第5話 理解者
柔道、合気道ともに名誉段の、とある達人の逸話には、老体ながら、自身に襲い掛かる三人の大男を取って投げて追い払ったという伝説がある。
ある日、達人の弟子は、その話について本人に尋ねてみたところ、老人は、あっさりと弟子の質問に答えた。
「確かに儂は、三人の大男を同時に相手し、投げ、追い払った。しかしの、如何なる武道の達人も、三人の手練れを同時に相手にするとかなわぬ。あの話は……誰かが大袈裟に広めたものじゃ」
「と、いいますと?」
「儂は、まず狭い道に逃げたのじゃ。大男では一人しか通れぬほどの狭い道にの。そこで儂は、一人ずつ投げ伏せたのじゃ。三人同士には襲って来れんからのぉ……奴らはたちまち逃げていったわい」
冬美香と男三人。数的不利という問題どころではない。体格的にも、筋力的にも、その差は歴然である。
格闘技経験すらない女性一人が、喧嘩慣れした男を同時に相手取る。
こんな馬鹿げた話があるだろうか。
サンドバッグのように殴られ続けた冬美香は、立っているのが精一杯であった。むしろ、立っているだけでも奇跡である。普通は誰でも、三人組に滅多打ちに殴られれば、たちまち倒れこむか、意識を失うかの二択に迫られるものだ。
「まぁこうなるよな」
「すまん、さっきの構え見てから笑いが止まらんのよ」
(あぁ……どうしよ……やっぱりダメだった……体格差もあるし)
冬美香は意識が朦朧としている。
「ちょっと顔当てられたから、イラついて殴り殴り過ぎたわ」
三人組の、うち一人が額を切って流血していた。一対一なら冬美香に分があったという可能性は否定できない。
「まじか……これで立ってんのな」
「もう一発腹に入れよか」
「俺もう帰って良くね?」
(意識が……ごめん……私)
冬美香の発していた、強気の姿勢のようなものが、突如喪失した。
そんな冬美香に、流血している男が掴み掛かった。
「え、何!?どういう状況?ごめんなさ__」
冬美香は顔面を殴られ、そのまま
その足が頭部に当たり、冬美香は、震えながら頭を抑え込んだ。
「うぅ……」
今の蹴りで頭部を切り、うずくまっている冬美香の頭の影から、徐々に血だまりが広がっていく。
「うおっ額パックリいったなぁ……」
「良い加減にしろや、お前はもう流血じゃ済まされんぞ」
「頭って結構血ぃ出るよな……気持ち悪っ、もう帰るわ」
「待て、近くの薬局で包帯とか買ってきてや」
一人がそう言うと、うずくまる冬美香の前にしゃがみ込んだ。
「めっちゃタイプだと思ってたんよ。傷口塞いだら気持ちいいことしようや」
冬美香は、深い後悔に駆られながら、今日の出来事を思い出していた。
「あ、ごめんね、やっぱり私って変だよね……こんなだから、私は友達が少なくて……気づいたら連絡先が消えてたり、以前、交流があった人に、学校で会う度避けられたり……」
「もし蒼斗くんが、こんな私を不快に思ってるなら……」
「それが私の……一番の悩み事かな……」
少し落ち込んだ様子の冬美香に、蒼斗は優しく声をかけた。
「全然不快じゃないよ。お互い今日初めて会ったわけだけど、冬美香の良い部分がたくさん見れたっていうか……あら、なんか俺凄いこと言っちゃった気が……」
「えっとまぁ……別に避けたりしないから、なんなら明日も一緒に講義出ようよ。冬美香と過ごした今日は、いろいろと面白かったし楽しかったよ。これからもよろしくね」
「……あ、俺今、絶対気持ち悪いこと言ったなぁ」
蒼斗は恥ずかしそうに笑っている。
「そんなことないよ。すごく嬉しい」
そう言って冬美香が笑い返す。
そんな些細な会話を思い出しては、涙が止まらなくなっていた。
(あの時……連絡先とか交換しとけば良かった)
再び、男らは冬美香を背中や頭を殴り始めた。グローブなど無い、素手である。どこを殴られても強烈な痛みに襲われる。
(本当にいるんだ……こういう人たちが……)
(死んじゃう……殺されちゃう……助けて……)
流血していても止まぬ、一方的な暴力を前に為す術は無く、次第に冬美香は痛みは感じなくなり、死を感じながら意識が朦朧としていく。
それでもなお、暴力が止む気配は無い。
「おい!お前__」
三人組の、うち一番後ろの男がそう言った瞬間。
とてつもない衝撃音が駅内に響き渡った。
男はその場に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
その後ろから、何か迫ってくるものがあった。
「……蒼斗……くん?」
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