第30話 俺たちは親友だから
「ちょっと待って。僕もコンビニまで一緒に行くから」
石上がそろそろ帰るからと、和音の両親に丁寧にお礼を言い玄関で靴を履いていると、鈴のついた小さな財布を手に和音が出てきて、玄関に揃えてあったサンダルをつっかけた。
「そのサンダル、小さいからお袋さんのかと思ったら和音のか」
「そんなに小さいかな」
和音が片足を上げてサンダルを見せた。
「何センチ?」
石上が和音の上げたその足をひょいと掴んで、裏を見る。
「24……点5」
足を掴まれバランスを崩しかけて、和音はあわてて石上の腕につかまった。
「おや、和音君。今、見栄を張ってサバをよんだよね?」
ニヤリと石上。
「い、いや。本当だし」
嘘を簡単に見抜かれて、和音は思わず目を逸らしてしまった。
すっかり息のあったその二人を、母が笑って見ている。
「石上君、和音は頼りない子だけど、いつでも遊びに来てね」
摩天楼のような石上を見上げながら、母が言う。
「頼りないは余計」
和音がぷっと頬を膨らますと、その頬を石上がごつい人差し指で突っついた。
「はい、また来ます。それとカレー、すごく美味かったです」
「もういいから、行こ」
和音が石上のそのゴツい腕を引っ張った。
外は茹だるような暑さ。夏ということもあり、とっくに7時を過ぎているがまだ明るかった。
大股で歩く石上の横を、ちょこちょこと和音はついていった。ちょっと脇見をすると置いていかれそうになり早足になるが、そんな時は石上が少し歩幅を緩めて待ってくれる。
「今日の試合、すごかったあ。石上君も大活躍だったし、応援に行ってよかったよ」
和音はポンポンと石上の左肩を叩く。
「音ちゃんと詩子が応援してくれたからなあ。『親友』の応援はうれしいもんだよ」
親友という言葉にやや力を込めて、今度は石上が和音の左肩をポンと叩いた。
「じゃあ、次の試合も応援に行くよ。いつ?」
「今度は明後日の11時だよ。同じ場所な」
「わかった。詩ちゃんも行けたら一緒に行くよ」
「聖華の制服着てたら、遠くからでもすぐわかるから……」
「ん? やっぱり音になって来た方がいいってこと?」
石上の顔を覗き込む。
「ま、まあな。和音はその格好のほうが大きな声で応援できるんだろ? それに音ちゃんになった和音は制服が似合って……か、可愛いから、憧れの聖華学園の彼女が応援に来たみたいで、彼女がいないメンバーが羨ましがるんだ」
石上が照れながら、はっはっはとから笑いをした。
「えっ、可愛い? 本当に?」
和音はグイッと石上の左腕を引っ張って、「よく見て」というように顔を寄せた。
「お、おう。実は試合の後、今日の話題は勝ったことより、聖華の制服を着た和音と詩子のことだった」
「へえ、化けた甲斐があったね。じゃあ石上君のためだ。明後日も頑張って変身しようっと。ねえ、リップは何色が好き? 石上君好みの女子になってくるよ」
「ええっとなあ。この間の夢ランドんときにつけてた——」
「ああ、淡いピンクのね。詩ちゃんからもらったやつだ」
ダラダラと話をしている間にコンビニに着き、そこで石上とは別れ、和音はお風呂上がりに飲む水を買ってレジを済ませた。
外に出るといつの間にか夕暮れが迫っていて、街灯がポツポツと灯り始めている。相変わらず蒸し暑い。
家に向かって歩き始めると、後ろから誰か走ってくる足音がして振り向くと、さっき別れたはずの石上がいた。
「どしたの?」
「いや、暗くなったしな——送るよ、家まで」
石上はポリポリと鼻をかいた。
「なんだよ、それ。僕がここまで石上君を送ってきたんじゃん」
思わず笑ってしまう。
「だから、今度は俺が送るよ。さっ、いいから帰るぞ」
石上が腕を回し、背中を押され言われるまま歩き始めた。
「もしかして、心配してくれてんの? でも、僕だって男だよ。女の子じゃないんだから」
少し虚勢を張った。
「でも、音ちゃんはすぐ泣くからな」
そうだ。初めて石上と出会ったカフェで、僕はボロボロと泣いてたんだ。
「あれは……たまたま。そうさ、あんなこと初めてだったからさ。だけどもう大丈夫。絶対泣かないから」
「いいから無理すんな。お前は優しいやつだ。だから泣いたって俺は笑わない。だって俺たちは友達だからな」
頭を抱え込まれた。
「じゃ」
マンションの前で、また石上と別れる。
「なあ、和音」
「何?」
「俺たちは友達だから、もし俺が何かお前の気持ちに応えられないことがあっても、それでも俺たちが友達であることは絶対変わらないからな」
「ええ? なに、それ」
「いや、それだけは一生覚えておいてくれ。じゃ、木曜日に」
何を訳のわからないことを——
「うん、木曜日に」
意味わかんないけど、まっ、いいか。
小さく手を振って別れた。
詩から新しい音楽が届いたのは、その夜のことだった。
「君のバッシュー」というタイトルが添えられていた。
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