兎でも貴族に飼われたい

べべ

第一章

第1話「序章:角兎現る」

 

「ふぅ……子供の体力というのは侮れないなぁ。さぁシーア、そろそろ寝る時間だよ」


「んぅ、お祖父様、僕まだ眠くありません……」


「それは困った。明日も用事があるんじゃないのかな? 早く寝た方が、君のためだと思うがねぇ?」


「……でしたら、お話を聞かせてくださいっ」


「お話?」


「えぇ、お祖父様のお話を聞く機会は、今までなかったですから! こうして床につくまでの間でよろしいので、お聞かせ願えないでしょうか?」


「ふぅむ、そうだなぁ。聞いてて楽しいものでもないと思うけど……ん、そうだ。じゃあ、私の若い頃の話をしよう」


「お祖父様の若い頃、ですか?」


「そうさ。私がなぜ、『兎男爵』などと呼ばれるようになったのか。それを話そうじゃないか」


「それっ! それ、聞きたいです!」


「ふふ、良いとも。……そうだな、だったらまず、大事な彼の紹介もしなければならないねぇ」


「彼、ですか?」


「そうとも。私の大事な大事な相棒さ。彼無くして、この物語は始まらない。……そんな、彼の名前はね……」





    ◆  ◆  ◆





 

 とある一場面を想像して欲しい。

 緑溢れる空間、小高い丘。中央には茂みがあり、中心には大きな木が一本、丘から世界を眺めるように根付いている。

 青い空、白い雲。頬を撫でる優しい風に、布団のように身を包む暖かな木漏れ日。

 近くを流れる小川のせせらぎは、遠慮がちに鼓膜に届いて小さくノックを繰り返し、蜜を含んだ草花の香りは程よく鼻孔をくすぐる。


 時折聞こえる小鳥達の鳴き声は、優美であるが故に単調になりえる自然の旋律に、程よいアクセントを与えてくれた。

 あまりにも心地よく、あまりにもまぶたに優しくない、最高の空間。そんな桃源郷に、今俺はいる。


 まさしく天にも昇る気分だ。浮世の憂さなどまるで感じさせない、まさしく自然のみが持つ圧倒的包容力が俺を包んで離さない。

 軽く深呼吸をするだけで胸いっぱいに広がる酸素には、甘く爽やかな香りが染み込んでいるようで、吸い込んだ肺を全力で癒そうとしてくれている。


 若く茂った草花の匂いに軽く鼻をひくつかせつつ、俺は寝返りを打った。

 まったくもって、満ち足りた場所だ。ここにこうして寝ているだけで、ストレス社会に生きる大人たちすらも明日への希望を見出す事だろう。



「カク? カク~、どこにいるんだよ~」



 ふと、俺の耳が何者かの声を拾う。いや、誰であるかはわかるんだが……今俺は、この惰眠の中で悟りを開かんとする一人の探索者。そんな求道の邪魔をする者は、誰であれ許されない存在なのである。

 だから俺は耳をぺたりと閉じて、その声をシャットアウトした。これでまた心地よい眠りの世界に入り込めることだろう。



「カク~、出てきておくれよぉ~!」



 知らん、なんも知らん。

 たとえ坊っちゃん・・・・・であろうと、俺の安眠を妨害なぞさせん。

 だから、さっさと向こうに行ってくれ。俺は、また、このまま……安らかな、眠りへ……


 ガサガサッ



「あ、こんな所にいた! 探したんだよカク~」



 ぬぉぉぉぉぉお! せっかくいい感じに眠れそうだったのにぃぃぃぃい!?

 俺は恨めしげに片目を開き、安眠妨害罪現行犯にくいあんちくしょうめつける。

 フスンッ、と鼻が自然に鳴り、後ろ足で芝生をテシテシと叩いて見せたが、そいつは軽く「たはは……」と笑ってみせただけで俺の不機嫌ムーブを流してくれやがった。



「寝てたんだね。ゴメンよ? でもそろそろご飯だからさ?」



 その声の主……よわいにして10歳程の少年の名は、テルム。『テルムレイン・フォン・アッセンバッハ』。どこの国のどんな王族だよって仰々しいネーミングだが、そんな名前に相応しいほどの美貌の持ち主だ。


 銀色の髪に白い肌、蒼の中に僅かな緑を混ぜた特殊な色合いの瞳。年齢に見合った、人懐っこそうな顔つき。どのパーツも神様が手ずからオーダーメイドで仕上げたとしか思えん程に整っており、もはや人の目ぇ潰しにかかってねぇかって感じに後光を噴射している。

 男であるテルム坊っちゃんには褒め言葉じゃないだろうが、美人って言葉が一番似合うタイプだ。



「ね? 後でとっておきの人参あげるからさっ」



 そんなテルム坊っちゃんは、俺の脇に手を回すと「んっ」と力を込めて持ち上げる。それだけで、俺の体は贅肉を引き連れて持ち上がって行くのだが……やはりこの瞬間は慣れないな。変な浮遊感だ。

 この浮遊感が嫌だから、俺はさっさと自分の定位置である坊っちゃんの頭に移動することにした。

 しかし、まぁ、なんだな。人参くれるってんなら、安眠妨害など多少のオイタは多めに見てやろう。俺ってば心が広いのだ。けして食い物に釣られたわけではない。断じてない。



「ん~……カク、また重くなった? いつもゴロゴロしてるから太ったんでしょ? これもう、角兎ホーンラビットの重さじゃないよね」



 前言撤回。この小僧は後でキャンと言わせてやることをここに宣言いたします!


 それはそれとして、俺は改めて自分の姿を客観的に確認してみる

 ひくひくと動く、ピンク色の鼻。

 黒を基調に、所々に白が混ざった愛されぷにぷにボディ(けしてデブではない。断じてない)。

 前足は極端に短く、それに反比例するように、後ろ足には俺の全体筋肉量の大半が詰め込まれている。

 短いプリプリの尻尾。そしてやや垂れ気味の、長い耳。


 ここまでは誰しも想像できうるあの愛玩的プリチィマスコットなのだが……つい、と視線を上に向ければ、この生活では見慣れてしまった異形が確認できた。

 角である。俺の頭には、触る者皆傷つけそうな勢いの、角が一本生えているのだ。



「でも、今でも少し信じられないや。カクが、角兎なのに……中身が人間だなんて。それも、違う世界の人間だなんてさ~」



 そう、そうなのだ。

 俺こと名を『カク』という存在の正体は、一匹の角兎。頭から角を生やしている、人間の子供が頭に乗せられる大きさのウサギさんなのである。

 生前を人間として過ごしていた俺はどこぞのマンガでありがちな展開ながら、角兎に転生してしまっていたわけだ。

 んで、ひょんなことからテルム坊っちゃんに拾われ、こうしてお貴族様のペットとしてゴロゴロ過ごしているのであった。

 



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