第12話「まさかのトラブル」
町の活気は、俺達の……というか、ネアお母ちゃんを満足させるには充分だったらしい。
ギルドでの報告内容(金使ったのは内密にしてくれた)や、市場の物品。鍛冶職人の需要など、様々な情報を確認していったお母ちゃんは、このホーンブルグの町を
特に、途中で寄ったサマンサの食堂での報告が良かった。
昼間にチビっ子が言ってた通り、そこでは試験的に玄米をメニューとして提供してもらっている。当然、職人に依頼して
あそこの料理なら、米に合うのは間違いないとチビっ子が太鼓判を押して置いて貰っていたのだが……
「お米、町の皆にに気に入られているみたいで良かったですね。お母様」
「えぇ、本当に。これでホーンブルグから名産品を発信できる確信を得られたわ」
アッセンバッハ邸での晩餐後、親子の喋り場にて。
テルム坊っちゃんとお母ちゃんが、俺の思考をバトンリレーしてくれたかのように言葉を繋いでくれた。
そう、米は町民にかなり人気だったという。
あっさりしたスープ、こってりした肉。サッパリした漬物など、ありとあらゆる食材と調和する万能穀物。それが米だ。その魔力は例外なく、食った皆を虜にしたらしい。
サマンサの食堂では既に売り切れ御免。入荷待ちの状況にまでなっていた。
「でも、おかげで私達が食べられなかったというのは納得行かないわ!」
「まぁまぁテレサ。美味しいものは皆で分け合わないと」
チビっ子は個人的理由で不服らしい。屋敷に保存してあった貴重な残りも、まとめて町に卸したから米を食えなくなってるんだよな。
まぁ気持ちはわかるが、俺としては坊っちゃんの意見に賛成だ。
美味い物を食わせてくれる領主がいりゃあ、何もしてくれない神様以上に崇め奉るのが一般市民ってもんだ。支持の為には少しの我慢も必要ってこったな。
『しかし、なんだな……そうなると、稲作が成功してもらわん事には財政も厳しくならんか?』
『う~ん、そうだねぇ……田んぼを作ったりするのに水路広げたりしたそうだし、そこそこお金はかかってるみたい。少なくとも、元手を取り返せるくらいにはお米が作れないと厳しいかもねぇ』
やっぱそうみたいだな。その為におっさんが村に視察に行くんだから、力の入れようは半端じゃないようだ。
「あ~ぁ、今頃お父様は、村で採れたお野菜をたくさんいただいているのかしら? 羨ましいわぁ」
「ふふ、ノンブルグに行った人の特権ね。今度は連れて行ってもらえるようお願いしてみたらどうかしら?」
「ん~、でも馬車で移動すると、お尻が痛くなるんだもの」
会話の途中で、チビっ子が何故か俺を持ち上げ、膝の上に乗せて腹を揉み始める。
おい、断りもなく何してやがるコイツ?
「……フシッ」
「あはは、ノンブルグまではそんなに遠くないんだから、少しの我慢じゃないか~」
「お兄ちゃんっ、女の子の体は繊細なのっ! お兄ちゃんだって華奢なんだからそのくらいわかるでしょ!?」
「フシッ」
「遠回しに僕を女の子扱いしないでもらえるかな!? 僕は大丈夫だよっ、何回も行ったことあるし……!」
あ、無視ですか、そうですか。
というか、コイツなんでこんなにねちっこく腹を揉むの? なんかうどん生地こねるみたいな手付きなんですけど。こ、こそばゆいんですけどぉん!?
「フ、フシュゥゥン……!」
「デブ兎、うっさい」
「!?」
理不尽過ぎません!?
「せっかくモチモチしててもふもふしてて気持ちいいんだから、そのまま静かに抱かれなさいよね。アンタ、抱き心地に関しては最高級なのよっ。自分の才能を活かす為に黙りなさい!」
「フシーッ! フスッ、フスッ!」
「あはは、ぬいぐるみ扱いするなってさ」
「違うわ。抱きまくらよ」
それほぼ一緒ですよね!?
「あはははっ」
「ふふ、んふふ……! テレサ、笑わせないでちょうだい」
「ふふんっ」
家主のいない、少しだけ寂しい夜。
こうして家族三人が、自室に戻らずに夜を過ごすのは、少しだけ変わった環境をお互いで埋め合おうとしているからなのかもしれない。
仲良きことは良きことかな。まぁ、そういう夜に笑いを提供できるってんなら、俺もこうしてもふもふされることはやぶさかではない。
「……ただいまぁ……」
「ははは、は……は?」
「ふふ……え?」
「あぇ?」
おう?
「……あはは、ただいま皆」
硬直する俺たち。
いやいやいや、おかしいおかしい。
なんでおっさんがリビングに入ってくるんだよ!?
「お、お父様!? お帰りは明日の夕方なのでは!?」
「アナタ、どうしたの?」
「おかえりなさいお父様。どしたの?」
驚きの反応を返す身内に対し、おっさんはバツが悪そうに「たはは……」と笑う。
おそらくずっと馬車で揺られていたのだろう。わずかに腰が曲がり、さする姿はなんとも痛々しい。
「いやぁ、少しトラブルがあってね、私だけでは対処しきれないものだから……即座に引き返してきたんだよ」
「トラブル? ノンブルグで、ですか?」
「あぁ」
おっさんがソファの上に、うつ伏せで寝転がる。服が乱れようがお構いなしな態度は、よほど腰にきてるんだと容易に想像させる。
おっさんの後ろについてきていたコンステッド氏は、「失礼いたします」と一礼し、早速おっさんのマッサージを開始した。出来る執事だ。
「すまないけど、このまま話してもいいかい? 明日の朝にまた、すぐノンブルグに行かねばならないんだ。少しでも体を休めたくてねぇ」
「えぇ、アナタ。お湯を沸かしましょうか?」
「たのむよぉ」
とろけ顔のおっさんは今にも寝てしまいそうだが、湯浴みをして明日に備えるつもりらしい。
お母ちゃんがメイドを呼び、すぐに湯船にお湯を溜めるよう伝えている。お湯に関しては後日に話を置いておくとして……なんでまた、戻ってきた? トラブルってなんだ?
「はぁ……テルム」
「はい、なんでしょうお父様」
「明日なんだが……私と一緒に、ノンブルグに来てくれないか?」
「え?」
俺と坊っちゃんは、互いに顔を見合わせる。
おっさんが帰ってくる理由は、坊っちゃんを呼ぶため?
それは、すなわち……
「稲が、病気にかかった可能性があるんだ」
平和な、家族団欒の空間が、死んだ。
まるで冷水を浴びせたかのように、場が静まり返る。
坊っちゃんを真っ直ぐに見つめるおっさんの目が、妙に印象に残った。
◆ ◆ ◆
翌日、朝。
俺とテルム坊っちゃんは、神妙な顔で馬車に揺られていた。
馬は流石に交代しているらしいが、整備もそこそこに往復を余儀なくされている車体がギシギシと音を立て、なにやら気分を不安にさせる。
俺らの前に座っているおっさんも、どこか不安な様子で窓の外を眺めていた。
「すまないなぁ、お前に頼らざるをえなくて」
「いえ、お父様。僕もやれることをしたいですから」
「……」
馬車ってのは初めて乗るな。揺れるっていうか、跳ねるって感覚のが正しい感じだ。
こりゃあ、おっさんが腰をいたわるのも頷けるってもんだ。
ガコンっ!
「っ!」
「おぐぅっ」
「ブシュッ!?」
おごぉぉぅ……! キ、キタァァァ……!
尻にダイレクトアタックかましてくるこの衝撃ぃ……緩衝材である家畜の毛が敷き詰められたクッションがなければ、尾骨がいかれる未来しか見えねぇぞオイ!
「ふぅ、大丈夫かい?」
「え、えぇ、なんてことありませんよ。王都までの道のりよりは近いんですから」
「いやいや、王都までの道は舗装されてるんだから、この道中のほうがキツイんじゃないかなぁ」
ええぇ、長さを取るか、揺れを取るかなのぉ?
俺、もう二度と馬車乗らねぇ。……あ、帰りもあるのか。憂鬱だ……。
『……カク』
『あん?』
『病気について、なんかわかった?』
『…………』
憂鬱な気分から、陰鬱に変わるような質問を投げかけるんじゃぁないよ……。
村の田んぼで見つかったという病気。これがなんであるのか、俺はわかんねぇ。
そもそも見てねぇし、見たとしても分かんねぇだろう。
俺が対処できそうなのは、テレビやゲームで見た数種類だけだ。それを見分けるとなると、知っているのは更に限られる。
『なんとも言えねぇ……』
『……そっか』
だから、役に立てるかわかんねぇ。
それでも、坊っちゃんは俺を連れてきた。どうしてもって言うから、俺も了承したが……正直、残念な結末しか見えない。
「……旦那様、そろそろノンブルグだそうでございます」
行者の近くに待機していたコンステッド氏が、俺達に、というかおっさんに声をかける。
こいつだって連日の移動で応えているだろうに、キビキビとしたもんだ。
「ありがとうコンステッド。さぁ、準備をしようかテルム」
「はいっ」
窓から顔を覗かせれば、おそらくノンブルグで育てているであろう麦畑が広がっている。
確かに、ここまでくれば村までは近そうだ。これが秋になれば黄金色の大海に様変わりすることを思うと、心躍るものがある。
「テルム、その上着取ってくれないかい?」
「はい、これですね?」
「ん、ありがとう」
おっさんと坊っちゃんは、貴族に相応しく外見を取り繕う準備を始める。
こういう所、ホント貴族ってめんどくさい。しかし、必要なんだからしょうがないって感じだな。
俺、本当に角兎でよかったわぁ。
「カク、気を抜いちゃダメだからね? ホーンブルグの未来がかかってるんだから」
『え~、ダメぇ?』
「当たり前でしょ。まったくもう」
「ははは、余分な力が抜けているのならそれでいいさ。気を詰めててもしょうがないからねぇ」
そう言ってくれるおっさんだが、笑顔にはどこか影が差している。
馬車から降りる背中も、どこか小さく見えてしまっていた……。
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