第7話 総天然色の葉子さん

 詩の家は、和音の家から歩いて5分ほどのところにあり、高い塀に囲まれた敷地の中にある。正面には大門もあるが、その脇に小さな通用口があり、日頃はそこから出入りしている。

 通用口は最新式の顔認証で開けるタイプで、詩が門の脇にある小さい画面に顔を合わせると、「カチャリ」という小さな音がして解錠し、自動的に通用扉が向こう向きに静かに開いた。

 門の正面から20メートルほど進んだところに、2階建ての大きな家がある。かつてここには祖父の時代に建てられた荘厳な作りの日本家屋があったが、詩の母が祖父の事業を継いだときに、現代風の鉄筋2階建に建て替えられた。


「ついてきて」

 詩は和音にそう言うと、後ろを振り返らずにツカツカと進んだ。玄関の扉は掌紋認証が必要で、モニターに手をかざして認証されると扉が開くようになっている。

「どうしたの?」

 玄関の扉を手で押さえながら詩が振り向くと、和音が呆然として固まってしまっていた。

「ここが、本当に、君の家?」

 家を見回しながら、感嘆するように和音がいう。

「うん、そうだよ。ほら、いいから入って」

と誘うと、和音は

「敷居が高いって、こういうとき使うもの?」

と独り言のようにぶつぶつ言いながら一歩前に踏み出した。

「多分違うと思うよ。いいから早く」

 詩が和音の腕を取って強引に玄関の中へ押し込んだ。


 詩の部屋は2階にある。階段を上がった突き当たりの角部屋が詩の部屋だ。大きな全面窓、100インチのテレビと応接セットを置いたリビングルームのような作りで、もちろんグランドピアノを置いてある。

「そこに座って」と和音をソファに座らせて、詩がテーブルの上のリモコンのボタンをポンと押すと、すべての窓のシャッターが降り、パアッと明るく照明が部屋を照らした。


「髪もいじったし、しっかりとメイクしたから、シャワー浴びながら落としておいでよ。メイク落としのクレンジングも置いてあるから」

 詩はそう言って、部屋に造り付けのシャワールームの扉を開けた。

「ここって、君の部屋なんだよね? シャワールームもあるの?」

「えっ? 普通でしょ」

「普通って……。それに、男子が初めて入った女の子の部屋でシャワーなんて、その、なんていうか」

 和音が顔を真っ赤にしている。

「何よ、よそよそしい。友達なんだから、遠慮しないで」

 あら、見かけ通り気が弱いのね。クスッと詩は笑った。

「友達って、ちゃんと話したのはついさっきだし、やっぱりその、ご両親とかが知ったらびっくりするんじゃないのかなあ」

「大丈夫よ。今はうちにはお手伝いさんしかいないし、ほら、早く」

 煮え切らない和音をシャワールームの更衣室に押し込んだ。


「バスタオルはそこの棚に置いてあるのを使って。着替えは後でそこに置いておくから。脱いだ服はそこのカゴへ入れておいて。私はちょっとコンビニに行ってくるから、早く上がったらソファで適当にくつろいでてね」

 まだ戸惑っている和音に、詩はそう言って扉を閉めた。

 出し忘れてはいけないので、バッグから和音の服を取り出してソファの背もたれにかけ、自分もクローゼットに入って楽な服に着替え、そっとシャワールームの扉を開けて、脱衣かごに投げ、コンビニへ行くために部屋から出た。

 家を出る前、1階にいる長く西園寺家のお手伝いをしてもらってる葉子さんに、シャワールームの脱いだ衣類を後でクリーニングに出しておいてくれるようお願いした。


 コンビニは歩いて5分もかからない。上杉君はどんな飲み物が好きだろう。そんなことを考えながら、無糖のコーヒーから甘いもの、炭酸、果物ジュース、乳酸菌飲料を10種類ぐらいを買い漁り、15分ほどで家に帰った。

 そろそろシャワーから上がっている頃だろうか。2階に上がり自分の部屋のドアをそっと開けたが、まだ和音の姿がない。

 お風呂、長いんだな。女の子みたい。

 和音の新しい一面を知った。何だか可愛いと1人でにんまりとする。

 と、そこへシャワールームの扉の内側から、トントンとノックの音がした。

「何?」

 近寄って扉を開けずに詩が声を掛けると、

「ごめん。僕の着替えが置いてないんだけど」

と、和音の声がする。

 あっ、ソファにかけたまま出かけちゃった——

 詩がソファの方へ振り向くと、コンビニに行く前に確かに背もたれに掛けたはずの和音の服がない。さらに、

「そ、それからさ……、あの……僕の、その、脱いで置いておいたはずの下着もなくなってて。……パンツとかさ」

 扉の向こうからは、消え入りそうな和音の声が聞こえたのだった。


「葉子さーん」

 部屋からお手伝いの葉子さんへ通じるインターフォンを鳴らす。

「あら、お嬢様。おかえりなさい。早かったのね」

 詩と葉子さんは、第二の母娘関係のような間柄だ。

「もしかして、洗濯物って——」

「ちょうど暇だったから、今のうちにって思って、さっきクリーニングに出しましたよ。お友達がシャワーしてたみたいですね」

「全部?」

「はい、先ほど頼まれましたので、もちろん全部。シャワールームと、そうそう、お嬢様はジーンズなんてお持ちでしたっけ。ソファのものもついでに」

 葉子さんは、明るく朗らかで、詩とも仲が良いため、西園寺夫婦も絶大な信頼を置いている。

 ただし、かなりの、いわゆる「天然」である——

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