第25話 軽率な

 夏が来た。

 和音と詩の「チラ見せ」計画は順調で、詩が学園祭の詩のステージで歌う予定の変身した「音」の写真を見せると、「ああ、見かけたことある」という返事が返ってくるようになり始めた。

 あとは、「しおん」としての音楽の完成度を上げる練習が必要なのだが、詩がピアノの先生のたっての頼みでピアノコンクールにもう一度出ることを約束したため、八月いっぱいは空いた時間をその練習に費やさざるを得なかった。

 その間は、詩が羨むほどの時間を石上に和音を拐われると思いきや、石上もそこは体育会系の1年生であり、なかなか遊ぶ時間がないということだったが、それでも時間を見つけてカラオケなどでよく二人で遊んでいるらしい。

 それを聞いた詩のストレスが溜まらないはずがない。

 ——なんで恋のライバルが男子なのよっ!

 

 ところで、和音はすでに事情を知っている石上と遊ぶだけなので、もうわざわざ女子の服に着替える必要もないはずだが、いつものように着替えてから遊びに行くという。

 聞くと、どうやら石上の「たっての希望」と、和音としてもそういう服の方が周囲の人たちからの訝しげな視線を感じることもなく普通の声の大きさで喋れるので、むしろ自分でもそれを望んでいるようだ。


 和音は女子用の服を家に持ち帰るわけにもいかないため、最近は詩も忙しいこともあり彼女の家に行けない時のために、詩が着なくなった服を数点、学校近くのショッピングモールのコインロッカーに預けることにした。

 下着やブラウス類も何着か用意し、着用したものは洗濯ネットに入れて置いておけば、詩が回収して西園寺家の家政婦さんである葉子さんが洗ってくれるシステムを作り上げていた。

 もう全てが順調。詩も音も安心しきっていたのだ。


 ⌘


「メイドカフェがいいと思います」

 言い出したのは竹本さんだった。

「メイドカフェは他のクラスと被らないかなあ」

 心配そうな声は山内さん。彼女はいつも発言が後ろ向きな子だ。

「でも、メイドカフェなら私はやってみたいかも」

 八方美人的性格の詩は、他人の意見には決して否定から入らない。ゆくゆく取り消すにしても、検討はするという姿勢の子だった。

 ただ、今回は本当に軽い賛同を示しただけのはずだった。


 今日のホームルームの課題は、学園祭のクラスの出し物についてだった。もちろん、この学園は各学年8クラスり、同じ出し物が被ることもあるため、事前に学園祭実行委員会に諮り調整することになる。却下されたらまた改めて希望を出さなければならないので、最初の計画が肝心なのだ。


「山内さんの意見も考えた方がいいと思います」

「うん、希望が通らなかったらやばいよね? 大丈夫なの?」

 さんざんいろんな意見がほぼ出た頃、最初にこの提案をした山内さんがスッと立ち上がった。

「確かに他のクラスとははっきりと差別化を図るべきだと思います」山内さんがみんなの顔をゆっくりと見回した。「私たちのクラスは、男子にメイドをやってもらうというのはどうでしょうか」

 ええーっというざわめきがクラス中に広がった。

「男子だったら、執事でしょ?」

 ——執事カフェだってえ。

 誰かが笑う声。

「いいえ、執事ではなくてメイドです。なんならゴスロリ風で」

 ゲー、キモっ——

「その催しのコンセプトは?」

 学園祭実行委員の詩が聞く。

「去年まで女子校だったうちの学園に、今年から男子が入学したわけだけど、まだ1年生にしか男子はいないでしょ? そうなるとお、絶対2年とか3年のクラスの出し物と被ることはないわけでえ」

 山内さんがニンマリと笑った。

「つまり、唯一無二のメイドカフェ案が通過するわけかあ。考えたね」

 再び詩が深く考えずに「軽々しく」山内案に賛意を示した。

「みんなどうかなあ。特に男子、他に何かある?」

 そしてクラスを見渡したが、男子はみんな「自分以外の誰か」と思っているらしい。特に反対意見もなく、この提案で実行委員会に提出することになった。

 そして、山内さんん提案の男子メイドカフェはすんなりと実行委員会の許可が出た。


 男女共学初年度である今年入学した男子は、まだ男子用の設備が改修途中で間に合わなかったということもあり、全体で50名ほどで1組の詩たちのクラスは特に少なく、男子は6名だけだ。そのうちの一人が和音ということになる。

 

「で、誰がそのメイドをやるんだろうね?」

 何か考えている和音。

「まあ、男子から一人生贄が出るね」

 気楽にニヤニヤ笑っている詩。

 いつものように女子服を着た和音と詩が校内を歩いていると、自然と例のメイドカフェの話題になった。

「あのさ。それって——僕ってことは」

「その時は諦めなさい。たまにはクラスに貢献してもいいんじゃない?」

 そう詩が軽い調子で水を向けると、和音が不安げな顔をする。

「あのさ、服を着るのはもう別に慣れてるけどさ。でも、しおんのボーカルをやるのは謎の生徒なのに、僕がメイドしたらそれがバレちゃうよね? 詩ちゃん、その辺、ちゃんと考えてる?」

 和音にジロリと睨まれた。

 ——ああ、考えてなかった。どうしよう!

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