第11話「破綻、圧倒的破綻!」
「それで、お兄ちゃん。これは何?」
「……えぇっと……」
「デブ兎、アンタも共犯よね?」
「……フス……」
商人ギルド、ロビーにて。
俺と坊っちゃんは、テーブルの向かい側に座る
商人ギルド、ホーンブルグ支部。町が発展した際に、王都の命により派遣されたギルド員が管理する建物だ。ここでは、商人や職人達の著作権や利権を取り扱っており、この町から周囲の国に向けて発信する商業がパクられないようにしてくれている。
どんなに小さくとも、町を名乗るからにはギルドがなくてはいけない。でなければ、どんなに優れた特産品を持っていたとしても損をするのが目に見えているから。
「お母様がギルドの人と話をしている間に、職人コーナーでお買い物ってわけ? お兄ちゃん」
「い、いや、職人コーナーを覗くにあたっては、やっぱり少しは買ってあげないと冷やかしになるでしょ? だから……」
「お母様に報告するわ」
「なにとぞご容赦を!?」
そんな商人ギルドの面々が見守る中で、妹にがっつりヤラれている次期当主。ううん、格好がつかない。
ちなみに、このギルド内でも買い物はできる。職人コーナーと言い、店を持たない若い職人が、足がかりとしてここで商売をしている事があるのだ。
俺と坊っちゃんは、この辺で掘り出し物がないか探すつもりでいたんだが……あっさりチビっ子に見つかり、今に至る訳だ。
というか、チビっ子はなんで俺たちの所持金に気づいたんだ? いきなり俺の腹に手ぇ突っ込みやがったからびっくりしたぞ。
「お兄ちゃん……貴族っていうのはね、足元をすくわれたら終わりなの。良いように搾取されてしまうって、お母様も言っていたでしょう?」
「お、仰る通りで……」
「つまり、弱味を見せてしまったお兄ちゃんは、どんな行動を取るべきなのか……わかる?」
『こ、コイツ……』
『ま、ますますお母様に似てきているなぁ』
どうやら俺たちは、最近ただの腹ペコになって来ていたコイツを見誤っていたらしい。
このチビっ子、油断も隙もあったもんじゃねぇ! 俺たちの弱味につけ込んで、美味いもん食うつもりでいやがる!
というかヨダレ! ギルド内で貴族がヨダレ垂らしてるのも立派な汚点ですよ!?
「まぁ、テレサレイン様ったら、もう男性を良いように扱う術を覚えているのですねぇ」
「さすが、ネアヒリム様のご息女。兄妹仲良くて微笑ましいですねぇ」
「ははは、テルムレイン様にもいい経験となるでしょうなぁ」
わかんない! 商人の仲良し基準がわかんない!
明らかに脅しの図なんですが!?
『どうすんだ坊っちゃん。このままじゃ全部持ってかれるぞ!?』
『そうだなぁ、全部ではないだろうけど、このままだと僕とテレサで半々だろうね……その時点で共犯だから、お母様に報告される事はないだろうけど……被害が大きすぎる』
だ、だなぁ。
今持ってる金を坊っちゃんとチビっ子で半分ずつに分けるなんてのは、あまりに暴利で旨味がない。
どうせ減るなら、少しでも多くこっちに残さないとやってらんねぇわな……。
「さぁお兄ちゃん! お母様が戻ってくるまでの間に、フードコーナーでパーリナィよ!」
「ま、待つんだテレサ! その前に、分け合う額を決めよう!」
「半々に決まってるでしょ?」
ブレない妹。それが当然と言うように、腕を組んで笑っている。
職人コーナーで売られている、ギルドのマスコットをモチーフにした「ギルネコくん肉まん」を凝視している姿は、まさに今から征服すべき土地を定めたイスカンダル王が如き存在感だ。
しかし、坊っちゃんも諦めない。必死で頭を働かせ、いかに傷を浅くするか考えている。
「ま、まぁまぁ、どうせなら、テレサももっと欲しいでしょ?」
「当然ね」
「じゃあ、お互い文句なしでこのお金、取り合おうじゃないか……! ギャンブルだ……!」
な、なん、だと……!?
