第32話 年末年始の帰省④
悠の実家で初日を終えた二人はアラームで目を覚ます。
時刻はいつもより少し遅めの午前8時。
「悠くん、おはようございます。起・き・て♡」
澪桜は悠の頬をつんつんして起こしてくる。
「ん〜。澪桜…おはよ。よく眠れたか?」
「はい。昨夜の悠くんも素敵でした…」
悠は恥ずかしそうにしながら澪桜の頭を撫でてから抱きしめると彼女の柔らかさを感じる。
「ふにゃ♡ゆ、悠くん…朝から幸せです〜」
「充電完了っと。澪桜、一緒に降りるがその前にその…ブラだけちゃんとしてくれ?」
「ち、ちゃんと着替えてから降りますので大丈夫ですっ」
イチャイチャしながら着替えを済ませて二人はリビングに降りると彰と志保は既に起きていた。
「おはよう。昨日は良く眠れたか?」
「おかげさまで。今日は何か予定あるのか?」
「大晦日までは予定が入っててな。悠達は自由に過ごしてくれ」
「母さんもか?」
「ええ。主に彰さんとだけどね♪そちらもお楽しみしてちょうだい」
志保はいたずらっぽく笑いながら言う。
「それと悠、朝ごはんにするから凛を起こしてきてくれる?」
悠は二階に戻り凛の部屋のドアをノックする。
「おはよう凛。朝飯の時間だぞ」
中から応答はない。
悠は何度もノックしてから反応が無いことを確認すると部屋の中に入る。
凛は幸せそうに寝ていた。
「おい。凛起きろー朝飯の時間だ」
「ん〜。あ、おはよ兄さん…」
凛は眠そうな目を擦りながらベッドから起き上がる。
「…兄さん?昨夜はお楽しみだった?意外と壁薄いんだよ?」
「なっ…そ、そんな訳ないだろう…」
「かまかけてみたんだけど、その反応は当たりだよね…?」
「当たりじゃない…」
悠はバツが悪そうに答える。
「もう分かったよ。意地悪してごめんね?今起きるから」
凛は寝巻きのままリビングに降りていく。
一堂が揃ってから朝食を始める。
一条家の朝食は基本的に和食でごはんと味噌汁は欠かせない。
悠は懐かしさを感じながら味噌汁を啜る。
「澪桜、俺たちも元旦まではゆっくり過ごそうか」
「そうですね。せっかくの年末年始ですから、ゆっくり身体を休めましょう」
悠と澪桜は特に予定が無いため、元旦の初詣まではゆっくり気ままに過ごすことにした。
◇ ◇ ◇
年末というのはあっという間に過ぎていき、今日は大晦日。
凛は雪乃と高校近くの喫茶店に来ていた。
「雪乃ちゃんもたもたしてたから兄さん取られちゃったじゃないですか!」
「ん〜そうだね…でも悠ちゃんの彼女さんとても可愛かったし、スタイルも良くてお似合いだよ。それに、私がいつまでもグズグスしていたのが悪いんだし…」
雪乃は悲しそうな表情をしながらも気丈に振る舞っていた。
「た、確かにそうだけど…雪乃ちゃんはそれでいいの?」
凛は昔から雪乃が悠を好きである事は知っていた。
だからいつの間にか叶わぬ恋となってしまったことが自分の事の様に悲しかった。
「でももう悠ちゃんには彼女さんがいる訳だしさ。悠ちゃんを奪う訳にも行かないでしょ?そもそも悠ちゃんは私に恋愛感情なんて持ってないよ」
凛はぐうの音も出なかった。
確かにそうだ。
ドラマやアニメとは違う。
略奪愛なんて出来るはずがないし、そもそも相手に恋愛感情が無い以上それは片想いでしかないのだ。
凛はなんてフォローしようか考えていると雪乃が口を開く。
「私、お店で悠ちゃんと会った時思ったの。とても幸せそうな顔をしてるなって。それはきっと彼女さんのお陰なんだろうなってね。だから私は応援するよ。好きな人には幸せになって貰いたいから…」
「雪乃ちゃんは大人だね。私ならそんな簡単に納得出来ないと思うな」
雪乃の考えは達観しているが、高校生の凛にはまだ理解が及ばない域にあるのだろう。
「ごめんね?気を使わせちゃって。私もこれから良い人見つけるから!絶対幸せになってやるんだからっ」
雪乃はそう言いながら紅茶を飲んでいた。
「まあ、雪乃ちゃんがそう言うなら良いんだけどさ…」
凛はまだ納得出来ていなかったが、これ以上食い下がる訳もいかず、テーブルに置かれたカフェオレを啜る。
「それで?悠ちゃんと彼女さんは相変わらず家でもイチャイチャしてるのかな?」
雪乃は空気を変えようといたずらっぽく笑う。
「雪乃ちゃんそれ本当に聞きたい…?」
凛の呆れた表情から雪乃は察した。
「その反応は相当なんだね…」
自ら墓穴を掘り落ち込む雪乃であった。
「でも私もそろそろ現実と向き合わないとね。応えなきゃいけないこともあると思うし」
「もしかして…」
「うん…いつまでもこのままじゃ駄目だもんね」
雪乃は凛の顔を見て苦笑していた。
◇ ◇ ◇
悠と澪桜は悠の実家でまったりと過ごしていた。
そんな中、悠のスマホにメッセージが入る。
『悠久しぶり。今年も実家帰って来たか?もし暇なら久々にこれから会おうぜ!』
毎年この時期になると高校時代の旧友である五野井真であった。
悠は特にやる事もない為、了解の返信を送った。
「澪桜、高校時代の友達から久々に会えないかとRINEが来たんだけど、一緒に行かないか?」
「え?私も良いんですか?せっかく久しぶりにお友達と会えるのに…」
「澪桜がいるのに俺だけ行けないよ。それにずっと仲が良い奴だからちゃんと紹介したいんだよ」
「それならせっかくですし、ご一緒させて下さい♪」
悠は澪桜の提案に快諾した。
『彼女も一緒に行くわ』
悠は追加で送信する。
『えっ!?悠、彼女いたの?てか一緒に帰ってきてんの?まじか!是非連れて来てよ』
「友達も澪桜連れて来て良いとのことだ」
二人は外出の準備をすると悠の車に乗って待ち合わせ場所に向かった。
指定された待ち合わせ場所は悠の実家から少し離れた隣町のファミレスだった。
悠と澪桜はファミレスに入ると、店の奥のテーブル席に座る一人の男性が目に入る。
「よう。久しぶりだな真」
「おお!久しぶり悠…って、ええっ!?」
真は急に驚き、声をあげる。
「そ…その子、悠の彼女か!?可愛すぎだろ?っと…初めまして。悠とは高校時代からの友人やってます五野井真です」
真は驚きながら自己紹介する。
「初めまして。悠くんとお付き合いしてます綾瀬澪桜です。こちらこそよろしくお願いします」
澪桜はニコっと笑顔で挨拶した。
「さすが都会の女の子はレベルが高いな〜。この辺の田舎にはこんな可愛い子はいないぞ?」
真は澪桜を見て関心するように頷く。
「そりゃそうだ。俺の彼女は最高だからな」
悠は澪桜の肩を抱き寄せて自慢する。
「ゆ、悠くん…恥ずかしいです…」
澪桜は照れて顔を赤くしているが、満更でもない表情をしている。
「おいおい!見せつけてくれるね〜まあ、悠なら納得は出来るけどな。綾瀬さん、悠の高校時代の話聞きたい?」
「えっ!聞きたいですっ!!」
澪桜は前のめりになりながらテーブルに身を乗り出す。
テーブルに大きな胸が乗り、ふにゅっと形を変える。
真は一瞬、澪桜の胸を見てすぐに目を逸らす。
悠はその一瞬の出来事を見逃さない。
「真、お前、人の彼女をいやらしい目で見たら…分かってるよな?」
悠は真に殺気を向ける。
澪桜はそのやり取りで状況を察して、さっと身を引くと大きな胸を両腕で抱く様に隠す。
「ち、違うからな!そんな目で見てないって。それに悠は知ってるだろ?今日はその話もしたいと思ってたんだからさ」
真は言葉を濁しながらも悠を見て同意を求める。
「まぁな。俺がその件を知らなかったら承知してないぞ?」
悠は冗談っぽく笑う。
それからは三人で主に悠と真の思い出話しで盛り上がっていた。
「悠はさ、高校生の頃からモテた訳よ?でも誰からの告白もOKしなかったんだよ。当時は女性に興味ないんじゃないかって噂になったよ」
真が笑いながら当時の悠について語る。
「いやいや。ピンとくる人がいなかっただけだからな?あらぬ誤解を広めてくれるなよ…」
「やっぱり悠くんってモテたんですね?」
「まぁ、勉強出来て空手強くてこの顔だもんな〜」
真は納得顔で頷いていた。
「そんな褒めても何も出ないぞ?どうせ今年も一緒に例の件の戦略練らされるんだろ?」
「それは毎年恒例だろうよ」
「例の件ってなんですか?」
澪桜は首を傾げながら悠に問いかける。
悠は真に目配せすると真は頷く。
「こいつはさ、雪乃が好きなんだよ。それも高校の頃からずっとな」
「えっ…」
澪桜は驚きに目を丸くした。
以前、雪乃に会ったときに彼女は悠のことが好きだと言うことは分かっていた事もあり澪桜は何とも言えない感情になる。
「あれ?雪乃のこと知ってるの?」
真は澪桜の表情を見て不思議そうに尋ねる。
「この前、二人でパン屋に行って顔出して来たんだよ。その時に澪桜も会ってるからな」
「そういうことか。雪乃、悠に彼女出来たこと知って驚いてたろ?」
真のその言葉で澪桜は理解した。
この人は雪乃が悠を好きなことを知っているのだと。
「昔から女っ気ないからびっくりしたと言われたよ。あいつも昔から変わってなかったな」
「悠くん達は高校生の頃、良く一緒にいたのですか?」
「そうだな。雪乃は空手部のマネージャーだったんだよ。真も同じ空手部でな。家も近かったし良く一緒に帰ったもんだよ」
その後、澪桜は彼らが小学校からの仲で高校までずっと腐れ縁だったこと。
真は昔から雪乃のことが好きだったが、未だに気持ちを伝えられていないことを聞いた。
「俺さ、今年は雪乃に告白しようとしてるんだ。もう良い年になるしさ。ダメだったらそろそろ区切りをつけようかと思ってさ」
「そうか。俺はお前と付き合い長いし、幸せになって欲しいよ。上手く行くといいな」
澪桜は恋愛は上手くいかないものだと思った。
自分が好きでも相手が自分を好きでないと上手くいかないのだ。
その確率はいったいどれくらいなのだろうと。
その上、自分の理想の相手と出会う確率がそもそも低いのだ。
カップルというのは途方もない確率で出会い、成立するものだと改めて考えるのであった。
「私、悠くんと出会うことが出来て、両想いになって付き合えた。本当に良かったです…」
悠は澪桜の言葉を聞き、心情を悟ると澪桜の手をギュッと握った。
「俺もだ澪桜。俺は人生で一番の幸運を使ったよ」
二人は見つめ合う。
「ゴホン。良い感じのところ申し訳ないが、それより先は家でやってくれ?」
真のツッコミで我に帰る二人。
「と言うことで俺は明日、雪乃を初詣に誘ってそこで勝負してくるよ」
真は覚悟を決めた男の顔になっていた。
「真、頑張れよ…」
悠は聞こえないくらいの声で呟きながら友の成功を祈るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
年は明けて元日。
悠と澪桜は初詣に来ていた。
毎年、この辺の人々が行く神社は決まっていた。
悠の実家から車で20分くらい離れた場所にその神社はあった。
大きな境内があり、皆新年はここでお参りをする。
屋台やおみくじなど年明けの風物詩を楽しみに沢山の人でごった返していた。
「それにしても、悠くんは本当に親孝行者です。両親にお年玉をあげるなんて子の鑑ですね。お父様もお母様も喜んでましたね?」
澪桜は感心していた。
「父さんと母さんには世話になったからな。これくらいはしてやりたいと思って毎年渡してるんだ」
「悠くんのそんなところも私は大好きです♡」
澪桜は悠の腕に抱きつきながら境内を歩く。
「澪桜はどんな願い事したんだ?」
「ふふっ。それは内緒ですっ。話してしまったら願いは叶わなくなってしまいますから♪」
澪桜は口に人差し指を当てたポーズで微笑む。
「ここの神様はそんな薄情じゃないさ。俺はこれからもずっと澪桜と幸せに過ごせますようにと願ったよ」
悠は笑いながら澪桜を見た。
「あ〜。悠くんずるいです〜。それなら私もちゃんと言います。私も悠くんとずっと一緒にいられますようにってお願いしました」
澪桜もえへへと笑いながら悠を見つめる。
本当になんでこんなに可愛いのだろうか。
「あ、後…悠くんに悪い虫さんがつきませんように…ともお願いしました」
「それなら悪い虫がつかないように澪桜がずっと側にいてくれよ?」
「もちろんですっ。私は悠くんを独り占めしたいのでそうさせて頂きます♪」
二人は笑いながら新年の初詣を楽しむのであった。
* * * * *
その頃、真は雪乃を誘って悠達と同じ神社に初詣に来ていた。
真は告白の事を考えると緊張でややぎこちなくなっている。
「真?何か様子変じゃない?」
雪乃は笑いながら真を見る。
「そ、そんなことないだろ!それよりも今年は何て願い事したんだ?」
「それは内緒よ。言ったら願い事叶わなくなっちゃうし」
イタズラっぽく舌を出して笑う雪乃に真は見惚れていた。
「確かにそうだよな。なら言わない方がいいよな。なあ?もし良かったら今年も隣の展望山行ってみないか?」
「そうだね。毎年行ってるし今年も行こうか」
この神社は裏手に小さな山があり、そこに展望台がある。
初日の出の時間は沢山の人で混雑するが、この時間ならそこまで人はいない為、ゆっくり景色を眺めたり、休憩出来るスポットで地元の人たちは親しみを込めてこの山を展望山と呼んでいた。
二人は展望山を登り、展望台に着くと景色を見渡す。
「毎年、ここに来ると今年も頑張ろうと思うよな」
「そうだね。昔から悠ちゃんと真と私の三人で来たもんね」
真と雪乃は思い出に浸っていた。
しばらくそうしていると周りの人達は皆下山し、気がついたら二人だけになっていた。
「雪乃。俺ら出会って長い事経つな…」
「そうだね…いつの間にかこんな年になっちゃった」
雪乃は景色を眺めながら笑う。
「雪乃、俺さ…お前のこと好きなんだ。高校の頃から」
「うん。なんとなくそんな気がした」
雪乃は真の方を見ずに、目下に広がる景色を見続けながら返事をする。
「やっぱり知ってたのか?」
「そりゃ、あれだけ態度に出てたら分かるよ?私はね…この前失恋したのっ」
「…………」
「誰だか気にならないの?」
雪乃は相変わらず景色を眺め続けている。
「悠だろ?俺だって鈍感じゃないから分かるさ。それに昨日、悠とその彼女に会ったしな」
「真も会ったんだ?可愛い子だったよね…」
雪乃は悲しげな表情になっていく。
「私って自分勝手だよね?勇気出せずにグズグスしてて、悠ちゃんがずっと一人でいる保証なんてないのに。いざ彼女が出来たら悲しいとかさ…」
「雪乃…」
「私の方が彼と長い時間過ごしてたのにね。あの子は悠ちゃんと出会って好きになってちゃんと行動した。それが今の結果だよ」
雪乃は展望台に来て初めて真の顔を見た。
「真、ごめんね。私まだ切り替えられそうにないや…こうやって告白してくれたことは嬉しいよ。でもごめん…もう少し時間が無いと前に進めそうにないの」
雪乃の目には涙が光っていた。
「そうか…分かった。返事をくれてありがとな。でもこれからも悠を含めて俺たち三人はいつまでも友達でいたいな…」
「そうだね…ありがと。真は昔から優しいね」
雪乃はハンカチで涙を拭うと再び景色を見る。
「年始早々変な感じになっちゃったね…そろそろ行こうか?」
そう言って笑う雪乃は展望山の元来た道を下って行く。
長年の想いが実らなかったものの、これで一区切りつけることが出来たからか真の表情は意外にも晴れやかであった。
「…そうだな。これで俺も前に進めるのかな」
真は先をゆく雪乃を追いかけるのであった。
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