第22話 胸の痛み
和音が夢ランドに行くことを、一番喜んでくれたのは母だった。
中学生からずっと友達がいないのを心配しているのはわかっていた。だから、「友達と夢ランドに行っていい?」と聞くと、「もちろんよ」と喜んでお小遣いまでくれたのだ。
日曜日、詩に呼ばれて早朝から詩の部屋に行った。いつものワンピースで行く予定だったが、詩が「たまには違う服にしなさい」と言い、服を貸してくれることになっていたからだ。
友達と行くんだからナチュラルでいいじゃんと思いながら、「それじゃあダメ」と言われて詩のされるがままにメイクをされ、さらにまつ毛をクルンと上を向けると確かに目が少し大きく見える。
「いい? たまにはメイクが崩れてないか、チェックしてね」
メイク道具と肩からかけるバッグも借りて送り出された。
超速パスを持っているので、開場の時間までに行けばいい。
駅に着くと石上君は先に来ていて、ふたりで電車に乗って夢ランドへ向かった。この間会った時は制服を着ていたけど、きょうはおしゃれして、さらに詩が気合いの入ったメイクをしてくれたので、最初「誰?」という顔をしてたのがおかしかった。
遊びに行くのは、電車に乗っている時間も楽しい。和音と詩がカラオケ屋で出会ったこととか、石上君と詩の小さい頃の話をしている間に、電車は夢ランドのある「夢ステーション」に着いた。
詩の超速パスがあることは言ってあったが、詩から聞いた使用にあたっての「正しい」使い方を石上君にはまだ話していなかった。
日曜日なので開門直前の入場ゲート前にはすでにすごい人だかりとなっていた。その隙間を縫うように詩から聞いた通りに入場口から左へ少し離れた小さな入り口へ向かう。
スマホでアプリを操作して、例の画面を表示させる。さて。
「腕組むのと、恋人つなぎ、どっちがいい?」
和音がそういうと、えっという顔で石上君が見ている。
「ボクの持ってるパスで一緒に入る人は、恋人つなぎで手を繋ぐか、腕を組んでないといけないんだって。どっちにする?」
石上君は案外純情だ。
「じゃあ、恋人つなぎ」
とボソリと言って恥ずかしそうに頭を掻いた。
ええっと。
いざそうする段になって、よくよく考えてみれば、和音も恋人つなぎなんてしたことがないことに気がついて、とてもぎこちなく手を握り指を絡ませた。
石上君の手は思ったよりも大きかった。和音は体だけでなく手も華奢なので、すっぽりと包まれる。
これが入場システムなんだけど、男同士で手を繋ぐなんて、変な感じ。なんか微妙に恥ずかしい。詩ちゃんと初めて手を繋いだときはドキドキしたのにな。
そんなことを思いながら、スマホの画面を係の人に見せると、係の人は満面の笑みを浮かべて扉を開けてくれた。なるほど、詩ちゃんのいうとおりだ。
事前に決めた通り、最初のアトラクションの「ビッグエアーマウンテン」へ向かったが、その時になってまだ手を繋いでることに気がついたが、振り解くわけにもいかず、どうしようかと考えている間に超速ゲートを潜ることになった。
ビッグエアーマウンテンは、山頂へ大きく放りだされる感覚を味わえる大人気アトラクションで、「恋人シート」と呼ばれる席があり、超速パスの2人は何も聞かれずにその席へ座らされた。
恋人シートは、通常のシートと違い2人が一つのシートにピタリと寄り添うように座れるシートで、安全装置もふたりワンセットだ。席がとても近いので自然と和音が石上君の左腕にすがるように座り、その上から安全バーが降りてくる。
ゴンドラは静かに動き出した。
そういえば、和音はコースター系の乗り物は初めてだった。小学生の頃は身長が低すぎて乗れなかった。中学では遊園地など一緒に行く友達はいなかった。だから、絶叫系の乗り物の恐怖感を全く持っていなかったのだ。だから。
「キャー!」「イヤー!」
和音の絶叫が響いた。初の絶叫マシーンの恐怖はハンパなく、和音は隣の石上君の腕に必死に掴まって叫んで、降りるときにはフラフラだった。
近くのベンチに座らされ落ち着くと、やがてとても恥ずかしくなった。小さい頃から自分では「わー!」と叫んでいるつもりでも、やはり声帯の関係なのだろう、他人には女子のような「キャー」という声に聞こえてしまうらしい。だが、あまりの恐怖についはじけてしまっていたのだ。
それからも超速パスの威力は凄かった。午前中だけで幾つの人気アトラクションに乗れたのか思い出せないほどで、お昼にはもう喉がカラカラだった。
長蛇のレストランで超速パスを見せると個室へ案内され、ふたりでゆっくりと食事ができた。詩には当たり前のことかもしれないが、和音には並んでいる人に悪いなという気がする。石上君は物珍しげに室内をキョロキョロと見ていた。
食事が終わって、トイレのため和音は席を立った。レストランの中に、関係者——つまり西園寺家専用のトイレもあり、今の和音には男女どちらのトイレに入るかということに悩まなくてもすむのは正直助かった。
洗面所に大きな鏡がある。可愛くおしゃれした自分が見ている。和音はその自分に「楽しい?」と声に出して聞くと、鏡の中の「音」が小さく頷いた。
中学から友人を持たなかった和音には、もう一度小さい頃のように同性の友達と遊びたいという小さな夢があった。まさかこんな形でそれが実現している。
きっと石上君は女子である音と遊んでいると思ってる。チクリと胸が痛んだ。言ってしまった方が楽になるかもしれない。でも、たぶんもう二度と彼と遊びに行くことはなくなる。
ごめん、今日だけ——
和音は鏡に顔を寄せ、少しはげかけた淡いピンクのリップを唇に引き直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます