第2話 女神との出会い①
スマホのアラームが鳴り、朝を告げる。
時刻は朝の6時。
悠はアラームを止めると、いつもの様に仕事に向かう準備を始めた。
歯を磨き、洗顔を終え鏡を見ながら髪をセットする。
「こんなもんか。」
身支度を整えてスーツに着替え、車に乗り込む。
始業時間は8時30分だが、悠はいつも1時間前には職場に着くようにしている。
通勤途中にコンビニで朝食を買い、自分のデスクで食べながらスケジュール帳を開いてその日の業務を確認しながら1日の流れを段取る。
これが朝のルーティンなのである。
「今日は随時監査と報告書の作成がメインだな。」
監査の部署では、社内監査だけでなく子会社に対する業務指導や巡視も担当するため外回りや地方への出張もあるが今日は社内業務である。
「今日は早めに帰りたいし、朝のうちに出来ることやっとくか。」
資料に目を通しながらそんなことを言っていると、陸が眠そうな目を擦りながら出勤する。
「おはようございます〜。悠は今日も早いね〜。毎日そんな早いと部下としては正直たまんないんだけど。」
「陸か、おはよう。まぁ俺のルーティンなんだから気にするなよ。係長より早く来てりゃいいって。それよりもあんな時間まで彼女とイチャついてるから眠そうな顔してんだな?」
「別にイチャついては…いたか。悠が早すぎるだけだって〜」
陸は不満気に言いながらも顔は笑っている。
「あっ、羨ましいと思ったんでしょ?悠も来れば良かったのに〜。」
「うるせー。行くわけないだろ。どんな罰ゲームだよ。」
「本当に来たら流石に驚くけどさっ。」
悠は戯ける陸にそうツッコミながらやれやれとデスクのパソコンの電源を入れる。
「今日は社内の3部門で随時監査だぞ。準備しとけよ?」
「あれ。意外と回る所少ないね。これは早く帰れるかな。」
「監査の結果次第だな。陸には俺と係長のサポートしてもらうから、頼むぞ。」
陸に発破をかけてから、悠は席を立つ。
「悠〜また煙草行くの?煙草嫌いな女の子多いからやめた方がいいよ。そんなんじゃ彼女出来ないよ?」
「お前は俺の母親かって。そんなこと言ってる暇あったら、今日の資料でも読み込んどけ。」
陸はどうしても悠に彼女を作らせたいらしい。
陸に右手をひらひらと振りながら喫煙所に向かう。
「全く…余計な世話ばかりやく奴だな。」
喫煙所に着いた悠は、苦笑いしながら煙草に火をつける。
煙を吐き出しながら、灰皿に灰を落とす。
1本目の煙草が消えかかるところで、喫煙所に1人の女性が入って来る。
昨日の夜に話をした東雲さんであった。
「あ、おはようございます。一条さん。早いですね。」
「おはようございます。東雲さんも十分早いですけどね。」
悠は2本目の煙草に火をつけながら挨拶をする。
「2日続けて会うなんて、今日はラッキーかもっ。」
「俺は幸運を運ぶ何とかでは無いんですが…」
東雲さんは悠と会ったことが嬉しいのか笑顔を見せている。
「やっと金曜日ですね。一条さん今日は早く帰れそうですか?」
「ええ。今日はそこまで仕事が詰まっていないので定時で帰れるかと。」
「羨ましいです。私は今日も少し残業かなぁ…」
「無理しないで下さいね?出来るだけ早く上がって週末を楽しんで下さい。」
「…一条さんは皆にそんな風に言うんですか?皆、勘違いしちゃいますよ?」
東雲さんは恥ずかしそうにジト目で悠を睨みつける。
「勘違いですか…?別に特別変なことを言っているつもりはないんですが…」
「もうっ…そういうところです。」
5分程雑談をしながら、2人は煙草を消して喫煙所を出る。
「それでは戻りますね。今日も頑張って下さい。」
「ええ。東雲さんも頑張って下さい。それでは。」
あんな美人な人が喫煙所にいたら声をかける男は多いのではないかと思う。
そんなことを考えながら悠はデスクに戻る。
席に戻ると陸は仕事の準備を終わらせていた。
「悠、準備終わったから確認してくれる?」
「はいよ。貸してみ?」
悠が資料を手に取り確認していると、係長が出勤する。
「おはよう一条主任。中野くん。昨日は遅くまでお疲れさま。」
「おはようございます係長。昨日は奥さんに怒られなかったですか?」
「ははは…ちょっとだけね。家じゃ頭上がらないよ〜。」
係長は笑っているが、そのリアクションから帰ってからどんな羽目にあったかは想像がつく。
「今日は3箇所だけですから、早く上がれそうですね。」
「そうだね。せっかくの金曜日だし早く上がろう。まぁ、一条主任は仕事早いからすぐ終わると思うし。」
この部署ではほとんどの業務を3人1個班でこなすのだか、悠を含め係長と陸の3人の班は仕事が出来る優秀なチームだと周りからも評価されていた。
係長も相当なやり手だか、そんな係長から見ても悠の評価はかなり高かった。
その後、係間で他愛のない話をしていると時間は8時30分を回っていた。
「さぁ、今日もやりますか。」
悠達は予定されている業務に取り掛かった。
* * * * *
時間は17時15分。
悠達は、随時監査の報告書をまとめ終えて一息ついていた。
「係長、今日の報告書です。指摘事項はありませんでしたが指導事項が数件ありましたので、まとめてあります。週明けに決裁を回して頂ければ。」
「相変わらず一条主任は仕事が早いね〜。どれどれ見せてごらん。…うん。文句ないね。この内容で月曜日に課長まで持っていくよ。」
「ありがとうございます。自分なんてまだまだですよ。」
「全く謙虚だね。あまり頑張り過ぎないようにね。最近疲れてるでしょ?顔を見れば分かるからさ。」
確かにここ最近悠は、仕事に力を入れ過ぎていることは否めない。
疲れが出ない方がおかしいだろう。
「中野くんも、もっと仕事覚えて一条主任のサポート出来るようにならないとね。この仕事はチームでこなすものだからね。」
「はい。もっと仕事覚えられるように頑張ります。」
陸は珍しく真面目な顔をしていた。
自分がまだこの仕事を覚えきれておらず、悠に負担をかけていることに悔しさを感じているから。
「今日はキリが良いし、うちらはそろそろ上がろうか。」
係長はパソコンを閉じて2人に退勤を促した。
「はい。今日もありがとうございました。片付けやっていきますので、お先に上がって下さい。」
「いつもありがとう。それじゃあ今日もお先に失礼するね。2人とも週末はゆっくり休んで。」
帰り支度を終えた係長は一足先に帰宅した。
2人は雑談をしながら、片付けをこなす。
「悠、今日は飯でも行こうよ。」
「何だ?珍しいな。今日は彼女来ないのか?」
「香奈は明日来るからさ。いつも1人は寂しいだろうと思ってさ。」
珍しく、陸から夕食の誘いを受ける。
「…お前、奢らせようとしてるだろ?」
「あっ、バレたか〜。まぁ昨日のお誘い断っちゃったし埋め合わせだって。」
「調子の良いやつだなぁ。まっ、たまには奢ってやる。行くか。」
2人は今日の仕事がどうだったとか話しながら駐車場に向かう。
「お互い車だし、酒は無しな。どっか良い店あるか?」
「そうだな〜。悠の家の近くに新しくイタリアンレストランが出来たよね?そこ行ってみる?」
「そんな店あったっけ?まぁ家から近いのは助かるな。じゃあそこにするか。イタリアンなんて久しぶりだな。」
「知らないの?結構悠の家から近かったはずだけど。」
悠は陸の提案に乗っかることにした。
「悠主任の奢り〜。サンキューですよ。」
調子よくそんなことを言う陸にそんな時だけ部下面すんなと頭に手刀を喰らわす。
「いてっ。パワハラだ。誰か〜主任からパワハラ受けてます〜。」
「愛のムチと言え。ほら、時間もったいないし行くぞ。」
ふざける陸は駐車場に走っていく。
「仕事が終わっても元気なやつだな。来週からはもっと働かせようか。」
そんな悠の独り言が聞こえたのだろうか、陸は話を逸らすように話題を変える。
「悠ってさ、ほんと良い車乗ってるよね。20後半でレクサスなんて。」
「俺、特に趣味とかないからな。車は結構好きだし、自分への昇進祝いってやつだよ。」
悠は大手企業に勤めるだけあって収入は同世代の人達と比べてもかなり良かった。
それに加え、特に趣味も無いので結構な額を貯金していたこともあり、昇進したタイミングで自分へご褒美としてお高いSUV車を買ったのだ。
「お前も外食とか飲み会減らして、しっかり貯金すれば買えるって。」
「俺は車よりもお酒好きだからさ。まぁ気が向いたら貯金するよ。じゃ、店で落ち合おう。俺の車について来てよ。」
陸は店の場所を知っているというので、俺は後をついて行くことにした。
車を悠の住むマンションの方向へ20分程走らせると、見覚えのある通りに差し掛かり、目的のイタリアンレストランの看板が見えてくる。
「こんなところにオープンしていたのか。普段から通っている道なのに全然気づかなかったな。」
陸の車を先頭に、店の駐車場に入り悠も後に続く。
車を止めた2人は、店の入り口に向かうと、待合席には数人のお客が座って案内を待っていた。
「結構混んでるな。オープンしてまだそんなに経ってないし、しゃーないか。」
「どうする?場所変える?」
「いや、ここまで来たら店変える方が面倒だしこのまま待とう。」
「悠が良いなら俺もそれでいいよ。」
案内板に名前を書いてから、店内の待合席でしばらく待つと、お店のウェイトレスから声を掛けられる。
「2名様でお待ちの一条さま〜。」
少し鼻にかかったような可愛げな声が悠の名前を呼んだ。
「えっ…」
先ほどの声の持ち主であるウェイトレスを見ると悠は息を呑んで固まっている。
雪のように白い肌、くりっとした大きな二重の目に形の整った小さな鼻。
シルクのように艶のあるさらさらな黒いロングヘアー。
桜のように淡いピンク色の唇に目を奪われていた。
ウェイトレスはそんな悠を見て、どうしたのだろうかと言わんばかりに首を傾げながら
「あ、あのっ。お客様?どうかなさいましたか?」
「い、いや!何でもないです。すみません。」
悠は急ながら何度も頭を下げる。
ウェイトレスは謝りながら何度も頭を下げる悠を見て、クスクス笑っている。
「ふふ、それでは、お席へご案内しますね。こちらのお席になります。只今お冷とメニューをお待ちしますのでお待ちください。」
お店の1番奥のテーブル席へ案内された2人は席に座る。
「悠〜?さっきの反応さぁ…あの子に見惚れてなかった?」
「…。俺そんな態度に出てたか…?」
陸は、悠がウェイトレスの姿を見て固まる姿を見逃さなかった…というか見逃すはずがない。
「めちゃくちゃね。仕事してる時の悠じゃ考えられないくらい動揺してたよ?確かに凄い可愛い子だったね。そんなタイプだった?」
「いや…真面目な話、今まで出会った人の中で1番タイプだな…」
悠は別にはぐらかすことはしない。
良いと思ったことは素直に良いと言葉に出す。
これが悠の性格だからだ。
「スタイルも良かったね〜。細いのに出るとこ出ててさぁ。巨乳好きな悠には堪らないじゃ…」
「ばっ、馬鹿、お前だれが巨乳好きだ、変なこと言うなよ。」
「だって図星でしょ〜?そんなに気になるなら、またさっきの子が来たら話しかけてみたら?」
「そんなん、ナンパみたいになるだろ。勘弁してくれ…」
悠がもうやめてくれとため息をついていると、先ほどのウェイトレスがお冷とおしぼりを持って席に来る。
「本日はご来店頂きありがとうございます。ご注文が決まりましたら呼び出しのボタンでお知らせ下さいね。こちらお冷とおしぼりになります。」
ウェイトレスはお冷とおしぼりを丁寧にテーブルに置くと、ニコっと笑い席を後にする。
「おい、陸…女神がいるぞ。マジでいたのか女神って…」
「悠…発言が馬鹿になってるよ…会社の皆に見せてあげたいくらいにね…」
普段から真面目で仕事では敏腕を振るう悠からは想像もつかないくらいの発言である。
「それにしても、悠が女の子にこんな興味を示すなんて珍しいね。これは悠にも春が来るかな?」
「あんな可愛くて綺麗な人に彼氏がいない訳ないだろ?俺なんかじゃとても釣り合わないって。」
実際に悠が女性を見てこの様なリアクションを取るところを初めて見たこともあり、とても興味深く感じていた。
陸は彼女が世界で1番なので、そこまで言わないが、事実あのウェイトレスの子は世間一般的に見てもかなりレベルが高い。
アイドルとか言われたら皆が信じるだろう。
「そんなの聞いてみないと分からないじゃん?もしかしたらフリーかもだし。悠、顔はイケメンだし脈ありかも。」
「顔はって何だよ…顔はって。そんなこと初対面で聞けるか。さっきも言ったろ?ナンパみたいなことはしたくないって。」
「も〜ホント真面目だなぁ。分かったからそろそろメニュー決めよ。」
2人はメニューを決めて呼び出しのボタンを押す。
オーダーを取りに来たのは悠にとっての女神…もといウェイトレスでは無く、別の女性ウェイトレスであった。
「悠、残念だったね?さっきの子じゃなくて。顔に出てるよ?」
「うるせえ。別に何も思ってないわ。」
そんな悠の反応を見てか楽しそうに陸はスマホをいじっている。
「おい?何ニヤニヤしながらスマホいじってんだよ?」
「別に?さっきの女神さんが来なくて残念だったねと思っただけだって。」
「陸…お前、来週覚えとけよな?」
今日は散々陸にからかわれている。
この借りは仕事できっちり清算してやるつもりだ。
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