第13話「チート無しの限界」
「おぉ、領主様! テルム様も、連日の移動お疲れ様でございます!」
「お体を休める場所をご用意しておりますので、どうぞこちらへ! 蜂蜜を入れた乳も用意してございますので、しばし休憩を取ったほうが……!」
ノンブルグは、素朴な雰囲気ではない村だった。
ここに来るまでの畑からは、程よい田舎な雰囲気が漂っていたのだが……いかんせん、家屋のデザインがホーンブルグのものと酷似してるもんだからどっかオシャレな雰囲気になっている。
まぁ、当然だわな。建築技術なんかは共有してるし、大工とかも出張してるんだろうしな。
そんなノンブルグについてから、おっさん達を出迎えたのが、村長率いる村人たち。
なんと言いますか、若い頃にストレスを溜め込んだんだろうなって感じの村長だった。でなければ、あんな頭にはなるまい。
俺も、転生せずにずっとあの会社で仕事し続けてたら、あんな風になっていたんだろうか……。
「やぁ村長、悪いけど頂こうかな。一息つかないことには我々も動くに動けないよ。ははは」
「すみません村長さん。田んぼは休憩の後に見に行きますね」
「えぇ、もちろんです! ささ、どうぞこちらへ!」
荷降ろしはコンステッド氏に任せて、俺らは休憩所へ向かう。
といっても、いつでも田んぼに行けるように、外に日陰を作ってそこで飲み物を頂けるようにしてあるようだ。おっさんが村を発つ前にこう指示していたらしい。
正解だな。家の中でまったりしているよりは、こっちの方が今は気が楽だ。
「はい! ハチミツミルク、ど~ぞっ」
「わぁ、兎だぁ!」
「魔物ですか? テルム様の契約獣?」
「えぇ、カクといいます」
数人の子どもたちが、椅子に座った俺らに蜂蜜ミルクを持ってきてくれた。所々に擦り傷があるのは、田舎の子どもたちが活発に走り回っている証拠だな。
チビっ子みたいにマセているわけでもないし、純粋な瞳で俺を見ている。なんだかこそばゆくなっちまう。
「……フスッ」
「あはは! かわいい~」
「よかったら、撫でてみる?」
「いいの!?」
「おとなしいから、安心して撫でていいよ。ただ、優しくね?」
「は~い!」
おいおい、勝手に決めんなよ……まぁ良いけどさ。
子どもたちが俺を撫でる手は、最初はおずおずとしているものの、次第に遠慮がなくなっていくのが伝わってくる。
それでも、手付きは優しいもんだ。良い子達じゃないか。
「テルム、これを飲んだら早速、田んぼに向かうよ? いいね」
「はい、お父様」
おっさんと坊っちゃんは、ミルクに舌鼓を打ちながらも緊張した様子を崩さない。
この村の未来を占う瞬間に立ち会っているのだから、当然だろう。
というか、俺には何かないのかしらね~?
「うさちゃん、お野菜食べる?」
「これ、トウモロコシの芯だけど!」
「フシッ」
あ、食います食います。
芯でもいけちゃうよ! 魔物ですからねっ!
「……それで、その、領主様……テルム様がいらっしゃったのであれば、あの田んぼは大丈夫なのです、よね?」
「「…………」」
村長の問いかけに、二人は押し黙る。
視線を泳がせ、言葉を探しているようだ。
「悪いが、断定はできないなぁ」
「見てみないことには、なんとも……」
「……左様ですか」
だが、結局のところ、答えられるのはこういう返事だ。
変に希望を持たせるよりはいいと思うが……さて。
俺も、ちと必死に頭を働かせてみにゃならんかなぁ。
「よし、行こうか」
「はいっ」
空になったカップを子どもたちに渡した後、俺たちは移動を開始した。
ノンブルグの規模自体は小さなものだ。しかし、農業関連の村らしさ全開で、広大な畑が広がっている。
もちろん、村人が管理できる範囲ではあるが……ぐるっと見回しただけで、夏野菜が所狭しと並ぶ光景を目の当たりにすれば、誰しも感嘆の声を漏らしてしまうことだろう。
なにより、瑞々しいトマトや、雄々しく反り立つトウモロコシなんぞを見ていたら、腹が減ってしょうがなくなる。
採れたての生野菜に塩を振る、もしくは味噌を少々塗りつけて、大きな口でガブリ! ……うぅん、そん時に広がるであろう、野菜特有の甘さと調味料の風味……それをビールなんかで流し込んだ日には……あぁ! 俺もうたまんない気持ちになりますよ!?
「田んぼは、テルム様に描いていただいた図になるべく近づけるように作ってございました。なので、川の近くに水路を作り、水を引いて利用しております」
「えぇ、僕もこの前確認しましたが、とてもよく再現していましたね」
俺がそんな妄想に浸っている中で、先導する村長がなにやら宣っている。
ううむ、田んぼとしての形はちゃんとしてるって訳だ。それなのに病気になるもんなんだな……稲作って難しいのなぁ。
「ささ、こちらでございます」
で、これが問題の田んぼ、と。
川から水を引いていると言うだけあって、森の近くに作られている。獣対策は村人達がしっかりしてくれているから問題ないだろうが、魔物の被害が心配だな。
俺が無い頭で必死に思い出して描いた図の通りに再現されているってのがよく分かる。
今は水が張った状態で、稲が敷き詰められたように生え揃っている。一面に緑の絨毯が広がっているようで、なんとも心地の良い光景だ。
「水を逃がす場所が、反対側にございます。少々ハケは悪いですが……まぁ、そこは改良していくつもりです」
「ふむ……」
『……どうかな、カク?』
『どう、って言われてもなぁ~』
そりゃあ、日本で見た田んぼとなんか違うのはわかるよ? だって皆初めてなんだもん。
でも、現物見て「ここが改良点!」って言えるかっていうと、そんな訳ない。俺だって、田んぼの詳細なんざ覚えちゃいないんだから。
あぜ道覚えてただけでも褒めて欲しいもんだ。
それに、種を育てて作った苗の他にも、野生で生えてた稲も移し替えてきてんだろ? 野生の稲が病気を持ってたとかだったら、正直お手上げだぞ。
『とりあえず、病気だって言う稲見せてくれよ』
「ん……村長、その病気の稲を見せてもらえませんか?」
「もちろんですとも! こちらです」
村長に案内されるままに、田んぼに近づいていく。
ちなみにだが、坊っちゃんは汚れてもいいボロ着に着替えている。田んぼに入るんだから当然だよな。
「うひっ、ぬちょってするぅ」
『あ~、俺も子供ん頃、田んぼに足突っ込んで遊んだわぁ』
あのジェルみたいな感触で足にまとわりつかれると、妙にこそばゆい感じで面白いんだよな。今は毛があるからそんな感触味わえないだろうが。
「こちらです」
村長が稲を折らないようにかき分けつつ、その一角を指す。右端の真ん中辺りの場所だな。
俺と坊っちゃんがそちらを覗き込むと……なるほど、確かにこれは……。
「葉っぱが、枯れ始めてるね」
『んだなぁ』
「そうなのです……」
稲は順調に育っていると言っていい。
だが、この一角の葉は、わずかながらに変色し、枯れてしまっているような印象を受けた。
「ひふぅ、ふぅ……どうだい、テルム?」
おっさんが後ろから付いてきて覗き込み、顔を歪ませる。
「か、枯れているね……こ、この病気は、広がるのかな? た、田んぼ全滅かい?」
「そ、そうなのですか? テルム様!?」
「ま、まぁまぁ、落ち着いてくださいよ!」
ん~……多分、合ってるよな?
テレビで見た、あれ、だよな?
そうじゃなかったらお手上げだ。だから俺は、自分の運を信じよう。
『カク、どうなの?』
『……
『いもち?』
いもち。
なんとかって言うカビ菌がつくことによって、先っちょとか茎とか葉っぱが枯れたりするって病気、だったはず。多分、きっと、メイビー。
テレビで、アイドルのリーダーが「あかんやん……」って言ってたから、名前は覚えてる。けど、これで田んぼが全滅するかっていうと、わかんねぇってのが正直な所だ。
だもんだから、俺は知ってる事を全部坊っちゃんに話すことにした。
『……っつうわけで、カビがついて起こる病気。だから、雨とかの湿気が多すぎたとかじゃね?』
『えぇ? けど、恵みの時期でも今年はそんなに多い方じゃなかったじゃない』
『米にとっちゃあ多かったんかなぁ……あと、稲の感覚が狭くて湿気が残った、とか?』
『あぁ、なるほど……』
この村の田んぼは全部で3面作られているが、出来たばかりで規模はそこまででもない。
だもんだから、稲と稲との感覚が狭めに植えてある。
恵みの時期……まぁ、ようは梅雨だな。そこで稲が育ったはいいけど、除湿がたりなくなってこうなったんだろう。
これが、いもちだった場合はな?
『で、問題の対処方は?』
『……前世では、薬があったんだろうな。でも、今はそんなん無いしなぁ……葉っぱの部分を切るしかねぇんじゃね?』
『だ、大丈夫なの?』
『ひとまず、広がんねぇのを優先だろ。全部は見てねぇけど、見た感じ先っちょには症状見られねぇし、茎は……探してみねぇとな。んで、見つけ次第切る』
『うぅん……』
『これが先っちょにも広がったら、多分食えなくなるぞ。長い期間を見て、感染していくかどうか、止まったかどうか、見ていく必要があるんじゃねぇかな……』
テレビやゲームの知識じゃこれが限界だ。
多分、葉っぱだけなら問題ないハズだし、あとは除湿を心がけていけば広がんねぇんじゃねぇ、かなぁ。
『わかった……お父様達にも、伝えてみるよ』
『すまねぇな。損な役回りだわ』
『良いって』
そして、坊っちゃんは後ろの二人に向き直る……この病気を、確証のない対処法を、伝えるために。
一瞬だけ、体が震えるのがわかった。
10歳の少年に、酷なことさせてんな……俺。
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