第2話「なぜなに角兎」
『まぁ、俺だってたま~に信じられなくなるからなぁ……』
テルム坊っちゃんの頭の上で揺られながら、俺は前足でポリポリと鼻をかきつつ返事を返す。念話っていう便利なもんのおかげで、こうして俺と坊っちゃんは会話ができる。まぁ、繋がりがある坊っちゃんとしかできないんだけどな。
『ま、今はこうして昔より……いや、前世より良い暮らしさせてもらってるからな。俺としちゃあ万々歳の毎日ですよ』
「あはは、そう言ってくれると君を助けたかいがあったよ」
そもそも、3ヶ月くらい前まで俺は、普通の角兎だった。
森ん中で日がな一日、野草や野ネズミなんかを食ってりゃ幸せ。同族相手に角突き合わせて、格上には尻振って逃げるってぇ自然の掟に従った、どこにでもいるモンスター。
まぁ、群れん中ではボス張ってたりしていたが……それでも、世の中の法則、自然の摂理には逆らえん程度の力しか持ち合わせていなかった。
そんな俺を俺たらしめる結果になった出来事こそが、たった一つのトラバサミだ。
ある日、角をフリフリ狩りに勤しんでいた俺の足を、途方もない激痛が襲ってきた。ギャンギャン悲鳴を上げながら下を見れば、俺の足にえっぐい程食い込んできている鉄の塊があった訳だ。
もがけばもがく程に食い込み、血を流す。
その間にも意識は混濁としていき—―しばらくすれば、どこか客観的になって自分を見ている感覚に陥っていた。
「あの時の君は、本当に怯えていたからねぇ」
『そりゃあ……頭ん中、ぐちゃぐちゃだったしな』
そん時、走馬灯ってのが走ったんだなぁ。
群れん中でボス争いして、ライバルと殴り合い、河川敷で互いを認めあった暑苦しい記憶。
角と石で、今まで食えなかった硬い木の実を割って、皆に称賛された輝かしい記憶。
水飲み場で若いメスに翻弄され、枕を涙で濡らした甘じょっぱい記憶……。
それにくわえて溢れ出たのが、前世の記憶だった。
上司のミスをその上司から叱られ、先方に土下座しに行く毎日。
契約切られて給料落ちて、またぞろ上司に怒鳴られる。
女で一つ育ててくれた、おふくろの借金を変わりに背負って七転八倒。帰ってコンビニ飯を食い、趣味と言えば小説サイトでの作品漁り。
女もいなけりゃ友もいねぇ、寂れに寂れた30代。
そんな生活の真っ只中、残業して朝まで仮眠した帰りの駅。睡眠不足でふらつく体で電車を待ってた辺りで……俺の意識は途絶えてる。
たぶん、そこで俺の人間としての人生は終わったんだろう。
『あん時は痛くて訳わかんなくて、死にたくねぇって喚いているしかなかったからなぁ……で、そこに』
「お父様の狩りに付き添ってた僕が、君を見つけて現在に至る、と」
『その節はどうも、ってな』
第一の人生のクライマックスを思い出したその直前に、第二の人生までジ・エンドしてしまいそうになった俺を助けてくれたのが、このテルム坊っちゃんな訳だ。
お陰様で、俺はこうして坊っちゃんのペットになって、生前の願いでもあったであろう年中ゴロゴロの毎日を送れている。
つまりこの少年は、俺にとっての救世主って事だな。
「さ、この話は湿っぽくなるからおしまい! みんな待ってるんだから、早く行こう?」
『どうせいつもみたいに、コック長が調理長引かせてんだろ? だったら急ぐ必要もねぇよ』
「そういうわけにはいかないよ。【アッセンバッハの者は、貴族として常に余裕を持って行動すべし】ってね。お父様がほとんど唯一気にしてる家訓なんだからさ」
『その結果があのボディを生んでるって事を、親父さんはいい加減に理解すべきだと思うなぁ……』
とはいえ、昼食は大歓迎だ。
テルム坊っちゃんの家族、アッセンバッハ家は程よい田舎町の領主様。食事面も、街の人達とは一線を画したクオリティを誇っている。
そんなお宅のペットともなりゃあ、質のいい採れたて人参だって食べ放題なわけだ。
「そこに関しては、カクもお父様の事はとやかく言えないような気がするんだけど……」
『ノウ! 断じてノゥ!! 俺はあくまで愛されぷにぷにボディ! 人間には許されざるものだとしても、可愛い可愛いウサギたんにはむしろ推奨されるフォルム! そう、これはいわゆる進化なのだ!』
「ダイエット食に今から変更してもらおうか?」
『今後多少なりとも意識していきますので何卒ご容赦を!?』
なんて恐ろしい事を考えやがるこのちびっ子!
隣村から採れたてお野菜を回して貰える最高の立地であるこの町の、唯一と言える目玉を俺から取り上げようだなんて!?
『そ、それより、太陽の刻から見ればまだ少し余裕はあるさ。急ぐよりは転けねぇように気をつけた方が良いんじゃないですかねぇ』
「ん、そう?じゃあもう少しのんびり行こうかなぁ」
速攻で話を明後日の方向にぶん投げる。出来た大人の処世術ってやつだわな。
というより、こんな手に引っかかるテルム坊ちゃんがのんびりし過ぎてるような気がするが……将来がある意味不安な子だよ……。
「ん? どうしたのカク」
『あー、いや……なんでもねぇ』
「ふぅん?」
まぁ、この人の側に俺がついてりゃあいいって話、だよな? その為の契約・・なんだし。
そんな俺の不安を感じ取る事もなく、テルム坊ちゃんはのんびりと屋敷に向かって歩を進めるのであった。
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