第4話 とある日の昼休み
何もない週末はあっという間に過ぎて、今は月曜日の昼前。
悠は午前中の仕事に一区切りをつけてデスクで一息ついているところだった。
「一条主任、週末はゆっくり出来たみたいだね?先週の疲れた顔が嘘みたいだよ?」
「え?そうですか?まぁ予定も無かったのでゆっくりは出来ましたけど…」
「係長、違うんですよ。悠…一条主任は金曜日に運命の出会いがあったんです!」
「なになに?中野くん、その話詳しく聞かせてよ?」
係長は楽しそうに陸の話に食いついて来る。
「か、係長…茶化さないで下さいよ…陸、お前余計なこと言うなよ。」
「いいじゃん別に。学生じゃないんだから。好きな人の話の一つや二つくらい。」
「そうそう。別に悪い話じゃないんだし、その話は昼休みに詳しく聞かせてよ。」
昼休みに悠が公開処刑にあうことが確定した。
そんなこんなで3人は昼休みに入り、社内食堂に来ていた。
「それで、中野くん、何があったのかな?」
「金曜日の夜に一条主任と飯に行ったんですけど………という訳です。」
「なるほどね〜。今まで一条主任は浮いた話が全く無かったから心配だったんだけど良かったよ。それで?連絡先くらい交換したのかな?」
「ま、まさか。初対面で聞けるわけないですって!それに絶対彼氏いますよ。」
係長はこの手の話が好きなようでいつもよりも饒舌になっている。
「でもそんなに綺麗な人なら、もし彼氏がいなかったら早く声かけないと他の人に取られちゃうかもしれないね。」
「俺もそう思います。悠…一条主任は奥手過ぎですよね?こんなチャンスを逃しちゃあ勿体ない。」
「2人とも、少し落ちついて…」
「しかもその子、可愛いだけじゃなくて胸も大き…」
「おぉおい!陸、これ以上やめとけよ?他にも人がいること忘れんな!?」
周りの席で昼を食べている人達からも視線を感じた悠の顔はもう真っ赤である。
「いや、ごめんごめん。ついからかってしまったよ。一条主任にこんな一面があるなんてね。」
「ま、まぁ…確かに可愛かったですよ…あんな子は初めてというか…」
「実に結構だよ。仕事を充実させるにはプライベートも充実させないとね。ワークライフバランスが重要だと普段、自分達が随時監査の時にも言ってるでしょ?」
「そうそう!指導する側が積極的に推進しないと。ね?一条主任?」
係長のもっともらしい言葉にドヤ顔で乗っかってくる陸に悠は怒りと恥ずかしさを押し殺し歯を食いしばる。
「ちっ…陸、お前まじでさっきから黙って聞いてりゃ…」
「さぁ、一条主任をからかうのはこれくらいにして。真面目な話、上手く行くように応援してるよ。恋愛が上手くいけば、自ずと仕事も上手く行くのは私の経験談だからね。」
「そうなんですね!?係長、その話を詳しくー」
陸は係長の言葉に、面白そうな話だと食いつく。
「そうですね。係長、是非私にもその話を聞かせていただけー」
「ふ、2人とも、そろそろ昼休暇も終わりそうだし、私は先に戻っているよ!」
2人に追及された係長は、口が滑ったといそいそと食器を片付けて逃げて行く。
「あっ!係長が逃げた!待って下さいよ〜まだ話は終わってないですよー」
陸は係長の後を追うように悠を残して食堂を後にする。
「あんだけ騒いどいて俺だけ残して逃げやがって…この空気どうしてくれんだ…」
あれだけ騒いでいた悠たちが座っていた席は急に静寂に包まれた。
周囲の人たちからの視線が1人になった悠に降り注ぐ。
「お、お騒がせしました…」
悠は羞恥に耐え、とぼとぼと食堂を後にした。
* * * * * *
昼休憩なのにどっと体力を消耗した悠は、いつもの喫煙所に来ていた。
休憩時間ということもあり、喫煙所の中には何人かの先客がおり、皆雑談をしている。
「ふぅー。いやいや参ったよ。この時間だけが平和だ。」
「あっ。一条さん。こんにちはー」
「あぁ、こんにちは東雲さん。最近良く会いますね。」
「ふふっ、私たちの部署の人達が使う喫煙所はここが最寄だもの。会うのは珍しいことじゃないと思いますよ?」
監査部と経理部は同じフロアにあるので、東雲さんが言うことはごもっともである。
「あれ〜まだお昼なのになんだか一条さん疲れた顔してますね〜?」
東雲さんは、首を傾げながら背伸びして悠の顔を覗き込む。
「ちょ、ちょっと顔近いですって。昼休みに係長と部下にからかわれただけです。別に仕事で疲れた訳じゃありません。」
「あら、ごめんなさいね。つい気になっちゃって。それで?何でからかわれたのかしら?」
東雲さんは悠がからかわれていたことに興味を持ったのか理由を聞いてくる。
