、みんなで行こうか」
「ふふふ、お弁当に、お魚……楽しみね!」
「え、いや、魚は持ち帰りで……」
「楽しみね!」
「あ、はい」
チビっ子よ、お前は一度、真剣に己の体重と向き合うべきだと、おじさんは思うんだが……。
「何かしらデブ兎?」
「……フシッ」
お前、ホントにいずれその軽口を後悔する時が、絶対に来るからな!
絶対にだからな! 主に体重計の上で!
◆ ◆ ◆
屋敷から僅かに離れた丘の上。
遠目に町を一望でき、更には森からも近い。まさに何度も足を運んでしまうベストポジション。
そんな魅惑の空間に、俺たち三人は足を運んでいた。
「この辺は日が照ってるから、まだ暑いわね……」
「一本大樹の下や、木陰が多い川の近辺なら涼しいよ。早く行こう」
『俺、枯れ木なんぞ拾ってくるかねぇ。釣れたら食うっつってるし』
俺が坊っちゃんの頭から飛び降り、木々の間に落ちてる小枝を角で持ち上げ背中に乗せていく間、坊っちゃんは小さな椅子を準備して釣りが出来る場を整えていく。
チビっ子も釣り竿を準備しているんだが……普通に虫触ってますねぇ。流石は田舎のご令嬢。
「ねぇカク、本当にこの幼虫だと食いつきがいいの?」
『あぁ、よく動くから魚も寄ってくるだろうし、余ったら食ってもいいからな』
「え……食べるのこれ?」
『そりゃ、食えるだろ……毒無いんだから』
「えぇ……前世人間だよね……?」
んなこと言ったって、こちとら元野生である。
冬には角で土掘り返して、幼虫貪っていたことなんてざらにあったわけで……もはや虫を食うことに抵抗はない。むしろあの虫はクリーミーで美味いほうだ。
「ねぇデブ兎、これでいいの?」
「……フシッ」
チビっ子が針に刺した虫を見せてくる。死んでないし、水に入れればいい感じに暴れてくれる事だろう。
俺がチョイスして調達した虫ちゃんだからな。必ずや最良の結果を出してくれるはずだ。
「よし、じゃあ釣るわよ~!」
「うん、頑張ろうねテレサ」
兄妹が釣り竿の準備を終え、仲睦まじく釣りを始める。
こうして見れば、非常に絵になる光景だな。二人共見てくれは最上級、将来が楽しみな逸材揃いなんだから。
「さっかな、さっかな♪」
「途中で飽きないでよ?」
「なによぅ、釣りに根気がいることくらいわかってるわよ」
俺は俺として、2人が釣りに励んでいる間、下流の浅瀬で涼みながらそれを見守るくらいしかやることがない。
焚き火の準備が終わった所で、川に近づき、耳を浸してみる。コポコポと、空気と水が絡む音が脳内に響き、得も言われぬ清涼感が全身を満たしていく。
水の中は人間が最初に聞く音というが、なるほど落ち着くもんだ。
「……フスン」
音を堪能した後は、ゆっくりと体を水に入れる。全身を一瞬で冷やしていく水の感触が、この時期には大層心地いい。
あんまり動いたら魚が逃げるとか言われるし、風呂に浸かるみたいにじっくりと堪能しよう……。
「やった! 釣れたわー!」
「わぁ! すごいやテレサっ」
「ふふーん、ま、当然よねっ」
うんうん、順調なようで何より。
俺は二人の声をバックに、水に浸かったまま空を見上げる。雲が風に乗り、ゆっくりと流れていく様をひたすらに眺めるだけというのも、乙なものだ。
人間だった頃の記憶を取り戻して、半年以上がたつ。生前は忘れていた、のんべんだらりとした生活が送れているこの環境……もし神様なんてもんがいるんなら、感謝せんとバチが当たるなぁ。
(とはいえ、一回死んでんだからなんとも言えねぇよな……)
考え事をしている間に、体が少々冷えてきた。自分ではそんなに感じてないが、そこそこの時間が経っていたらしい。
あんまり浸かりすぎてても馬鹿を見る。俺はゆっくりと川から上がった。
多分、今の俺は毛がペタッとして変なフォルムになっている事だろう。
「うぅん、釣れないなぁ」
「ん~、一匹釣ってから不調ねっ」
おや、早速愚痴かい?
釣りとは焦ってはならぬものだぞご両人。
『まぁまぁ、もう少し待ってたらかかるだろうよ』
「そうかな……っぶふぅ!? カ、カク、その格好なにさ!?」
「どうしたのお兄ちゃブフゥゥゥ!!」
……今の俺、そんなに滑稽?
「アハヒャヒャヒャ!! デ、デブ兎! あんたやっぱり、デ、デブふぅぅっ……! ゲホッゲホッ!」
「あ~……毛ももふもふなんだけど、やっぱりその、お腹も結構……ね?」
改めて言われると、少々落ち込むものがある。
だもんだから、俺は全身を震わせて水を散らし、自分の体型を誤魔化した。
「うわぁ! カク、向こうでやってよぉ! テレサも僕を盾にしないでっ」
「あ~、いいもの見た。デブ兎、後でお腹揉ませなさい。あれ見せられて揉めないのは勿体無いわ」
「フシャーッ!」
誰が揉ませるかバカモン!
魚やけ食いしてやるからな!
『ったく……んで、釣れねぇって?』
「う、うん、最初にテレサが投げた時はすぐ食いついたんだけど、それからはあんまりね」
『ふぅん』
俺は、川の様子を見てみる。
岩場は少ないが、所々に見られる。魚の隠れ場所には申し分ない。
流れは強くなく、餌の認識ができないってわけじゃねぇだろう。
となると……この辺りの魚は、イワナみたいな性質って事かね?
『坊っちゃんよ、魚が警戒してんのかもしれねぇ。糸を長めにしてみて、川っぺりから離れてみな』
「ん、わかった。テレサ、糸の長さ調節するから竿貸して~」
「相変わらず独り言みたいに見えるわねぇ。はい」
んで、と。
坊っちゃんが糸を長めにして竿にくくりつけている間に、餌を短めにしてやる。
イワナみたいな性格ってんなら、食いつくのは一瞬だ。口に入りやすくせんとな。
『できたら、垂らして待つんじゃなくて、何度か出し入れしてみな。そこの岩場とか狙ってみろよ』
「あそこ?」
『そうそう、多分警戒して隠れてると思うぜ。餌が落ちれば、食いついてくるかもな』
俺が教えた事を坊っちゃんはチビっ子にも教え、釣りが再開される。
木に背中を預けて座り、俺はそんな二人を眺めてる。
「……うわっ、ホントに食いついてきた!」
「あはっ、おもしろーい!」
どうやら、当たりだったみたいだな。
これなら、場所を変えつつやってればしばらく楽しめるこったろうよ。
◆ ◆ ◆
「んふー、美味しいっ」
「本当だね。身も締まってる」
うん、確かに美味い。
シンプルな塩焼きってのは、魚に対する最上級の賛辞であると思う。当人からしてみればたまったもんではないだろうが。
直火の熱でパリッとした皮を食い破れば、川の魚特有であるホロッとした肉が口内でほぐれていく。
淡白な白身の旨味を塩が引き出しており臭みも感じない、新鮮さのメーターとなる臭みがないのは、釣れたてピチピチである何よりの証拠だ。
本当に美味い。美味いが、許せない事がある。
『なんで俺の角で内蔵掻き出させた!?』
『ナイフ忘れちゃってさぁ。カクの角なら鋭いからいいかなって』
『角生臭いんですが!?』
念入りに川で洗ったのに、まだ生臭い気がしてならない。こんなん起訴も辞さんぞ!?
「デブ兎! アンタは功労者なんだからもっと食べなさいっ」
「ブスー」
「なぁによ、私は評価してんのよ? 釣りもそうだし、調理もそうだし。一家に一匹アンタが欲しいわ」
……そ、そう言われると怒るに怒れねぇじゃねぇか。
チビっ子はクソ生意気だが、働きに対する評価は真っ当だ。上に立つ人間っぽい、妙なカリスマを感じる時があるな。
だが、角調理を提案したのはコイツだ。納得はできん!
「しかし、結構釣れたねぇ」
「んぐんぐ、ほうねぇ」
俺たちは、水のたまったバケツを眺める。この世界では鉄を使った高級品だ。
計2つのバケツには、所狭しと魚が泳いでいる。その中でも弱っている者は、今俺らの腹の中に収まりつつあるが、それでも大量だ。
2人とも、ガッツリ楽しみ過ぎだぞ……。
「ん~、こんなに食べ切れるかなぁ」
「余裕よ?」
『余裕だな』
「い、いや、そうかもしれないけど、ほら、魚って日持ちしないじゃない」
「「むっ(フスッ)」」
確かにそうだ。
この世界では魚は基本、その日調達その日消費。輸出入も腐っちまうから出来ないという。
氷魔法の箱でも限界があるし、高いから手もでないんだな。
「だから、少し逃したほうがいいんじゃ……」
「ありえないわ」
『ありえんな』
「あぅっ」
一蹴されてイジケる坊っちゃん……指と指を合わせてツンツンするんじゃない。可愛いとか思ってしまったじゃないか。
しかし、そうさな。保存か……。
『南蛮漬けでも作ればいけるんじゃね?』
「なんばんづけ?」
「ん? またデブ兎がなんかアイディア出したの?」
南蛮漬け。揚げた魚を酢と香辛料、薬味なんぞと一緒に漬け込んだ、魚版ピクルスみたいな料理だな。
ここにはトウモロコシを使った酢があるのはわかったし、少しの香辛料で出来るからオススメだな。
ほんとならアジくらいの大きさがいいんだが……まぁ、この中でも小ぶりな奴を使えば問題ないだろう。
『酸っぱいけどサッパリしてて美味しいぞ。川魚の臭みも取れるし、保存効くしな』
「ふぅん……」
「なになに、何なの? どんな料理なの?」
「酸っぱくてサッパリした魚料理だってさ」
「なにそれ最高じゃない!」
聞くが早いか、チビっ子は俺の首をむんずとつまむ。
まるでネコのように持ち上げ、もう片方の手でバケツを持ち上げた。
「早速帰って作るわよ! お兄ちゃん、残りの荷物よろしくね!」
「え、えぇ? 待ってよテレサ、僕まだ一匹しか食べてな……って、もう残ってないんだけど!?」
こ、コイツ、いつの間に!?
俺と坊っちゃんが話してる間、食い続けたのか!?
「待ってなさいよー! なんばんづけぇー!」
「ま、待ってよ~! 僕いないとカクの言葉わかんないでしょぉ~!?」
走り出すチビっ子。伸びる俺の皮。
まったく溢れない水。なにその技術凄い。
「テレサぁ~っ、カクぅ~っ」
坊っちゃんの声が小さくなっていく。許せ、こうなったチビっ子は止められん。
俺は、チビっ子の本能に逆らう事を止め、小さくため息をついたままに運ばれて行くのであった。
PS:南蛮漬けは、ご家族に大変好評でございました。
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