坊っちゃんめ、とんでもねぇ策に出やがった。
どうせ失うならと、ハイリスク・ハイリターンな選択肢……チビっ子相手に、ギャンブルの打診……!
「ざわ……」
「ざわ……」
あまりの発言に、周囲のギルド員達もざわついている。
『カク、カクッ』
『あん?』
『今すぐ、何か知ってるギャンブルの案出して! なるべく公平なやつっ』
『俺に頼るのかよ!?』
とんだ無茶振りまで来やがった。
まさに今、ここは地獄のフチ……! 食うか、食われるかの関ヶ原……!
「ふぅん? 良いけど、一体何をするの?」
「そうだな……」
坊っちゃんが考える素振りを見せるが、それはブラフ。少しでも時間を稼ごうとしているのだ。
もう俺が決めるのは確定なんだろう。しかたねぇ。仕方ねぇから、俺は必死に周囲を見渡す。
職人コーナー、フードコーナー。ギルドのカウンター、そこに寝転ぶネコ。
受付のお姉さんに撫でられて、幸せそうだ。今日は要件のある商人が少ないから、番号札も必要ないくらいに空いてて暇なんだろう。
『ん? 番号札……?』
番号札。
1番から10番までの番号が記された、赤、青、緑の木札。
名前を呼ぶ際には、赤の5番だとか、緑の2番だとか……こ、これだ!
『坊っちゃん! ひらめいたぜ!』
『流石だねカク! さぁ教えて!』
突貫だが、これならなんとかなる。
一見フェア、心理戦が主体となるゲーム。ギャンブルとしても成り立ち、必要な物も揃っている!
そして、なにより。
チビっ子に一泡吹かせられる、ウルトラCの仕掛け付きだぜぇ……!
◆ ◆ ◆
「……それじゃあ、準備はいいかな?」
「えぇ、ルールはわかったわ!」
「それじゃあ、行くよ……!」
同日、同刻、ギルド内にて。
坊っちゃんとチビっ子は、所持金を分けて手持ち金とし、兄妹での業が深いギャンブルに乗り出した。
テーブルの上には、赤、青、緑のカード束。それぞれ10枚。
互いにシャッフルし、それぞれの手札として手元に置いている。
「フシッ」
俺もまた、自分の前に置いてある緑の札を見る。俺も参加者として立候補させていただいた。つまるところ、持ち金3等分というわけだ。
そこはチビっ子が渋ったが、俺の最終持ち金は二人に等分するという条件でねじ込ませてもらったぜ。
「カク、いつでもいいよっ」
「……フスッ!」
俺の合図と共に、2人は裏返ったカードを吟味し始める。
坊っちゃんが青、チビっ子が赤の札の中から、一枚だけ選ぶのだ。
「これにするわっ」
「僕はこれっ」
「フシッ」
互いに睨み合い、笑い合う。
そして……
「「せぇ~のっ!」」
「フスッ!」
二人と一匹は、そのカードを額に押し付けて向かい合った。
そう、俺が提案したギャンブルは、
だ~いぶ昔からどっかの国でやってるらしい、心理戦型カードゲームである。
「むむむ……」
「ふふん?」
ルールは極めて簡単。どちらかが大きい数字かを競うゲーム。
なれど、その数字は自分の物は見えず、相手の数字しかわからない。
たとえば今回、坊っちゃんは「3」、チビっ子は「6」。
こうなると坊っちゃんは負けてしまうのだが、その事実は2人のカードが見えている俺にしかわからない。
「えっと、親は私よね? じゃあ、
「ん~……」
親となった者が掛け金を設定し、その札に勝てるかどうかを子が判断し、最終的な勝負をする。もちろん、相手の数字を見て「降り」を選択することもできる。
勝ったら場に出た金額は総取りだ。降りたとしても金は払わないといけないと思うんだが……そこはいまいちあやふやだったんで、「掛け金の半額を支払えば降りられる」とした。
本来ならば、相手の表情や反応を見て、または心理戦をしかけて情報を導き出すというゲーム。
友達同士ならば和気あいあいと出来ようが……今ここにおいては、完全に食うか食われるかのデスゲームである。
「どうしたのお兄ちゃん? 勝負? 降りる?」
「くっ……!」
だが、すまんなチビっ子よ。
今日は、お前に涙を飲んで貰うぜ……!
