第40話 スカート、短過ぎ問題発覚?
——よしっ
さっきから髪型に散々悩み、結局リボンを横に結んだ。和音は仕上げに全身を鏡に映してみた。
今日のコーデは華美な飾りなしで聖華学園の制服を着ることにした。後ろ姿も鏡に映し振り返って確認する。
和音は今日は詩のピアノコンクールに応援に行く準備を部屋でしているところだった。そろそろ出かけなくてはいけない時間だったが、今日は特に入念に衣装をチェックする。
部屋を出ると、寝室から出てきた父とばったり出くわした。今日は日曜日で父はかなりゆっくりと寝ていたようだ。
「おはよう」
ピンク色のリップクリームを入れた和音の唇から挨拶をする。
「お、おはよ……」
目を見開いて和音をガン見しながら、父は朝の挨拶を返した。
実は、音の姿になって父と会うのは今朝が初めてだった。母から聞いていたのかどうか、父はだいぶドギマギしていたようだ。
「お母さん、おはよう」
リビングでテレビを見ていた母が振り向いた。
「あら、学校じゃないのに制服で行くの?」
「うん。どうしようかと思ったんだけどさ、コンクールが終わったらご飯を食べに行こうって、詩ちゃんのお母さんが」
詩の母は若くして西園寺グループの社長だ。
「あっ、そうなの。西園寺さんと食事なら制服の方がドレスコードがあるお店でも大丈夫かもね」
「うん。そう思って」
「あっ、お金はどれくらい持ってる? すっごい高いお店だったら——」
まあ、母の心配もわからないでもない。なんたって西園寺家はすっごいお金持ちだ。こんな家の人と外食するなんて滅多にない。
「大丈夫。何もいらないからって言われてるから」
和音がそう言うと、途端に母の顔が緩んだ。
「それならよし。しっかり残さず食べておいで」
母もなかなか現金なものだ。
トイレから出てきた父が、新聞を手にのっそりとリビングに入ってきた。
意図してるかどうか知らないが、全身を一通り見たあと和音と目を合わそうとせずにソファに座って新聞を広げた。
インターフォンが来客を告げ、リビングにあるモニターに石上の顔が写っているた。
「じゃ、行ってくるね」
和音が両親にそう告げて玄関へ向かうと、後ろから何気に両親がついてきた。
「気をつけてね。帰りは何時ごろかねえ」
「晩御飯を食べてからだから、ちょっと遅いかも」
「石上君も一緒?」
「たぶんね」
ローファーの黒い靴を履く。
「おい、和音」
その時になって、初めて父が声をかけてきた。
「なに?」
「あのよ……。そのスカート、ちょっと短過ぎないか。もう少しだな、その」
口ごもりながら父は鼻を掻いている。和音は思わずプッと吹き出した。
「なんだよ、急に。これくらい普通だよ、今どき。横浜駅あたりにいる子はもっと短いよ」
ああ、おかしい。そう思いながら、玄関の扉を開くと目の前に石上がいた。
「おはよ」
和音が声をかける。
「おう。おっ、可愛いじゃん。あっ、おはようございます」
石上は玄関口に和音の両親がいることに気がついて、慌てて背筋を伸ばして挨拶をした。さすが体育会系——
「お迎えありがとね」
そういう母に、何か言おうとしている石上の左腕を引っ張って、和音は右腕を絡ませた。
「ほら、時間がないから行くよ」
「じゃ、行ってきます」
石上はそれだけ母にいうと、もう一度父にも頭を下げた。
「お前の親父さん、腕組んだ瞬間にすっげえ目で俺を睨んでたぞ」
「きっと大事な娘を男に獲られるくらいの勢いなんじゃないの?」
「じゃあ、お望み通り奪ってやろうか?」
ニヤッと石上が笑って唇を大仰に突き出してきた。
「なごみちゃんの方が好きなくせに」
和音はその唇をギュッとつねってやった。
日曜日にもかかわらず電車は結構な混み具合で座る席もなく、和音は出入り口の扉のすぐ脇に立っていて、その和音が人混みに潰されないように石上が和音を囲うように左手を電車の壁に突っ張っていた。
その二人の会話を聞いた知らない人は、きっと盛りのついたバカップルの高校生にしか見えないだろう。
「いくら音ちゃんが可愛くても、正体を知ってるから、さすがにもうキスはできないからな」
石上が和音の鼻先を人差し指でチョンとつついた。
ふん。映画館でいっぱいキスしたくせに。いつかバラしてやろうか。
ひとりでほくそ笑んだ。
スカートが短過ぎる——
石上との会話が途切れて電車の窓から外を眺めたとき、さっき父が言った言葉を思い出していた。
お父さんは、僕がスカートを履くことをどう思ってるんだろう。お母さんは、むしろ喜んで見えるけどな。本心かどうかわかんないけど。
気にはなるけど、今はこの方が心が楽でいられるのが正直な気持ちだ。
いつかゆっくりと話す機会があるだろうか。
電車がカーブで大きく揺れて一瞬和音へ向けて人波が押し寄せてきたのを、石上のガタイのいい大きな体が、和音が押し潰される直前で止めてくれている。
二人とも同じ人間という種の、同じ男という性を受けて生まれているのに、こんなに大きさが違う。高校生になるまで、どれだけそれをコンプレックスに感じていたことか。
それがあなたの個性なんだよ。
でも、詩があの日そう言ってくれたことが、今は和音を勇気づけてくれている。
「苦しくないか」
背の高い石上が、頭の上から和音を見ながらそう言った。
「大丈夫だよ。ありがと」
和音はギュッと石上の首に抱きついた。
——そして、今は君も僕の勇気の一部なんだよ、石上君。
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