「い、言いませんよ。何でもありませんって。」
「あ〜、もしかして彼女に振られたとか?」
「彼女いません。」
「へ〜、彼女いないんだ。じゃあ何か恥ずかしいことがバレたとか?」
「恥ずかしいことバレたりなんかしてません。」
「ふ〜ん。恥ずかしいことがあるのは否定しないのね?あ、もしかして好きな子が出来たとか?」
「………………」
「えっ?もしかして…当たり?」
「別に好きとかじゃ…ないというか…」
悠は面倒そうに東雲さんの質問をいなしていたが、最後の質問で盛大に自爆した。
東雲さんは、そんな悠の反応を見て無性にモヤモヤしていた。
「そ…そうなんですね?へぇ〜一条さんに好きな人が、ね〜」
「何で東雲さんが変なリアクションするんですか。」
「べ、別に変なリアクションなんてしてません!それじゃ、私吸い終わったので行きますね。あっ、この前約束した食事の件忘れてないですからね!」
東雲さんは、ちゃっかり食事の約束をチラつかせながら早足で喫煙所を去って行く。
「何だったんだ…俺の休憩時間はどこに行った…」
悠は煙草の火を消して、トボトボと喫煙所から出て自分のデスクに戻る。
喫煙所内にいた人達は、悠と東雲さんが仲良さそうに話していたのを見ていた。
「あの2人ってデキてんのかな?」
「まぁ東雲さんスタイルいいしな〜クールビューティーっていうの?そりゃ男いておかしくないだろう。」
「男の方って監査部の一条主任だろ?最速で昇進した出世頭の。それでイケメンとか神は不公平だよなぁ…」
………悠の知らないところで、あらぬ噂が広がりそうになっていた。
* * * * * *
その頃、喫煙所を出た東雲さんは経理部の自席に座りながら頬杖をつきながら難しい顔をしていた。
「もう…何よあの顔…あんな表情しちゃって。どこの誰なのよ〜。」
「何?美月、難しい顔しちゃって。」
「何でもなーい。」
東雲さんは声をかけてきた同僚にそっけなく返事をする。
そして、モヤモヤしながら昼休みを過ごすのだった。
* * * * * *
ところ変わって、監査部のデスク。
悠は午後の仕事に取り掛かっていた。
「今日は本当に疲れる日だよまったく。誰か癒しをくれないものか。」
「綾瀬さんに癒してもらえばいいじゃん。」
「よし!午後の案件は全部お前がやれ。」
「うそうそ!冗談だって〜。まったく冗談通じないなぁ。」
相変わらず陸にイジられる悠は疲れきっていた。
主にメンタルが…。
しかし、仕事のことになれば話は別だ。
いつものキレを取り戻す。
「陸、営業部行って業務日程確認してこい。それが終わったら次は総務部だ。資料を受け取ったらすぐに戻って来るように。資料は絶対に無くすなよ?」
「はいはい。まったく人使いが荒いんだからさ〜」
悠は容赦なく陸に下命事項を伝える。
その間、悠は午前中の案件を報告書にまとめる。
「良いチームになって来たなぁ。」
そんな2人を見る係長はとても満足気に笑っていた。
* * * * * *
時刻は午後7時過ぎ。
ようやく今日の業務が終了する。
「も〜疲れたー。悠…じゃなくて一条主任、もう今日は勘弁して〜。」
「そうだな。今日はこの辺で勘弁してやる。」
「明日もこの調子!?俺が悪かったって〜」
昼に盛大に悠をからかった陸は、これでもかとしごきを受けていた。
おかげで、かなりの業務が片付いた。
「いや〜2人とも今日は頑張ったね。明日はほとんどやることないんじゃないかな。」
「ありがとうございます。やれることは早めに終わらせて次が控えていますので。」
「はははっ、中野くん、すっかりやられちゃったね〜。」
「係長ー、笑い事じゃないですって〜」
「今日はもう上がろう。2人とも疲れたでしょ?気をつけて帰ってね。では先に失礼するよ。」
係長は一足先に退社する。
きっと奥さんが待っているのだろう。
「俺らも帰るか。ほら、行くぞ陸。」
「はいはい。はぁ〜疲れた。今日は香奈に癒して貰うわ。」
「ホント、お前彼女と仲良いよな。」
「そりゃね。結婚も考えてるくらいだし。」
30手前の年齢になれば、結婚する同期も増えて来る訳で。
「そりゃ、めでたいな。式は呼んでくれよ?スピーチくらいはしてやる。」
「まぁ、もうしばらく先の話だよ。今はもう少しこのままかな。」
陸は仕事では部下として悠の下にいるが、私生活は悠とは比べものにならない程に充実していた。
仕事で疲れて帰ったら愛しい彼女が家で待っている。
悠はそんな陸をとても羨ましく思ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます