第16話「とあるギルドの皮算用」
ホーンブルグ。
自然に囲まれた美しい景観と、発展途上の色合い目立つ町並みが融合した、田舎に佇む小さな町。
鍛冶は森を痛めない程度の燃料しか許さず、建築は石切場から持ってきた石材を主に用いている。色とりどりの屋根は住民を見分けるためでもあるのか、同地区内で同じ色合いの物は確認されない。
総じてモダンな雰囲気であり、町の活気も相まって、どこかの物語にでも出てきそうな雰囲気だ。
木々を尊び、自然の恵みに生かされていることをけして忘れない民達の集う土地。そんなホーンブルクも町という規模である以上、当然複数のギルドが存在する。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
「ゴードンの賭場から使いに来た者です。最近入荷したというゲームの商談を是非……」
「かしこまりました。担当の者を呼んで参りますので少々お待ち下さい」
ここは、町に3つあるギルドの内の1つ。商人ギルド。
そんなギルドのカウンターに寝転ぶワッシこそ、名物看板ネコと名高いケットシー……ギルネコくんと人は呼ぶんじゃよ。
(ふむ、これでもう3件目、町にある賭場のもんは全て来た事になるのぉ。耳が早いもんじゃ)
カウンターで受付をしている賭場からの使いを横目で見つつ、伸びをする。
頭を剃り上げてる上に、片目に刀傷……カタギのもんじゃないのは確か。とはいえ、内包魔力は下の下……肉の付き方とか、足運びを見るに、ステゴロに自信があるタイプなんじゃね。
ほんならまぁ、万が一暴れるような事があっても、ワッシを始め他の職員で取り押さえられる。心配はいらん様子だし、脅しじゃのぉて純粋な商業目的で来たっちゅうことじゃろう。
「どうも、担当のエーギルです。この件につきましては、奥の部屋で商談をする手はずになっております。どうぞこちらへ」
「わかりました。武装などの確認はしますか?」
「ギルド内に入った時点でそういう点検は済んでおりますれば。ささ、どうぞ」
「なるほど、怖いですなぁ」
「ははは、さぁ、どうぞ」
そこそこのベテランである、エーギルがスキンヘッドを案内していく。
奴らの狙いは当然、【インディアン・ポーカー】じゃろう。あの頭ん悪い兎が考えついた、悪魔のシステムじゃ。
「あら、ギルネコくんおでかけ?」
「んに」
カウンターから降り、2人の後ろを付いていく。
商談室は、ギルド支部長の部屋ん側にあるわりと豪勢な部屋じゃ。ソファが気持ちいい。
「では、こちらへ」
「失礼します」
2人が中に入り、ワッシも壁に密着する。
壁の向こうの会話を聞く程度造作もない。なんなら壁抜けもできるが、猫の通り道は日に回数制限があるからの。こんな所では使わない。
『どうぞ、おかけになってください』
『えぇ、失礼いたします』
『どうですかな、ここ最近の実入りは?』
『いやぁ、マーケインの所に最新のゲームを先越されて、上役共々大慌てですよ』
『あぁ、マーケイン様は即座にこちらに足を運んでございましたからねぇ』
しばらくは談笑が続いておるご様子じゃったが……職員の姉ちゃんがお茶を持ってきた辺りで2人の雰囲気が変わったのがわかった。
『……それで、例のゲームについてですが』
『あぁ、インディアン・ポーカーですね。あのゲームを導入するに当たっては、アッセンバッハ家の領主様が定めた何点かの決まりごとを守っていただく必要があるのですが……』
『聞き及んでおります。ですが、再確認とすり合わせの為に、再三の説明をお願いしたく』
『えぇ、もちろんでございますとも!』
このインディアン・ポーカー。胴元と顧客が入り混じり、固まった金を取り合うっちゅう異色のゲームである。運の良さもさることながら、心理戦の強さも必要になる。単純ながらも玄人向けの内容だった。
それ故に、アッセンバッハ家は無用な混乱と退廃を避ける為に、このゲームに制限を設けて手元に置いたんじゃろう。
『まず、親となった者が賭けられる金額は、原則として
『ふむ……賭け金の釣り上げも、その範囲内で、ということですな?』
『そうです。それ以上の釣り上げは違法と見なします』
『これは手厳しい。確かに金額によっては手痛く負けるでしょうが、それほど厳しく取り締まる必要があるのですか?』
これに関しては、あの兄君の意向が強いようだった。
勝ち負けが何よりも明確なこのゲームは、強い者が一人勝ちするバトルロワイアル。抜け出しすぎる奴が出てきたら、どなたさん方もえぇ思いはせんじゃろう。
結果として町の治安が悪くなる可能性がある……と見ているようじゃった。
エーギルも、その点に重点を置いて説明していく。
『ふむ……納得しました』
『ありがとうございます。なお、賭場でこのゲームを行う際には、是非個室で行っていただきたく存じます』
『無論ですな。人の視線が多い場所で行っては、協力者によるイカサマが容易ですからな』
『お互いにこのゲームを広めていきたいのならば、協力しあえる所をしっかりと、ですからね』
しかし、エーギルも狸じゃの。
このゲームを賭場で展開するに当たっての穴。賭場が潤うための抜け道を、領主一家に伏せておる。
賭場の男もそれに感づいているようで、お互いにわかりあった様子で商談を進めておるようだ。
『人数はどのくらいを目安に?』
『できれば五人を目安にしていただけると、勝負が煮詰まります。ですが、3人でも良いとのことですよ?』
『ふむ、そうでしょうな……いえ、五人で見ていきましょう。えぇ、それが丁度良い』
今の会話はつまるところ、「何人からが、店の者を潜り込ませていいのか」という事になるのぉ。
バカ正直に相手するよりも、サクラを使って客に紛れ込ませ、客からかっぱいで店とそいつで半々すりゃあ良いってことじゃ。
これを黙認することで、ギルドもまた美味しい汁を吸っておる。お客にはアフターケアとして、別のゲームで少し取り戻させることで治安への悪影響も最低限に……悪どいのは確かじゃが、こうして回る平和もあるってことかの。
『では、展開するための権利は、このくらいになります』
『……もう少しお安くなりませんかな?』
『ここから下げるな、と厳命されておりますれば。お気持ちはわかりますが、なにとぞ』
『ふむ……わかりました』
こうして、商談はつつがなく終わりを迎える。
結果としては商人ギルドに旨味がある内容に思えるが、賭場としては長い目で見てプラスになると判断したが故のスムーズさじゃったな。
なんにしても、大事無くて何よりじゃ。
『これからも、良きお付き合いを続けていただければと存じますよ』
『えぇ、もちろんですとも。それと、領主様にも感謝せねばならないですな』
『いや、まったく』
2人の会話が終わる所で、ワッシはその場を離れる。
これで、ホーンブルグにある3つの賭場、全てにインディアン・ポーカーが並ぶ事になる。
賭け事によって経済の回転が早まるのは間違いない。どこかで金の流れを掴んで、他のギルドに恩を売るように動かんとならんの。
(いやはや、めぇんどくさい事になりそうじゃわい)
ギルド支部長がどう動くかを想像しつつ、ワッシはお気に入りのカウンターに向かうのであった。
◆ ◆ ◆
『ふぅん、賭場3つにインディアン・ポーカーがねぇ』
『んにゃあ』
『まぁ良いんじゃね? 楽しめるゲームってことなんだろ?』
『……おみゃあはやっぱり、兄君と契約して正解なんじゃよ』
『あぁ?』
商人ギルド、カウンターにて。
俺ことカクは、ギルネコと向かい合い2匹で会話に勤しんでいた。
テルム坊っちゃんがインディアン・ポーカーの売上を確認するのに同行していた所、コイツに話しかけられた訳だが……今遠回しに馬鹿にしたよなコイツ?
俺、買っちゃっていいのかしらねこの喧嘩!?
『おみゃあと兄君のせいで、町の経済が変な回り方するんじゃっちゅう話しじゃよ。兄君はそれをわきまえとるから、こうして頻繁にギルドに来とるんじゃ』
『……経済が回るなら良いことじゃねぇか』
『おみゃあよぉ……そりゃあ、ギルドとしちゃウマウマじゃがよ。それでお国に目ぇつけられて、税でも増やされたら対応出来んじゃろう? 町の治安が悪化する可能性だってあるし、こういうんは慎重に事を運ばんといかんのじゃ』
『あ~?』
いや、知らんよ。
税金が増えるって言われても、消費税何%とかの話しだろ?
悪いが俺の脳内は日本人だぜ? 勝手に決まった消費税アップのニュースを見ても、すとんと納得して自然と払うようになってたもんだ。
上のことは上に任せりゃいい。人間の事は、人間がなんとかすりゃあいいんだよ。
『……その目は、なあんも考えとらん目ぇじゃな』
『よくわかってんじゃねぇか。それより、お前お得意のじゃれつきで食品コーナーから肉貰ってきてくれよ』
『おまけにワッシをパシリ扱いたぁ恐れ入るわい』
今の俺にとって重要なのは、今ここで坊っちゃんが戻ってくるまでの間に、おこぼれを貰えるか否かだ。
その為には、ギルネコの協力が不可欠と言っていい。
『なぁ頼むよ~。新しいゲーム教えてやるからさぁ』
『んにゃ!? まだ何かネタぁあるんか!?』
『あ? あぁ、あるぜ? それがどうしたよ』
『っ、おみゃあ、ひとまず一個教えてみるにゃあよ』
ほぉ、先払いを要求とは。流石商人ギルドのネコ。
仕方ねぇなぁ。一個教えてやろうじゃねぇの。
『ん~……この世界、サイコロあるよな?』
『あるけんど、数字の勉強道具がどうかしたのかにゃ?』
『それ使った、「チンチロリン」っつう遊びでも教えてやんよ』
チンチロリン。
丼の中でサイコロ3つを転がして、その目によって勝敗を決めるゲームだ。
3つの内、2こがゾロ目、つまり同じ数字でなければならず、残った一個の出目の大きさによって強さが変わる。
基本は「6」の目が強いんだが、中には「456」などの目が出て、6より強い~なんてルールもある。
簡単にできる上に、1体1でも、大人数でやるのも可能な万能博打である。
ぶっちゃけ楽しいぞ。
『……っつう遊びがあるんだけど』
『……それ、勝った奴が総取りかの?』
『当然だな』
『……また、おみゃあは、そういう……』
『あん?』
よくわからんが、ギルネコがすごく疲れてる気がする。
日頃の無理が祟ってるんだろうか?
『おみゃあに一つ、言っとくぞい』
『お、おう?』
『その「チンチロリン」、この町の経済が安定するまで、絶対に外に漏らすでないぞ! 絶対じゃからな!』
『な、なんでだよ?』
なんで俺、胸ぐら掴まれてんの!?
このネコ怖い! 情緒不安定じゃない!?
『おみゃあのアイディアは、この町の経済を変に高めるんじゃ! せめてインディアン・ポーカーが町に馴染んで経済が安定するまで、漏らしちゃならんからな!』
『つってもなぁ……もう坊っちゃんとお母ちゃんはハマッちまってるしよ』
『……にゃん?』
そんな事言われても、もう遅い。
つい先日、暇してた坊っちゃんとお母ちゃんにこれ教えて、2人でワイワイやって楽しんでもらったばっかりだ。
あの時は燃え上がり過ぎて、料理長の仕入れたチーズ(掛け金代わり)が空になるまでやってたっけか。
『だぁら、俺が言わなくても、多分……』
「カク、おまたせ~」
げ、帰ってきやがった。
これでもうおこぼれ貰えねぇじゃねぇか。まったくとんだおネコ様だ。
「ねぇねぇカク。「チンチロリン」だけどさ、楽しかったからギルドにアイディア提出してみたんだ~。そしたら面白いって言ってくれてさ!」
『ぶふにゃぁ!?』
「専用のサイコロとか作って、売り出してみたいってさ。これで皆で遊べるよ~」
『どこのドイツじゃ採用したの!?』
「え、ギルド支部長だけど?」
ギルネコは、「あの大馬鹿支部長がぁぁぁ!」と奇声を発しながら奥へとすっ飛んでいった。
なんだったと言うのか。きっとマタタビでも吸ってハイになっていたのだろう。
「……どしたの?」
『俺に聞くなよ……それより坊っちゃん? 儲けによっては、少々贅沢しても良いんじゃないかってボク思うのん?』
「そうだね、料理長に鍋を買っていってあげよう」
『なんか違うのん……』
その後。
チンチロリンは見事にヒット。ホーンブルグや、ノンブルグですらも流行る大人気ゲームとなったのであった。
当然、賭場が無断展開出来ないようにしているそうだが……詳しくは知らん。
あと、何でかギルド支部長がほっぺたに肉球痕くっつけて昏倒していたという噂が広まっていた。詳しくは知らん。
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