第12話 彼女が家に来ました①
時刻は午後6時頃。
この日の悠は仕事を早めに終わらせる為に、日中はフル稼働だった。
「はぁー。流石に疲れたな。」
「今日は、綾瀬さんが家に来るんでしょ?悠、朝から仕事早く終わらせるって張り切ってたもんね?」
「当たり前だ。こんな日まで夜の9時、10時まで仕事してる訳にはいかんだろ。」
「一条主任、狂気に満ち溢れた顔で仕事捌いてたね。愛の力は偉大だなぁ。」
係長は苦笑しながら、今日一日を振り返る。
「早く終わったので結果オーライですよ。早く上がりましょう。」
「まさか、悠から早く上がりましょうなんてセリフが聞ける時がくるとはね〜」
「一言余計だ…。」
悠達は揃って会社を出て、各々帰宅する。
悠は澪桜に、午後6時30分には迎えに行ける旨をRINEで送信する。
澪桜から待っているとの返信を受けた悠はどこにも寄らず、まっすぐ澪桜の家まで向かった。
少しでもはやく澪桜に会いたくて。
大通りを抜けて住宅街に入って行くと、一際大きな一戸建てが見えてくる。
「前も思ったけど澪桜さんの実家でかい…。やっぱり澪桜さんってお嬢様だよな。俺の住むマンション来たらどう思うのやら…。」
そんな独り言を呟いていると、家の前に澪桜が立っていることに気づく。
「お待たせしました。寒くなかったですか?」
「あ、悠さん。こんばんは。こちらこそお迎えありがとうございます。暖かくしてるので大丈夫ですよ。」
悠は車から出て、澪桜の持つカバンを受け取り、後部座席に置く。
「随分大きいカバンだな。家に遊びに来るだけでこんな大荷物なんて女性は大変だなぁ。」
心の中で呟いたこの時の悠はそんな風にしか考えていなかった。
澪桜を車に乗せた悠は、自宅まで車を走らせる。
「あの、帰り途中にスーパーに寄って頂いてもよろしいですか?晩御飯の材料を買いたいのですが。」
「もちろんです!澪桜さんと買い出しして晩御飯なんて…本当に楽しみです。」
彼女と一緒に晩御飯の買い出しなんて初めての経験で悠は喜びに満ち溢れていた。
「私、その男性に夜ご飯作るのなんて、お父さん以外初めてなのでなんだか緊張します…。」
その言葉に悠はまた嬉しくなる。
澪桜の晩御飯を親以外の男では自分が初めて食べるのだ。
嬉しく無い訳がない。
「俺も彼女に晩御飯作って貰うなんて初めてなのでもう嬉しくて。」
「ゆ、悠さんも初めてなのですね…?私、これからも悠さんの色々な初めてを貰っちゃいますね♪」
はぅぅ…。澪桜さんマジで可愛い…。
雪のように白く傷ひとつない綺麗な頬をほんのり桜色に染めた澪桜は照れながら微笑んで悠を見ている。
もう…いますぐ抱きしめたい。
そんな衝動に駆られる悠であった。
スーパーに到着した2人は食材コーナーを歩いていた。
「悠さんは嫌いな食べ物はありますか?今後の参考にしますので。」
「いえ、食べれないものはないですね。何でも食べれますよ。」
「ふふっ。悠さんえらいです。じゃあ好きな食べ物は何でしょうか?」
「ん〜難しいですね。洋食も和食もどちらも好きですし。今日は何となくグラタンが食べたい気分なんですけど…難しいのでしょうか?」
悠は思いつきでメニューをリクエストしたが、そもそもそんな簡単に作れるものなのか料理に疎い悠には良く分からなかった。
「悠さんのお家はオーブンありますか?」
「レンジにオーブン機能がついているはずですが。」
「分かりました。それなら作れます。今夜はグラタンにしましょうね♪」
簡単に今夜のメニューが決まってしまった。
澪桜は、手際良く材料をカゴに入れて行く。
「澪桜さんは本当に凄いですね。メニューを聞いただけで材料がみんな分かるなんて。」
「料理をある程度やっていればそんなに難しいことではないですよ?悠さんの為にもっとお勉強が必要ですけどね♪」
澪桜さんが優しい。
そして尊い…。
2人は材料を揃えてからスーパーを出る。
「あの、お金出してもらってすみません。次は私が払いますので。」
「いえいえ。わざわざ作って貰うのですからお金くらいは俺が払いますから。外食するよりも安いですし澪桜さんに払わせるなんてとんでもないですよ。」
「それでは、お言葉に甘えちゃいます。その代わりとっても美味しいご飯作りますね♡」
幸せかよ…。
社会人なのにアオハルかよ…。
駐車場に向かうまでに2人のやり取りを見た他のお客は皆そう思っているに違いない。
* * * * * *
2人はようやく悠の自宅に到着した。
悠は5階建てマンションの最上階に住んでおり、エレベーターで部屋まで向かう。
「男性の…彼氏のお家に行くの初めてなので、改めて緊張して来ました…。」
澪桜はエレベーターの中で少し緊張気味の面持ちで呟く。
「あ、あの…。変なことしたりしないので安心して欲しいというか…。その、大丈夫ですよ?」
「へ?そ、そういう意味ではないのです。初めてなのでドキドキするからで…。悠さんにその…変なことされるのが嫌とかそういう訳では…」
澪桜は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
うん。控えめに言って天使。
そして悠も「変なことされるのが嫌ではない。」という言葉に顔を赤くしていた。
側から見れば完全にバカップル。
夜の非リア充がみたら血の涙をながして羨ましがるだろう。
2人は5階に到着し、悠の部屋の前まで来る。
悠が鍵を開けて玄関ドアを押さえて澪桜に入るよう促す。
念入りに掃除もしたし、昨晩はアロマも焚いた。
何も変な所はないだろう。
「お邪魔します…。わぁ〜悠さんのお家綺麗ですね。」
「仕事の時以外あまり家に居ないからでしょうか?」
悠は笑いながら澪桜のカバンとスーパーで買った食材を玄関先に置く。
そして澪桜にスリッパを出してやる。
「ありがとうございます。ここが悠さんのお家なんですね…。」
澪桜はキョロキョロと悠の部屋を見渡している。
自分が見られている訳じゃないのに妙に恥ずかしい。
澪桜を洗面所に案内して手を洗った後、リビングに来た2人。
「食材を冷蔵庫に入れるのでソファーで少し休んでいて下さい。」
「あ、私も手伝いますよ。私もこれから使わせて頂く冷蔵庫ですから、中の配置とか物のある場所把握しておきたくて。」
これからも使ってくれるという言葉に悠はムズムズする。
もう一生使い倒して下さい。
「澪桜はキッチンにある冷蔵庫を開けて中の様子を見ると、急に動きを止めて悠を方を見る。
じーっと見つめてくる澪桜の顔を見ると笑顔の裏にプレッシャーを感じる。
「あの、悠さん?」
「は、はい。何かありましたか?」
「冷蔵庫の中がほとんど空なのですが、普段食事はどのように?」
「えと、朝はコンビニで買います。昼は外で食べるか会社の食堂で、夜はコンビニか外食ですね。」
悠は正直に今の食生活の現状を話す。仕方がない。自炊などしたこともないし、する暇もないのだ。
「悠さん…。お仕事が忙しいのは分かります。が…全部お外のご飯で済ませているのですね?」
「は、はい。自炊なんてしたことないですし、いつも易きに流れてしまうというか…。」
澪桜さんの目はもう笑っていなかった。
「悠さん。これから悠さんのお食事は私が用意しますので。朝はこのお家で食べて下さい。お昼はお弁当を作ります。夜も私が作りに参りますので。」
「いやいや!流石にそんなお手数はかけられませんよ!それに澪桜さんは実家のお手伝いだけじゃなくてレストランの仕事もありますよね!?」
「いいえ。悠さんこれは譲れないことなのです。もともとレストランの仕事は今月いっぱいで辞める予定でしたので大丈夫です。」
悠は澪桜がレストランの仕事を辞める予定であることを初めて聞いた。
「あのレストランは2ヶ月の短期でやっていたので今月で終わりなのです。そういえば言ってませんでしたね。申し訳ありません。」
「それならいいんですが、でも毎日3食作らせるなんて申し訳ないですよ…。」
悠は澪桜の負担になることが嫌で、食い下がっていた。
それがきっかけで嫌われるなんて耐えられない。
「これは私がそのようにしてあげたいんです。でもそうすると毎日悠さんがお仕事の時にも家に入らなければいけません。それは悠さんだってさすがに…。」
澪桜は悲しそうに俯く。
「いえ、そこは何も問題じゃないですよ?合鍵を渡しておきますので、自由に出入りして下さい。」
「えっ!あ、合鍵ですか…?いいんですか?私に?」
「もちろんです。澪桜さん以外の誰に合鍵を渡すんですか?あなたは俺の彼女なんですから当然では?」
澪桜はみるみる表情が明るくなる。
「ふふふ。ありがとうございます。悠さんに信頼されているのを感じます。もぉ、大好きっ♡」
澪桜は悠に抱きつく。
大きな胸が悠の胸板に当たり形を変える。
悠の心の中は穏やかでない。
「み、澪桜さん!嬉しいのですが、そ、その…当たって…」
「も、申し訳ありません…。私ったら…。嫌でしたよね…。」
澪桜は恥ずかしそうに悠から身体を離す。
あ…。俺の天国が…。
澪桜の柔らかな感触が離れて行き名残惜しさを感じる。
「い、嫌な訳ないです!なんならもっと…じゃなくて!スミマセン…」
「もぉ…悠さんのえっち…」
悠のHPはすでにゼロになっていた。
澪桜さん…甘々です…。
「悠さん、毎日外食とコンビニなんて身体に悪過ぎます。これからは私が毎日ご飯作りますのでちゃんと食べて下さいね?」
「澪桜さんがそう言ってくれるなら…。お言葉に甘えます。よろしくお願いします。その代わり、食費は俺が出すのでそのお金でやりくりして下さい。それは譲れませんので。」
「分かりました。毎日美味しいご飯作りますので期待していて下さいね♡」
こうして、悠の毎日の食事は澪桜が作ることになった。
冷蔵庫への食材移動が終わり、悠は澪桜のカバンをリビングまで運ぶ。
「随分大きいカバンですね。何か持ってきているのですか?」
「はいっ!これから悠さんのご自宅にお邪魔しても色々と困らないように、着替えや日用品も持ってきたのですが…。その…迷惑だったでしょうか…?」
悠は心の中で血を吐いた。
彼女の物が俺の家に置かれるなんて…最高かよ…。
「そ、そうですよね!これから色々あるかもしれませんし!自由に置いて下さい。もう何でも大丈夫です!」
「ありがとうございます。どこに置いたら良いか一緒に回って下さい。」
澪桜は嬉しそうにカバンから物を取り出して行く。
歯ブラシは悠の歯ブラシの隣に置く。
うん。もう最高。
シャンプーやコンディショナーなどは風呂場の空いている棚に並べる。
部屋着やちょっとした洋服はクローゼットの使っていない引き出しにしまってあげる。
「あ、あの…。その…下着なんですけど…これはどこに…」
「し、下着!?」
当然、これからお泊まりもあるだろうし、シャンプーなどがある時点で分かることだろうと悠は自分を落ち着ける。
「下着類は、このカラーボックスの下の段を使って下さい…。空いていますので。」
澪桜が恥ずかしそうに下着類をボックスの中に入れている。
悠はそんな様子をなるべく見ないように顔を背ける。が、目は澪桜の手元を向いていた。
ピンク、白、黒…花柄レース…
無意識に色や柄を記憶に刻み込んでいる。
「……。悠さん?」
「は、はいっ!」
「下着見てるのバレてますよ?悠さんのえっち…。そんなチラチラ見なくても…。別に見せてと言えば私は全然良いのです…から…。」
「良いんですか!?」
「それに…。悠さんは私がいないときに好きなだけ見れるじゃないですか?」
「な、何かそれは変態みたいで…。」
悠は澪桜が居ない時にこっそりカラーボックスを開けて花園を覗くなんてことは断じて…ない…と思う。
2人はなんだかイケナイ気分になりかけるが、その邪念を振り払い、残りの物を片付けていく。
「大体こんなもんでしょうか?今後、他に必要な物が出来ればその都度持ってくれば良いですね。」
「はい。悠さんがお手伝いしてくれたのですぐに終わりました。ありがとうございます。これから夜ご飯の準備しますので悠さんはリビングでゆっくりしていて下さいね♪」
悠にニコッと笑いかけスリッパをパタパタさせながら澪桜はキッチンに向かう。
リビングからキッチンはカウンターで仕切られており、その様子を伺うことが出来る。
澪桜は黒くサラサラなロングヘアーをポニーテールに結び、エプロンをつけて、食材の準備を始めていく。
澪桜の言葉に甘えた悠は、ソファーで手際良く調理に取り掛かる彼女を眺めている。
あ〜幸せだなぁ。
澪桜さんのポニーテールも最高だ。
白い首から見えるうなじが色っぽい。
悠は人生の中でも最高とも思えるこの時間をゆっくりと堪能するのであった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
こんにちは。蒼い湖です。
今作はどうでしたでしょうか?
甘さは足りてましたでしょうか?
これから先の2人はもっとイチャイチャしていきます。
そして本作を読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
応援して頂き感謝しております。
皆様に読んでいただき、応援して頂くことがとても嬉しく、物語を書き進めて行くモチベーションになります。
今後もどうぞよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます