第5話 女神との再会①

 今週の業務を全て終え、今は金曜日の午後18時過ぎ。

 悠の班は、いつも通り圧倒的なスピードで業務をまとめ帰宅の準備に入っていた。


「2人ともお疲れ様。今週は結構大変だったね。異動がある秋はどうしても忙しいから仕方ないけど。来月からは少し余裕出来るだろうから頑張ろうね。」

「お疲れ様でした。私はもう慣れましたので。陸のことはこれからも鍛えて行きますので大丈夫です。ちゃんとついてこいよ?」

「ははは…お手柔らかに〜。」


 週の後半はかなり忙しいかったこともあり、あっという間に金曜日を迎えた。


「今日は妻と食事に行く約束があってね。先にお暇させて頂くよ。じゃあ2人ともお疲れ様。」

「相変わらず仲良いですね〜。俺も今日は彼女とデートなので悠、悪いけどお先!」


 2人はまさにリア充。

 いそいそと退社していく。


「全く羨ましいもんだ。俺も帰るか〜。」


*   *   *   *   *   *


 悠は、先週から行くことを決めていたイタリアンレストランに向かった。

 目的はこの前会った綾瀬さん。


「今日は、あの子はいるだろうか」


 そんなことを考えながら車を走らせ、レストランに到着する。

 入店する前から心臓が高鳴るのを感じる。


「そもそもいるかどうかも分からないだろう…何を緊張してんだか。」


 悠は邪な理由でレストランに入る気がしてきて背徳感というか、申し訳さというか、良く分からない気分になっていた。

 腹を決めた悠はお店のドアを開けて店の中に入る。


「いらっしゃいませ〜。ただいまご案内しますので少々お待ちください。」


 今日は金曜日でもそこまで混んでいなかったので、すぐに入れそうだ。


「おまたせしました。あっ…いらっしゃいませっ、またお会いしましたね。今日はお一人ですか?」


 声の主は先週出会った女神こと、綾瀬さんであった。


「は、はい。あの…お会い出来て嬉しいです。今日は仕事終わりに1人で来ました。」

「えっ…嬉しいって…ありがとうございます。お仕事お疲れさまでした。えっと、それではお席にご案内しますね」


 綾瀬さんは心なしか頬を桜色に染めながら柔らかい笑顔を見せる。

 悠はその笑顔で1週間の疲れが一瞬で吹き飛んでいた。


「こちらのお席でお願いします。お冷とおしぼりをお持ちしますので少々お待ちくださいっ。」


 綾はお辞儀をして、キッチンの方に消えて行く。

 悠は「来た甲斐があった。」と心の中でガッツポーズしていたのであった。


*   *   *   *   *   *


 その頃、キッチンでは。。。。


「あ〜また会えちゃった。しかもゆうさんも会えて嬉しいって…もぉ、恥ずかしいよぉ。」

「確かに、イケメンね?澪桜ちゃんが惚れるのも分かるわ。」

「て、店長!?いつからここに…?」

「何言ってるのよ〜?ずっといたでしょう?それにしてもなるほどねぇ。この前の澪桜ちゃんの顔はそういうことだったのね。」

「も〜恥ずかしいのでこれ以上言わないで下さい!お冷持っていきます。」


 店長がからかうと綾瀬は顔真っ赤にして慌てる。

 

「澪桜ちゃん。今日は19時まででしょ?終わったら声かけてきなさい。あんなかっこいい人もたもたしてたら、あっという間に取られちゃうわよ?」

「ええ!いきなり…それは恥ずかしいというか…それに彼女いるかも知れないし…」

「そんなこと聞いてみないと分からないでしょ?行動を起こさないと後で後悔することになるわよ?」

「もぉ…分かりました。ありがとうございます。頑張ってみます。」


 綾瀬はこの後のことを考えると、緊張で頭が真っ白になっていた。


「ほらっ、早くお冷持って行きなさい?あの人待ってるんじゃないかしら?」

「そ、そうでした。では行って来ます。」


 綾瀬は、顔を赤くしながらお冷とおしぼりを持って悠の席で向かう。


「ホントに可愛い子ね。面白くなりそうだわ。」


 店長は笑みをうかべながら、綾瀬の後ろ姿を眺めていた。


*   *   *   *   *   *


「お待たせしました。お冷とおしぼりになります。」

「ありがとうございます。今日は何にしようかなぁ…」


 悠は迷いながら、メニュー表を眺める。


「……………」

「あのーどうかしましたか?」


 綾瀬はもじもじしながら悠の方を見ている。

 悠の顔をチラチラみては目を逸らす、そんな感じだ。


「い、いえ…あの、今日はこの後、ご予定とかってあるんでしょうか?」

「え?特にないですけど?家に帰るだけです。」

「そうなんですね。も、もし良かったらなんですけど…この後…お話しとか出来たらなんて…」

「………えっ?」


 悠は綾瀬が発した言葉が理解出来ずに、固まってしまう。


「ご、ごめんなさい。迷惑ですよね…お仕事疲れているでしょうし…すみません。今の話は忘れてー」

「い、いえいえ!俺は全然暇なのでもし良ければこちらこそ…お願いしますというか…」

「えっ?本当ですか?あの、ありがとうございます。私、19時で終わりなので良ければお伺いします。」


 綾瀬の白く美しい頬は、林檎のように真っ赤になっている。

 悠は予想外な出来事に頭がパンクしそうになっていた。


「あ、あの、食べ終わったら外でお待ちしてます。それともこのお店の方が良いですか?」

「い、いえ!このお店だと店長とかいて…そのぉ…恥ずかしいのでどこか違うところの方が…」

「分かりました。それではお待ちしてます。残りのお仕事頑張って下さい。」


 この後、2人は話すことになった。

 悠は店長が綾瀬に発破をかけたことなど知る由もない。 


「はいっ。ありがとうございます。とても楽しみです。それではメニューが決まりましたらお呼びくださいね。」

 

 綾瀬は上機嫌で悠の席を後にする。


「あら、澪桜ちゃん、その顔…ってことは逆ナンパ成功したのね〜?良かったわ発破かけといて。」

「ナ、ナンパとかいわないて下さいよぉ…そんなんじゃないですからぁ…」


 綾瀬は店長にからかわれてタジタジになっていた。


「まさか、綾瀬さんから話しかけて貰えるなんてなぁ…。上手く行き過ぎて怖いくらいだ。」


 この後、食事を終えてお店を出た悠は、出入口の外に置かれたベンチに座って綾瀬の仕事が終わるまで待つことにした。


 そわそわしながらスマホで時刻を見ると、後5分程で19時。

 もうすぐかぁ…

 悠は上手く話せるか不安を感じながらも、綾瀬が来ることを心待ちにしていた。

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