第30話 年末年始の帰省②

「まあ何もない場所だがせっかく来たのだ。悠に色々案内でもして貰いながら遠慮せずにゆっくり過ごすといいよ」


 悠の父である彰から歓迎を受けた澪桜は嬉しそうに安堵していた。


 彰と志保は再び買い物に出かけた。

 二人は結婚して長い時間が経つがとても仲が良く、今回はデート兼、悠と澪桜に気を使わせないようにするためだろう。


 今日は夜の食事まで特にやることもないので家の周りや地元を案内することになった。


「澪桜、これからこの辺を案内するよ。そこまで遠くまでは行けないけど」

「わあ。是非行きたいです♪ありがとうございます」


 澪桜は嬉しそうに悠の腕に抱きつく。

 腕にはふにゅっと柔らかい澪桜の胸を押しつけられている。


「み、澪桜…凛が見てるから…」

「はっ!失礼しました…私ったら」


 澪桜は凛にジト目で睨みつけられていることに気づくとパッと悠から離れる。


「兄さん、随分デレデレなんだね?おっぱい腕に押し付けられて喜ぶなんて…」

「おい。喜ぶとか言うなよな」

「え?違うの?それじゃあ嫌なの?」

「そんなの嫌な訳ないだろう」

「どっちなのよ…」


 凛は澪桜にデレている悠にイライラしながら絡んでいた。


「そ、そうだ凛ちゃん。私達と一緒に案内回りますか?」


 澪桜は凛も一緒に外に出るのはどうかと提案する。


「い、いえ。やめときます。私からしたら特にいつも見ている風景ですし…」

「それもそうだな。凛が一緒に回っても普段の景色だからな。楽しくもないだろう」

「いいんですよ。夜に少し兄さんを貸して貰えれば」


 凛は大人の余裕とばかりに頷く。


「ゆ、悠くん?妹とナニするつもりですか?」

「ナニって…何もしないって。ただ話すだけだから」

「悠くん、お分かりかと思いますが浮気はめっですからね?」


 澪桜は可愛くおどけて悠の唇に指を当てる。

 か、かわえぇぇ…

 まじで反則ですよ澪桜さん。

 でも妹相手に浮気なんてする訳ないって。

 悠はぼ〜っとした表情で澪桜を見つめている。

 凛は悠の考えていることを理解する。


「兄さんが知らない間にバカになってる…」


 凛は悠がこんな表情をするところを初めてみたこともあり驚愕していた。


 兄妹間のそんなやり取りがあった後、悠と澪桜は外に出た。


 悠の実家を出て少し歩くと、綺麗な小川が流れておりその周りは雑木林が広がる。

 二人は小川のせせらぎを聴きながら歩く。


「懐かしいな。よくこの小川で遊んだよ。魚を取ったり、そこの雑木林で虫を捕まえたりしてさ」

 

 悠の目は少年のようにキラキラしていた。

 そんな目を見た澪桜は嬉しそうだった。


「こんな綺麗な場所が家の近くになるなんて…素敵です」


 陽の光が小川に反射して眩しい。

 二人は手を繋ぎながら小川に沿って進む。

 すると小川にかかる古い木製の橋が見えてきた。


「あの橋を渡って町の方に行くんだ。小学校から高校まで俺はずっとこの町で育ったから毎日ここを通ったな」

「そうなんですね。悠くんもし良かったら学校の方まで行ってみませんか?」

「そこそこ歩くかもしれないけど大丈夫か?」

「もちろん大丈夫です。行きましょう」


 二人は悠が通った学校の方まで歩くことにした。

 学校の方まで歩くと概ね片道20分。

 高校はそこからさらに15分はかかる。

 悠が学生の頃は自転車で通っていたので歩くのは新鮮だ。


 橋を渡ってしばらく歩くと、古い街並みに入る。

 レトロな街並みはとても活気があるとは言えないが、古き良き雰囲気がありなんともノスタルジーな気分にさせる。


「ここの町は人口が少ないからみんな知り合いみたいなもんでさ。お店の人は小さい頃からお世話になってたよ」


 そんな話をしていると、商店街の一角に八百屋を見かける。


「あれ?もしかして一条さんのとこの悠くんかい?」

「はい。一条悠です。お久しぶりですおばさん」


 八百屋のおばさんは懐かしそうにしながら笑っている。


「何年振りだろうね?良い男になっちゃって!そろそろうちの娘貰ってくれたら—って…隣のお嬢ちゃんはもしかして彼女かい?」


 おばさんは悠の隣にいる澪桜を見て驚いたように声をあげる。


「こんにちは。悠くんの彼女の綾瀬澪桜です。」


 澪桜は悠の腕に抱きつきながら目一杯アピールしている。

 娘を貰ってというワードがとても気になっていたようだ。

 やきもちを妬く澪桜は本当に可愛い。

 小動物の様にぴったりとくっついて私の悠くんですとアピールするのだ。


「まぁ〜なんて別嬪さん見つけたんだい?お嬢ちゃん、悠くんはこの辺でも良い男で有名だったんだよ。大事に捕まえときなよ?」


「はい!こんな良い男性は他に居ないですから絶対に離しません♪」

「見せつけるね〜。まあ悠くんみたいな良い男を他の女が放っておく訳ないもんね?うちの娘がグダグダしてるのが悪いのさ。でもこれ知ったら娘も悲しむわね〜」


「悲しむなんて大袈裟でしょう。それで雪乃はまだここに住んでるんですか?」

「高校の先のパン屋で働きながらずっとうちに住んでるよ。もし良かったら顔出してやっておくれよ」


「そうですね。ちょうど高校の方まで行くところですから。それと今年は年末年始、彼女と一緒に帰省してるのでよろしくお願いしますよ。それじゃあ」


 悠はそう言うと澪桜の手を引き歩き始める。


「悠くん。あの八百屋の娘さんとは仲が良かったのですか?」


 澪桜は気になるのか長い髪の先を指でくるくるしながら聞いてくる。


「そうだなぁ…小さいころから高校出るまでずっと一緒だった所謂、幼馴染ってところだな。別に付き合ったりとかはなかったぞ?」


「へ、へぇ〜ずっと一緒に…でもあのおばさんの話振りだと悠くんのこと好きみたいな感じでしたが…」


「それはおばさんの冗談だって。雪乃がそんな素振り見せたことないしさ。まあ気になるなら二人でそのパン屋に顔出しに行こう。そうすれば俺に澪桜がいるって分かるだろ?」


「そうしましょう!私…絶対悠くんを渡しませんからね?」


 澪桜は抱きついていた悠の腕をさらにぎゅっと強く抱いて歩き出す。

 八百屋を抜けて小中学校を抜けると悠の通った高校が見えてきた。


 この高校は過疎地域にあるが実は県でも有名な私立の進学校だった。

 私立なだけあって校舎などの施設は立派だ。


「ここが悠くんの青春の地ですか!」


 澪桜は有名な観光地に着いたかのようなテンション。


「そんな大層な場所じゃないんだがな」


 悠は笑いながら澪桜につっこむ。


「私にとって悠くんが育った場所はとても興味深いのです♪」 


 二人は高校の前の通り、例のパン屋まで来ていた。


「このパン屋はさ、俺が高校時代ほぼ毎日通った店なんだ。部活帰りにここでパンを買って食べながら帰ったよ」

「そうなんですね。悠くんって何の部活やってたんですか?」

「俺は空手やっててな。一応組み手で全国出たんだぞ?」

「す、凄いですね!空手で全国出たなんて初めて知りましたよ。かっこよくてますます惚れ直しちゃいます♡」


 二人は懐かし話をしながらパン屋に入る。

 パン屋の中は昔から変わっていなかった。

 悠もここに来るのは高校を卒業してからは初めてなのでもう11年ぶりくらいだ。


 店内を見て回っていると見知った女性と目が合う。


「あれ?え?もしかして悠ちゃん?」


 エプロンと三角巾をつけた店員の女性。

 雪乃は悠と同い年で背は160センチくらい。

 ライトブラウンのセミロングヘアーに三つ編みおさげで赤いリボンがついている。

 顔立ちは素朴ながらもしっかりとした目鼻立ちの女性でスタイルは太っても痩せてもない標準的な感じ。


「おう。久しぶりだな雪乃。今年も帰ったぞ?それと隣の子は彼女の澪桜だ」


 悠は隣にいる澪桜を見ながら紹介する。


「うん。久しぶり…というか、え…悠ちゃん彼女出来たのっ!?わぁ…可愛い人だね。年下の子?」


 雪乃のリアクションは驚きに満ちている。


「は、はじめまして。悠くんとお付き合いしています綾瀬澪桜と言います。よろしくお願いしますね」


 澪桜は悠の腕に抱きつきながらぺこりとお辞儀をする。


「初めまして。私は悠ちゃんの…幼馴染かな?林雪乃です。こちらこそよろしくお願いします」


「澪桜は俺らの2つ下なんだ。向こうで知り合って今は同棲もしている。今年は澪桜も一緒に帰省したから帰るまでよろしくな」


「ど、同棲…。悠ちゃんって昔から好きな人いるとか全然無かったからびっくりしちゃった。でも元気そうで良かったよ。それで、今日はその可愛い彼女さんとお散歩?」


「まあな。この辺を案内しながら散歩してたんだ。そしたら八百屋でおばさんと会ってさ。雪乃がここで仕事してるって聞いたから顔出した訳だ」


「わざわざ顔出してくれてありがとね?何日までこっちにいるの?」

「1月3日まではいる予定だな」

「それならまた会えるかもね。引き止めちゃってごめんね?悠ちゃんも彼女さんも帰省を楽しんでね」


 雪乃はそう言うとレジの奥に消えていった。


「あの方が幼馴染さん…ですか。ふ〜ん。悠くんって悠って呼ばれてるんですね?しかも可愛いし…。悠くん引く手数多で私この先大変そうです…」


 澪桜は悠に嫉妬の目を向けたが、同棲してることまでしっかりと説明した上で彼女として紹介してくれたので許すことにした。


 その後二人はパンを買うとレジへ向かう。


「あ、悠ちゃんお買い上げありがとう」


 雪乃はお会計を進めていく。


「このハニートーストおすすめなのよ?私も昔から大好きだったな〜。彼女さんのチョイスかな?」

「はい。とても美味しそうですし悠くんもおすすめしてくれたので」

「悠ちゃんはやっぱり白玉クリームあんぱんなのね。本当昔からこればっかりね」

「俺の学生時代を支えてくれたパンだからな」


 雪乃はそう言って笑い会計を終える。


「ありがとうございました。それじゃあ二人ともまた来てね」


 悠と澪桜はパン屋を出ると、元来た道を戻りながら途中にあった公園のベンチに腰掛けてパンを食べることにした。


「私、もっともっと悠くんのことを知りたいと思いました」


 澪桜はベンチに座りパンを食べながら言う。


「ん?雪乃のことか?」

「雪乃さんのこともそうですが、やっぱり私はまだまだ悠くんのこと知らないことばかりなんだなって思ったんです。部活のこともそうですし、これからも沢山の悠くんを教えてくださいね?」


 澪桜はニコっと笑い悠を見つめる。


「もちろんだよ。俺たち進展は早かったけど、まだ数ヶ月しか一緒にいないからな。これから先時間をかけてお互いのことをより深く知っていこう。俺ももっともっと澪桜のことを知って行きたいと思うよ」


 悠は澪桜の頭を撫でながら言う。


「んっ。悠くんのそのパン昔から食べてるんですよね?私も食べてみたいなぁ」


 甘えながら澪桜がおねだりしてきた。


「はいよ。美味いから食べてみな?」


 悠はパンを澪桜に差し出すと小さな口でパクッと食べる。


「甘くて美味しいです!次は私もそのパンにします♪悠くん私のもどうぞ?」


 悠は澪桜が差し出すパンを一口食べる。


「昔何回か食べたことあるけどこれも美味いな」


 二人はパンを交換しながら笑い合う。


「なんか学校の近くでこんな風に澪桜といると放課後デートしてる気分になるな」

「えへへ♡悠くんと放課後デートなんて…最高じゃないですかぁ」

「澪桜は高校までは女子校だっけ?」

「そうなんです。だから付き合うとか全然なくて。大学でも彼氏いなかったのでなんだか放課後デートってとても憧れちゃいます。でも悠くんとお付き合いしてから私は初めてを沢山経験させて頂いて…私幸せですっ」


 澪桜は悠の頬にキスをする。

 その顔は夕陽も相まっていつもより赤く見えた。

 二人はベンチに座りながらしばらくそうやってイチャイチャしていた。


「そろそろ帰ろうか」

「はいっ。悠くんエスコートして下さいね?」


 悠は澪桜の手を引くと自宅まで歩き始める。


「明日の夜は私も夕飯作り手伝っても良いでしょうか?」

「そうだな。澪桜は料理上手だからみんな驚くだろうね。俺から聞いておくよ」

「はい!お願いしますね♪」


 二人は寄り添ったまま夕暮れの田舎道を進む。

 悠は懐かしさと幸せを噛み締めながら茜色に染まる空を見上げるのであった。

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