第4話 自覚が大切
鳥飼さんが目を覚ましたのは、ちょうど僕が帰宅したときだったらしい。
自身の置かれている状況を理解できず、気が動転している間に声を上げるタイミングを失った結果、今の今まで寝たふりをする羽目になったそうだとか。
しかしそれが災いであった。
本人を交えない、僕と黒さんの一方通行でな会話を聞いてしまったばかりに、『怪しい宗教に勧誘するための話し合い』だと鳥飼さんは誤解してしまった──誤解させてしまったのだった。それも無理のない話で、僕だって他人から『君は他人の目には映らない』だとか『名無に憑りつかれている』だとか、得体のしれない薄汚れた分厚い本を、身体の匂いを嗅がせるみたいに近づけられたら、まず間違いなく怪しむ。
というか、僕だったら最後まで話を聞かずに悲鳴を上げて逃げ出す。
逃げ出さないあたり、流石は鳥飼さんといったところであった。
ひとまず僕は、その誤解を解くべく、鳥飼さんに彼女自身が置かれている窮地について持ちうる言語能力を駆使して丁寧説明したのだけれど──徒労に終わった。
一年と少しばかりの関係からすでに知っていたことではあったけれど、彼女の頑固さといえばそれはもう賞賛に値する域に達しており、とことん納得できるまで納得しない性格であった。
鳥飼さん自身、嘘か誠か当事者意識がまるでないことに加え、僕の口から説明されるモノの全ては、一般人にとっては縁も所縁もない奇妙奇天烈な話である。口下手な僕の説明だけで納得させようだなんて、端から無理な話であった。
このままでは埒が明かないということで、先ほどから我関せずを貫いている黒さんに助け舟を求めたが、一言「騒がしいから他所でやれ」と、邪魔者扱いされた挙句、家主であるはずの僕を家から追い出した。我が家なのに、隣人から家を追われた。
そして現在。
僕は今、あの鳥飼さんと。
二人並んで歩いていた。
あてもなく歩いていた。
あてもなく彷徨っていた。
夢にまで見た、鳥飼さんと二人っきりで夜道の散歩。
客観的に見れば、ではあるけれど。
「私はその名無というモノに憑りつかれていて──その厄介者に名を与え、左手に持っている古本に収集することが柊くん、あなたの御仕事だというの? 面白い御話ね。三流小説のあらすじかナニかかしら?」
鳥飼さんは唐突に話を切り出した。
前半部分は詳しい話を抜きにして概ね正しいのだが。
「鳥飼さんもきついこと言うなあ。口下手ではあるけれど、僕は事実をありのまま伝えたまでさ。神に誓って嘘偽りはない」
「あなたの信仰する神が信頼に足るか知らないけれど」
「僕の神を愚弄するつもりか⁉」
「つもりじゃなくて、しているのよ。もしかして日本語苦手かしら? Does it make sense?」
「英語はもっと苦手だ‼」
「私の言っている意味が分かりまちゅか?」
「日本語が退化して赤ちゃん語だと⁉ こんな辱めは初めてだ‼」
「幼い頃にされまちぇんでちたか?」
「あれは辱めではなく、我が子への愛情だ」
鳥飼さんは唐突に歩みを止めた。
何事かと振り返るとそこには、まっすぐ僕の瞳をとらえた鳥飼さんが立っていた。一瞬覗いた鳥飼さんの瞳は、不安で揺れていた。
「おかしなことを聞くけれど、真面目に答えて欲しいの」
「もちろん。僕はいつだって大真面目さ」
そんなに睨まなくても。
ああ怖い怖い。
「それでは柊くんに質問します──愛情とは何でしょうか?」
「辞書的な表現にはなるけれど、親類ないしは特別な関係の他人に注ぐ愛のことかな」
「我が子への愛情は実在するのでしょうか?」
「そりゃ……するだろう? 親にとったら可愛い我が子だしな」
「我が子が待望の子ではなかったとしたら?」
「待望の子ではないってなんだよ? 親は子に無償の愛を与える存在じゃないのか。というか、僕はさっきから一体何の質問をされているんだ? 先が見えないんだが」
これまでの要領を得ない会話から何か得るものがあったのか、鳥飼さんは「なるほど理解したわ。柊くんは良いご両親に恵まれたのね」と意味ありげに呟くと。
──禅問答はこれくらいにして、話を戻すと。
「頭の弱い柊くんでも理解できるよう分かり易く言うならば──私が知らない私の事実を柊くんから伝えられても、はいそうですかと納得できるわけないじゃない」
ごもっともです。
「そこで提案なのだけれど、僕と関係のない第三者が、今現在鳥飼さんの身に起こっている事態を説明してくれたらどうだろうか?」
「え、ええ。それならば十分納得できると思うわ。けれどどうやって? そんな事本当に可能なのかしら?」
「もちろん。でなきゃこんな提案しないさ。おっと、着いた着いた」
笑路荘から徒歩15分。
街に一つだけの、鳥飼さんが倒れていた商店街。
駅に直結した商店街は、学校や仕事先から帰宅する人たちで賑わっていた。
昨今の商店街にしては珍しく、夕方でも活気に満ち溢れた活きた商店街である。
考えてみればとても簡単な話であった。
鳥飼さんの誤解がここまで進んでしまった原因は、自覚症状がないからに他ならないのである。倒れる前の詳しい状況は分からないけれど、少なくとも、半透明になって倒れてからの鳥飼さんが出会ったのは、見える側の僕と黒さんだけである。
つまり見えている人間から、見えないといわれても、何かの冗談としか思えないのも当然の話でであった。
そこで商店街。
夜7時前後という人通りが昼並みに多い商店街で、鳥飼さんを他人の目に晒せばよいだけの話であった。今の鳥飼さんに必要なものは一にも二にも自覚である。自身が原因不明の怪奇に晒されているという自覚が大切なのである。
僕は鳥飼さんの手を引いて、人の流れを逆行するように商店街を進んでいく。
「ちょ、ちょっと待って。邪魔になるからもっと端を歩きましょうよ」
「いいから、いいから──ふうむ、ここら辺でいいかな」
僕はちょうどアーケードの中腹辺りで歩みを止めた。
「一度騙されたと思って、僕の言うことを聞いて欲しい」
「二度目の間違いじゃなくて?」
「今からその一度目(仮)が事実であったことを証明するから、鳥飼さんが騙されるのはこれで一度目さ」
「そう。で、私は何をすればいいのかしら?」
「単純なことさ。ここでただ突っ立っていてくれればいいんだ」
何を言ってるんだコイツみたいな目で鳥飼さんは僕を睨む。
「ほらスマイル、スマイル。そんな怖い顔しないで。後生だから、頼むよ」
「わかったわ。するわよ。言われた通りにするけれど、あなたどうするのよ。こんな放置プレイみたいなことを私にさせておいて、私を置いてあなただけ先に帰るだなんてもちろん言わないわよね?」
「え? もちろん帰るよ。僕がこんな道の真ん中で突っ立ていたら通行人の迷惑じゃないか。気が済んだら鳥飼さんも笑路荘に来て欲しい。道覚えてるよね?」
「一人で勝手に話を進めないで。どうしてそこまで独り善がりのことが言えるのよ? 怒りを通り越して呆れてきたわ‼」
「それじゃあ僕は帰るから。くれぐれも──気を落として帰ってこないように」
モノノケ祓いの御仕事 名沼菫 @nanunu7969
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。モノノケ祓いの御仕事の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます