第39話 裏目
ちょうど詩と和音がこそこそと教室で話をしていたときだ。
「詩ちゃんたちって、ずいぶん仲良いよね。学園祭の話なら私も混ぜて」
そう言いながら、クラスメイトの竹本さんが隣の席の椅子を引っ張り出して詩の隣に座った。
「で、メイドカフェの人選って結局どうなってんの?」
詩と和音が話をするために、カムフラージュで和音の机の上に置いたメイドカフェ出店計画表を竹本さんが覗き込んだ。
「男子の中から4人ぐらいがメイド服の接客係になって、あとは交代しながら女子が裏方をみんなでやる予定なんだけど」
竹本さんはクラスの片隅で固まって話している男子の集団に向かって手を振った。
「ちょっとそこの男子たち、こっちにきて」
呼ばれた男子たちが顔を見合わせたあと、ゾロゾロとやってきた。
「あと三人、メイド服を着ることになるんだけど、誰か立候補。ハイ!」
竹本さんが手を挙げてみせたが、男子たちは返事もせずに腕組みをしてしまっている。彼女の言う「あと三人」の「あと」のには、「上杉君のほかに」という意味があるのは明らかだった。
「何よ。少しは積極的に協力してくれたっていいじゃん。クラスの行事なんだしさあ。少しは上杉君を見習いなよ」
竹本さんに直接言われてやっと自分のことと気がついた和音が驚いた顔で詩を見た。
「上杉君は、自分から志願してくれたんだってよ。だからあと三人、みんなで話し合って決めて」
ん? 志願したっけ? 詩が首を傾げた。
「上杉君は背も小さいし、そりゃあメイド服も着られるかもしれないけどさあ。他の三人だっけ? その俺たちの服はどうすんだよ。着られる服なんてないだろ。係は上杉君一人でいいんじゃないの? な、上杉君」
男子の一人にそう言われ、和音が抗議するように無言のまま首を横に強く振って詩を見た。
「ダメよ。それはダメ。学園祭はみんなでやるもの。特定の誰かに押し付けるようなことは、私は絶対に許さないからね」
詩がきつく言うので男子も渋々諦め、結局じゃんけんで3名が選ばれたのだった。
「それにしてもさあ、上杉君ってなんでほとんどしゃべらないの? 毎日ずっと見てたら詩ちゃんとは結構しゃべってるように見えるんだけどな」
男子たちを解散させたあと、その場に残った竹本さんが言った。
「そんなことないよ。私が話しかけても、この人『うん』とか『わかった』しか言わないもん」
すかさず詩はフォローに入った。
「ほんとかなあ。詩ちゃんといるとき以外は、いっつも下を向いてるし、どうも何か隠してるとしか思えないんだけどなあ」
竹本さんは疑いの眼差しをツンツン突き刺してくる。
「そんなことないっって。いっつも私が一方的にしゃべって、上杉君はうんうん言うだけの頷きマシーンみたいなものよ」
必死に詩が否定するので、竹本さんはまだ何か言いたげな顔だったが、ちょうど授業が始まるので仕方なく席へ戻っていった。
今まで上手く誤魔化してきたと思っていたが、案外注目されていたらしい。ここは慎重に行動しなければ「幻のボーカル」計画が破綻してしまう。これからは、できるだけ目立つ場所で会わないようにするしかない。
どうも最近、詩のやることが裏目裏目に出ているようだ。先日には大変な騒動が西園寺家では勃発したばかりだった。
ちょうど上杉家にアルバムが届けられた日曜日、まあ当たり前と言えば当たり前のことではあるが、西園寺家にも同じように白いアルバムは届けられた。もちろん大鳥氏から手書きのメッセージも上杉家宛と同様に添えられていて——
「西園寺詩様 ご婚約おめでとうございます」
騒動の発端は、そういう書き出しで始まったこのメッセージだった。何も思わずにピーター&ウェンディからの小包だからと、両親の前で何も気にせずに開封した詩は、メッセージは応接テーブルに置いて先にアルバムを広げるところだった。
「詩さん、あなた婚約って——」
その添え書きを先に見たママの絶句から始まり、パパの唇が震え出し、あろうことか「あなたがついておきながら」などと関係のない葉子さんにまで飛び火してしまい、詩は火消しにおおわらわとなった。
最初は、休日に家で二人で会っていた石上が相手ではないかと疑われたが、送られてきた写真の「女子二人」を見せながら、冗談を言ったら間に受けられてしまった、とあやふやにごまかして事態は一応鎮静化に向かっていった。
夏休みが明けてから、詩はそんな毎日を繰り返しながら、そしていよいよ最後のピアノコンクールの日を迎えた。
今日は会場に和音がきてくれている。
音ちゃん、待ってて——
このコンクールで有終の美を飾り、詩と和音の新しい音楽を始めるのだという固い決意を胸に、詩は新しいドレスに身を包み舞台の真ん中にあるピアノへ向かった。
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