第3話「兎とその家族たち」

 

 アッセンバッハ家の屋敷は、この自然溢るる広場からさほど離れてない所にある。

 町の喧騒からそこそこ離れ、かつ遠すぎない。自然を味わいながらも、領主としての仕事に支障が出ない範囲が計算された立地と言えるだろう。


 ここに屋敷を建てようと思った先々代さんのお墓にゃあ、足向けて眠れねぇくらいの高立地だ。森も近いが故に、俺がここに厄介になれたんだしな。

 外装も、淡い茶を基調にしつつ派手さの無い、しかし最低限の威厳には気をつかった落ち着いた雰囲気だ。お偉いさんが万が一にもここに来た場合にも、失礼のない範囲でお通しできるようにって配慮が伺えるな。



「坊ちゃま、おかえりなさいませ」


「おかえりなさいませ」



 そんな屋敷の正門をテルム坊っちゃんがくぐると同時に、仕事に励んでいた数人の使用人が声をかけつつ一礼する。こういう光景を見ていると、「あぁ、この子貴族様なんだなぁ」と再認識する。

 俺がそんなふうに考えてると、その内の一人――白髪混じりでメガネをかけた知的な雰囲気の使用人に、テルム坊っちゃんは笑いかけた。



「ただいま、コンステッド。食事には間に合ったかな?」


「は、時間は間に合ってございますな。しかし、既にゴウン様とネア様はお席についておられるご様子で。テルム坊っちゃまにおかれましては、少々急いだほうがよろしいかと……」


「んっ、わかった! ありがとうねっ」



 執事服に身を包んだおっちゃん、コンステッド氏に礼をつげ、テルム坊っちゃんは足を進める。そんな中でも、メイド達に手を振ることは忘れない。

 えぇ子やなぁ。もう4年くらいしてそれやられると、コッテリ行きそうな女の子は多そうだ。



「まずいよカクっ、お父様とお母様、もういるんだって!」


『あ~れま。まぁ、少しくらいのお小言は覚悟しとかにゃならんかもだなぁ』


「も~っ、カクがゆっくりで良いって言うからじゃないかぁ」


『ごもっともで。後で埋め合わせすっから、今は急いだ急いだ』



 急ぎつつも、息は乱さない。さっき言ってた家訓を忠実に守るテルム坊っちゃんの視線の先には、食堂のドアが確認できた。

 ドアの前に来て、ゆっくり呼吸を整える。



「失礼します、少々遅くなってしまいました」



 その一言と共に、坊っちゃんはドアを開けて中を覗き込んだ。

 流石に貴族が食事を囲む場なだけあって、その広さは日本の家のリビングなんぞ目じゃない広さを誇っている。

 落ち着いた色合いの壁、天井の高さを際立たせるための濃いカーペット。数こそ少ないが、俺には値段なんぞ検討もつかん調度品なんかも飾ってある。

 もしこの空間にシャンデリアなんぞ吊ってあった日には、お城の一室だと勘違いできるんじゃないだろうか? いや、見たことねぇけどさ。



「おぉ、テルム。なんとか間に合ったみたいだね。料理長と打ち合わせでもしていたのかな?」


「ふふ、嫌ですよアナタ」



 そんな空間でテルム坊っちゃんを待っているのは、坊っちゃんのご両親であるお二人さんだ。



「む~、お兄ちゃんもデブ兎も遅いよ~っ」



 ……もう1人、なんだかこまっしゃくれたピーピー声が聞こえるな。この生意気極まりないチビっ子め!

 俺がフーッ! と息を荒げると、そいつも「イーッ!」と歯をむき出しにしてくる。なんつう凶暴な奴だ。



「いえ、少々外に出ていたものでして」


「うむ、体を動かすのは良いことだね。食事がより美味くなる」



 身なりを整え、椅子に座る坊っちゃんの前に座っているのは、坊っちゃんの父親にしてこの土地の領主様でもある男、ゴウン・フォン・アッセンバッハ。温厚そうな雰囲気で、口髭がどこかユーモラスな雰囲気を醸し出している、とっつきやすそうなおっさんだ。


 坊っちゃんと同じ銀色の髪。やや丸めの鼻、人懐っこそうな目。恰幅の良さも相まって、総評して【なんか可愛いおっさん】という意見が出てきそうな御仁と言える。

 俺としても、このおっさんの側は落ち着く雰囲気があって、結構心を許している。……いや、けっして体の一部に共感を抱いている訳ではないんだぞ? けっして、おっさんの近くには常につまめる物があるからとかでもないんだぞ?