『坊っちゃん……3だ』
『カク……7だよっ』
内心で、俺と坊っちゃんはすこぶる愉悦な笑みを浮かべていることだろう。
そう、俺たちには、念話がある!
事こういう複数人ゲームにおいては、チートといっても過言じゃねぇぇ!
「降りるよ」
「フシッ!」
坊っちゃんは屑銭5を置いて降り、俺は10を置いて勝負とした。
へっへっへ、これで俺が総取り、坊っちゃんの方が消費が少ない分、得をするのは坊っちゃんだ。
「じゃあ行くわよ~、勝負!」
「フスッ」
「……よかった。勝負してたら負けてたね」
「あちゃ~! 負けた~!」
チビっ子は悔しそうにテーブルを叩きながらも、コロコロと笑っている。
「楽しいわねこれっ! よ~し、次はお兄ちゃんが親だから、絶対勝負してやるわ!」
「ははは、怖いなぁ」
坊っちゃん、眉をハの字にして苦笑しつつ、余裕な態度を見せようとしない。まったくもって役者である。
ともあれ、この方法ならば負けは無ぇ。怪しまれないように適度に負けつつ、坊っちゃんの取り分が多いように勝負を決めちまえばいい。
怖いわ~、俺の計略完璧だわぁぁ!
『にゃ~、せっかくの珍しい勝負に、無粋な真似をするもんじゃぁないわい』
「「!?」」
うおぉ!? ビビった!
なんだ今の、坊っちゃんか? いや、坊っちゃんの念話とは波長が違う。
というか、今の念話か? 無理やり割り込まれた? 誰に!?
『ホッホ、おみゃあらにゃ悪いが、この勝負は念話無しじゃ。そこな坊主にも言っとくからの、真剣勝負と洒落込むとよいわ』
坊っちゃんを見る。その顔は動揺に歪み、バッと顔をカウンターに向けている。
その動きに習い、俺もまたそっちを見てしまう。
そこには……カウンターで美女に撫でてもらっている、リア
『せっかく面白い見世物なんじゃ、興冷めな事はするでないぞい?』
『お、お前、お前、魔物なのかよ!?』
『ちいと違うの。ギルドのマスコット、「ギルネコくん」といえば、ちっとは有名なケットシー、妖精じゃよ。人間からしたら、悪魔と一緒で魔物の一種なんじゃろうがなぁ』
模様的にはトラ猫か? 通常よりもでかい猫が、口を裂けんばかりに広げて笑っている。
よ、妖精だぁぁ!?
ふざけんな、そんな奴飼ってんなよ商人ギルド! あと悪魔いるんだねこの世界こわい!
「お兄ちゃん? 早くしてよ~」
「え、あ、あぁ! うんっ、せ、せぇのっ!」
場に流されるままに札を出す坊っちゃん。
札は「10」、対するチビっ子は「1」。
俺の札はわからんが、この場では10が最高だ。勝負なんかできる訳がない。
だが何より痛いのは、ここでチビっ子の「1」が消えてしまうことだ。
「じゃあ、10から……かな」
「ん~、勝負するって言ったけど、これは無理ね! 降りっ」
「……フス」
全員が降り、坊っちゃんが10の儲けを得る。
「あはっ、ラッキー! 1が消えたわ。これで強気に行けるかしら?」
「「っ……!」」
『にゃっはっは。そら、頑張らんと金が無くなるぞ? お二人さん』
ギルネコくんなる、訳のわからん邪魔者が入ったことにより、俺と坊っちゃんの連携は瓦解した。
ここから先は、互いの運が、そして知力が物をいう……!
◆ ◆ ◆
「ふふふ、デブ兎のおかげで大儲けね!」
「うぅ……カクぅ」
『その……すまん』
結果。俺が足を引っ張りました。えぇ。
坊っちゃんは頑張った。俺とチビっ子の消費手札を暗記し、自分の残り手札を計算して見事に勝利を収めたりしてた。
しかし……俺が負けに負けた事により、結果としてはチビっ子に金が多く流れる結果になってしまった。
いや、残りの札が何~とか、まったく考えてなかったよね!
「さ~て! ギルネコくん肉まん食べるわよ~!」
チビっ子は意気揚々と、憎き怨敵の顔が焼印された肉まんを食いに駆け出していく。
クソっ、あいつさえいなければ……!
『にゃっはっは! 良い勝負じゃったの。領主の息子が角兎と契約したとは聞いていたが、こんなにも面白い奴だったとは思わなんだわい』
『ぐぬぬ……! おのれぇ』
受付美女に腹を撫でられ、気持ちよさそうに伸びをしつつ笑うクソネコに、思わずガン付けてしまう。
『なぁに睨んどる。妹君に悪だくみの種を教えとらんだけ、ワッシは良心的じゃろうが?』
『ぐぬぅ!』
た、確かに、あそこで種明かしされてたら、俺はチビっ子に雑巾絞りの刑に処されていたことだろう。
そういう意味では、コイツに強く出られない……!
『それに、じゃ。兄君はあれで得するみたいじゃからな。気にする必要は無かろうよ』
『あん? 何言ってやがる』
『……なんじゃ、あれだけのギャンブルを提案しておいて、解っておらんのか』
俺が首を傾げると、ギルネコはため息をついて首を振った。
『……おみゃあは兄君と契約して正解じゃな。それだけの発想を持ちながら、無能が過ぎて笑えんわい』
『喧嘩売ってる?』
『あれを見ぃ』
クソネコが尻尾で指す方をチラリと見てみる。
そこには、坊っちゃんとギルドの職員がなにやら書類を挟んで話をしている姿があった。
「えぇ、そうですね。複数人でやれるという意味合いでは、家族間で行えるゲームとして売り出せるかと」
「最低3人ですかね?」
「一対一ではルールを見直す必要がありますし、3人でという表記は必要でしょうね……あぁ、売り出す際の利権はアッセンバッハ家にありますからね?」
「心得てございますよ」
なんだ? あれ。
『さっきのゲームを、広めて売るつもりなんじゃよ』
『マジかよ……商魂たくましいなおい』
『というか、権利を得とかないと、賭博場に無断で拾われるんじゃ。今のゲームは金の動きが激しいからの、欲しがる賭博場が多いじゃろうて』
なるほど。だからパクられる前に権利を作って、賭博場に展開する為にはアッセンバッハ家お抱えの商人に金を入れないといけない、と。
裏と上手くツルむための地盤を作った感じかね……。
『坊っちゃん、頭良いんだなぁ』
『おみゃあが考え足らずなんじゃ。あんなエグいシステム知ってるのなら、治安が崩れんよう保険の一つも考えとかんといかんぞ。あの兄君は、それを理解していただけじゃよ』
ぬう、言い返したいが、何も言えん。確かに、坊っちゃんの先見の明に助けられたな。
流石は貴族ってところか。……いや、貴族でも10歳の発想じゃなくない?
『……まぁ、あの兄君が名前を売る為にここで披露したってぇのも、考えられるんじゃが』
感心している俺には、ギルネコの最期の言葉がよく聞こえてこなかった。
遠くから聞こえる、チビッ子の「うまー!」という声が、俺の敗北感を刺激してやまないまま、ギルドでの時間は過ぎていく。
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