第36話 虎か煙か
達也の家で遊んだ日の夜、晩ごはんを食べる拓真の前で、母である
由麻は今年で31歳。目が拓真とそっくりだが他はそこまで似ていない。肩に掛かる長さのうねった癖毛が特徴的。拓真以上のマイペースで天然でもある。
「なんかあったの?」
「え、なんで?」
「いつもより落ち着きがないから」
由麻は少し黙ってから話し始めた。
「ねぇ拓真、このマンションの4階に空き部屋があるの知ってる?」
「あー、401号室?」
「そうそう。最近変な噂が絶えないのよ」
「そうなの? 特に聞いたことないけど」
「うそー? 私だけなのかなー」
「ちなみにどんなの?」
「んーと、夜中の2時になったら誰もいないはずなのに声が聞こえたり、変な音が聞こえたり……まぁ色々よ」
「ふーん、よくあるやつね」
拓真はオムライスを頬張りながら軽く聞いていた。
「ねぇ、ちゃんと聞いてるー?」
「聞いてるよ」
「本当にー? 怖くて6時間しか寝れないんだからちゃんと聞いてよねー」
「いやよく寝てるじゃん(笑)」
「まぁそこは置いといて、どうすればいいと思う?」
「どうすればって言われても……とりあえず考えてみたら?」
「考える? 何を?」
「そもそも本当に401号室から聞こえてくるのか」
「だってそういう噂だもん」
「コンクリートの壁を抜けるほどのデカい声を幽霊が出してると思う?」
「……それは思わないわね」
「でしょ? どうせ隙間風とか幻聴だよ」
「じゃあ変な音は?」
「どんな音かは知らないけど、これも401から聞こえてるかは分からないでしょ。コンクリートは振動が伝わりやすいから別の部屋からの可能性が高いし」
「そういうもんなのかなー」
「幽霊騒動なんて大体が勘違いだよ」
「うーん、じゃあ勘違いじゃないとしたら?」
拓真はスプーンを置き、徐々に目を大きく開きながら低い声でゆっくりと言った。
「それは本当に幽霊かもしれないね」
「キャーーー!」
「……冗談だよ」
「もう、やめてよね!」
「ごめん。でも今回の件に関しては、市に虎ありだね」
「またなんか難しいことを……で、なんて意味?」
「根も葉もない噂でも多くの人が口にする内に本当だって信じちゃうこと」
「ふーん」
「それだけ人間は多数に弱いってことだよ」
「……確かにそうね。お店に行列があったら気になって並んじゃうし、通販のレビューも多いほうが安心するし」
由麻が落ち着いてきた時、拓真は空いたお皿にオムライスを盛りながら小声で言った。
「まぁ火のないところに煙は立たぬとも言うから真実は分からないけど」
「……どっちよ!」
*
24時になる前、由麻はいつも通りベッドで横になった。
あの後、拓真に「寝れなくなったらどうするのよ!」と言っていたが、電気を消してから10分も経たずに眠りに落ちた。
由麻はそういう人である。
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