「けど、外で遊んでて遅くなった~なんて、言い訳にならないと思うのよ。お兄ちゃん?」


「そうねぇ、少し余裕を持って行動するべきね、テルム? あとテレサ、お兄様でしょう?」


「ぅ……はぁい、お母様」


「すみません、お父様、お母様」



 ゴウンのおっさんの隣に座っているのは、もちろん坊っちゃんのお母さん。名前を、ネアヒリム・フォン・アッセンバッハ。

 こちらはおっさんとは対極的な、金色の髪をまとめて後ろでお団子にしている御婦人だ。切れ長の瞳に、スラリと伸びた鼻筋。グロスなんぞ必要ないと言わんばかりに艷やかな唇は、男共の妄想を駆り立ててやまない。


 おっさんとは同い年らしいが、その見た目はかなり若々しく、美しい。……いや、というか、おっさんが老けてるだけなのか? この二人、たしか俺の生前とさほど変わんなかったような気がするし。

 

 んで、さっきからぶーたれてるこのチビっ子が、テレサレイン・フォン・アッセンバッハ。

 生意気盛りな言動は目立つが、この子もまた素材は一級と言っていい。お母ちゃんによく似た雰囲気の瞳に、丸みを帯びて健康的な幼子特有の輪郭。髪の色や質も母親譲りらしく、なんだかミニチュア版のお母ちゃんを見てる気分になってくる。

 元気が服着て歩いてるってのがよく分かる雰囲気の、まぁ、通りかかった男子が二度見しそうな勢いの美少女ってのは確かだろう。



「……何よ、デブ兎っ」


「っ、フーッ!」



 まぁ、ご覧の通りでかーなーりー生意気ですがねぇ!!

 おめぇ、それ実の父ちゃんに向かって言えんのか!? 脂肪ってのはつくもんじゃねぇ、ついちまうもんなんだよ! 不可抗力なんだよぉ!!

 


「ふむ、確かにそうだなぁ。我がアッセンバッハ家の者は、常に余裕を持って行動すべしと祖父の代から教わっている。規律だって行動しなければいけない訳ではないが、こうして家族で語り合う場くらいには慌てる事のないようにしないとねぇ?」


「ぅ……はい、わかりました。お父様」


 おっさんの言葉からは、優しくも威厳を感じさせる雰囲気が滲み出ている。貴族としての心構えかどうかは知らんが、守るべきは守れよ? って一線を教えられてる感じだな。

 あれだ、学校の先生に近い。



「テレサも、はしたない行動は慎みなさい? 食事の場において礼節を欠いてはいけませんよ?」


「うぐっ! ……はぁい、お母様」



 チビっ子もまた、母ちゃんに指摘されて肩を縮めている。いい気味だとも思うが……母ちゃんが、喧嘩相手である俺の事を指摘しないの、なぁんか引っかかるんだよなぁ。

 あえて無視されてるっていうか……こう、いないものとして扱われてるっつうか……。これだったら、今も俺をジト目で睨んできてるチビっ子を相手してる方が気ぃ楽だわ。



「ははは。さぁ、注意はここまでで良いだろう? それより私はお腹が空いてしまったよ。ご飯はまだかなぁ?」



 おっさんは、チラリと母ちゃんを見てからやや声を大きくして腹をさする。空気が悪くなりそうなのを悟ったんだろう。



「そうですね。僕もお腹ペコペコですよ~」



 テルム坊っちゃんも乗っかり、食卓にふんわりとした温かみが戻る。

 出来るおっさんに助けられ、俺もようやく一息つけた。貴族ってのは、時々なんでか家族間でも変な空気になるもんだなぁ。

 と、そんな事を考えながら床に降り、待っていると……



「たぁいへん長らくお待たせいたしましたぁ! いやぁ流石はノーズデンの名産である岩塩! 私、あまりの風味と香りについつい削り出しを長引かせてしまいましたよハッハッハッハ!!」



 そんな声と共にドアが開き、料理と共に男が入ってきた。

 まぁ、わかりやすく料理長だな。優男って雰囲気の見た目だが、目利きと料理の腕は確かな奴だ。

 だが、どうにもこいつの料理はなげぇのがいただけねぇ。岩塩を延々と削ってたって自白してる時点でなんかもうダメだろう!?



「やぁ、ようやく一心地つけそうだ。待っていたよ料理長」


「ん~! お館様におかれましては、本日も私めの作品を心待ちにして頂けたご様子で! 大変恐縮に存じます! ささ、どうぞどうぞ。此度こたびの作品も美味しく仕上がっていると自負いたしますれば!」



 料理長が口だけ動かしてる間にも、給仕の姉ちゃんが3人分くらいの動きで坊っちゃん達に料理を配っていく。

 この姉ちゃんがいて初めて、俺たちが食事まで漕ぎ付けられているのは想像に難くない。というか、料理長は手伝う気がねぇんならここまで来る必要なくない?



「さぁ、それじゃあ皆食べようじゃないか。恵みに感謝しながらね」



 おっさんが軽く祈りを捧げ、ご家族もそれにならう。

 そんな光景を見守る俺に対し、給仕の姉ちゃんはソッと野菜が入った皿を置いてくれるのであった。

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